第18話 余計な知識
翌日、俺は学校へ行く前に、用意した弁当を雪宮へと持って行った。
勿論女子用にコンパクトな弁当箱を買った。あとでこいつの代金も請求してやる。
チャイムを押すと、すぐに雪宮がドアを開けた。まるで俺が来るのを今か今かと待っていたみたい。
ご主人様の帰りを待つペットか、こいつは。
「はい。待たせたわね」
「別に待ってないぞ。ほれ、今日の弁当」
「お弁当……!」
雪宮は目をキラキラさせ、俺から弁当を受け取る。すげー嬉しそうだな。
「中身は明けてからのお愉しみな」
「わ、わかってるわよ。それがお弁当の醍醐味だものね。ネットで検索したわ」
「……まさかとは思うが、弁当って一度も作ってもらったことない?」
「ええ。いつもシェフの作る料理か、学校の食堂だもの」
ああ、そうか。こいつって普通にお嬢様なんだっけ。
シェフの作る料理とか、リアルで初めて聞いた。
「ま、シェフには劣ると思うけど、味は保証するから」
「だ、誰もまずいなんて言ってないでしょ。……ありがとう、大事に食べるから」
「お……おう」
そんな風に言われると、こそばゆいんだけど。
なんとなく気まずくなり、雪宮から視線を逸らす。
「あー……が、学校、行くか」
「そ、そうね。ちょっと待ってて」
雪宮は部屋に戻ると、カバンを持って出て来た。
大事そうにカバンに弁当箱をしまい、きりっとした顔で俺を見上げてくる。
「それじゃあ、行きましょうか」
「ああ」
雪宮が先を歩き、俺が数メートル後ろをついていく。
こうして登校するようになったのは、昨日警察に相談したのが理由だ。
警察も警戒してくれるそうだが、それでも限度がある。だからなるべく、知り合いと一緒に行動した方がいいらしい。
でも雪宮からしたら、一緒に登校するのは嫌ということで……妥協案として、俺が数メートル離れてついていくことになった。
これじゃあ、俺が本当のストーカーじゃねーか。
でも雪宮を一人にして、何か事件に巻き込まれる方が心配だし……しばらくは、これで我慢だな。
そのまましばらく歩いていると、大通りに出て同じ学校の制服の奴らがちらほら見えて来た。
ここまで来たら、ほぼ安心かな。
すると、雪宮を見た女子生徒たちが、小走りで雪宮に近付いてきた。
「雪宮さん。ごきげんよう」
「ごきげんよう」
「生徒会長、今日もいい天気ですね」
「本当ね」
……あいつ、にこやかに話しかけてきてくれる女子生徒にも、ちょっと冷たくないか?
もう少し世渡りを覚えろよな。俺、別の意味で心配になるわ。
そっと嘆息し、雪宮を追い越すように歩みを早める。
こんな大通りで、みんなに囲まれてるんだ。ここまで来たら、俺が見守る必要もないだろう。
横目で雪宮を見ると、雪宮も俺を横目で見ていて目が合った。
ちょ、こっち見んな。俺も人のことは言えないけど。
雪宮から視線を外し、もう少しだけスピードを上げようとした、その時。
「おーい、はーづきちゃんっ」
「うげっ」
いってぇ……! 急に背中叩いてくんな、馬鹿淳也。
振り返ると、にやにや顔の淳也が肩を組んできた。マジで暑苦しいからやめろ。
「はいよ、これ約束のジュース。あと、今日の分」
「今日もかよ。昨日の宿題、割と少なかったろ」
「宿題が少ないのと、宿題を終わらせられるのは別問題だぜ。てなわけで、見せてくれプリーズ」
「クズ野郎め。学校着いたらな」
「やりぃ! へへ、あざーっす!」
調子いい奴だな、全く。黒羽時代からなんも変わってない。
あと、このままだと……。
「まぁ、見てください雪宮さん。男の子同士の友情ですよ……!」
「え? そ、そうね」
「雪宮さんは、どちらが攻めだと思います? やはり水瀬くん……茶髪の彼かしら?」
「せ、せめ……?」
「はづじゅんですよね! 水瀬くんの受けですよね!」
「いいえ、じゅんはづです!」
「はづじゅん……? じゅんはづ……? うけ……?」
あそこの貴腐人たちの妄想が止まらなくなるから、マジで離れて。
それとそこの貴腐人ども。雪宮に変な知識を入れるな。これから放課後、どんな顔で会えばいいのかわかんねーじゃねーか。
「女子たち、なんの話してるんだろうな。やっぱお嬢様学校なだけあって、難しい話とかしてるんだなぁ」
「十割オタ話だけどな。主にお前のせいで」
「は?」
自覚がないとか怖い。
俺は淳也の手をどかすと、雪宮から離れるように急いで学校に向かった。
「あ、そういや、今日の昼に体育館でバスケするんだけど、葉月も来るか?」
「パス。今日生徒会で、昼に集まることになってるから」
「え、マジ? 昼休みまで生徒会とか、大変だな。こうして社畜が生まれるわけか」
「誰が社畜だ。俺、働きたくないんだけど」
「ヒモか」
「人聞きの悪い。専業主夫と言ってくれ」
俺の将来の夢は、できるだけ働かずに生きることだぞ。
あんな仕事に追われてる親を見たら、働く気もなくすわ。
「でもよ、この学校なら逆玉の輿狙えそうじゃね?」
「いやいや、無理だろ」
「どうしてよ」
「俺らが向こうを好きになっても、向こうが俺らみたいな野蛮人好きになると思うか?」
「……まあ無理だな」
「だろ。向こうはお嬢様。相応の相手と結婚するに決まってる。それこそ御曹司とかな」
「世知辛い世の中だぜ……」
それは言えてる。
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