変遷ロマンス-KAC2022-短編×14

渡貫とゐち

『クズ(&)バニーと笑う妖艶な世界』KAC2022#6

「ねえねえっ、そこのバニー姿のお姉さんと成長期真っ只中のお嬢ちゃん、記念写真でも撮っていかない?」


 ウエストポーチにしこたまレンズを詰め込んだお姉さんが、手に持つカメラのレンズ越しにわたしたちを見る……、ぱしゃ、と撮られたけど、まだ良いとは言ってない!


「あの、許可なく写真を撮らないでください、訴えますよ?」

「ごめんごめん、怒らないでよー、ほら、今の写真のあなた、可愛いんだから怒ると損だよー」


 わたしが写った画像を見せられる……、ふうん、確かに可愛い……知ってたけど。


 これはこの人の腕前ではなく、純粋なわたしの美少女としての写りの良さが画像に出ただけの話だ。……こんな辺境の岩山にいる写真家は、一見、こだわりが強いプロにも思えるけど、しかしただの観光客が写真家のフリをして旅人から金を巻き上げようとしているだけかもしれない……、無知を釣って、お金を稼ぐなんて人としてどうかと思うわね。


「それ、ユカちゃんがよくやることでしょう?」

「バニーさんは黙ってて!!」


 嘘の危険を流布して、その対策を教えて稼ぐことはあるけど……、全部が全部、嘘ってわけでもないんだからセーフでしょう!?


 というかバニーさん、違法カジノにいた身で、人を糾弾する側へいけると思うなよ?



「ところで、バニー姿のお姉さんは、どうしてバニーの姿で? ……寒くないんですか? 冬でなければ雪山でもないですけど、かなりの高所ですから……、薄着のあたしで肌寒いと感じるくらいです……。その、薄着というか、ほとんど……水着に近いですよね? タイツと透明に近いレースの羽織で誤魔化していますけど、防寒にはならないと思いますけど……」


「慣れてるから大丈夫よ。耳がぴんっと立っている限りは平気なの」


 へえ、ずっと疑問だったけど、その耳ってやっぱり取れないんだ……、バニーさんの体調を測ってくれるものなのかな?


「そんな設定があったんだね……、カジノからその姿のまま出てきて旅を続けるものだから、なにか秘密があるのだろうとは思っていたけど……」


「嘘よ」

「また嘘!!」


 頭の上の耳が取れた……、そしてわたしに付けるバニーさん……。

 ごく普通の、カチューシャで……付け耳だった……。


 ――出会った時から嘘ばっかり!!


 真っ赤なバニーの衣装を身に付け、白い付け耳、ピンクの長髪……、目立って仕方がないバニーさんを引き連れたわたしの旅は、人々の注目ばかりを集めてしまう。

 町を経由しない岩山地帯は、久しぶりの二人きりだったけど……やっぱりバニーさんの存在感のせいか、こうして嘘くさい写真家に目をつけられるなんて……。


 しかもレンズを向けられている。

 わたしはささっ、と手で顔を覆い、


「……絶対にカメラ目線なんかしませんからね……っ」

「あ、これ動画です」


 レンズから逃げるように岩場地帯を障害物にして隠れる……、だけど写真家はわたしの動きについてきて、カメラの範囲に、着実に収めてきている……!


 あーもうっ、小柄で全身をベージュ色で統一させた彼女は、岩場と同化して見つけにくい!


「ふふふ、すばしっこい動物を撮り慣れているあたしからすれば、あなたの動きを追うことなど簡単ですよ」


 気づけば、わたしが隠れていた岩場の上にいる写真家……、わたしを見下ろし、ぱしゃり、とフラッシュが焚かれる。


「見下されて悔しがるお嬢ちゃんの顔が綺麗に撮れましたー」


「ちょっ、返せ! データごと消してやる!! あんたのコレクションの中に埋もれさせるわけにはいかないっての!」


 後で見返した時に、にやにやなんてされたくない!

 写真家を追って岩をよじ登り、手を伸ばす、けど――、ひょいひょいっ、と避けて、岩場を渡り、距離を取る写真家が全然っ、捕まらないっ。


「消・せ!」

「嫌ですよう、あたしのコレクションですし……、でも、この写真を現像して売るなら、元データを消すことは可能ですよ。これでも作品愛はありますからね、無駄に見える一枚でもあたしが生み出した作品です……、消せと言われて素直に消す写真家がいますか?」


「あんたが写真家なら、という前提が証明されなきゃ意味がない言い分ね!」


 すると写真家が、「確かに……」と頷いた。


「名刺をお渡しして、納得するわけ、ありませんよね?」

「……まあ、名刺が作りもので、偽物である可能性もあるし……」


 彼女が出したものを信用するわけにはいかない。言葉は信じないのに、差し出された名刺は信じるのもおかしな話だし、それで騙されたら、悔いが残る――。


 自分が許せない。


「ねえ、どうしてユカちゃんは、写真を撮られることを嫌がるの? 別にいいじゃない……美少女の自覚があるなら、撮らせてあげても。形に残しておくことも美少女の役目じゃないの?」


「本物の写真家ならいいけど、一般人に撮られて世界に拡散されるのは嫌なの!」


 せめてプロの手で、満足な出来の写真という作品にしてほしい……、素人が撮ったぶれぶれの画像が流出するなんて、一生の恥である。


「ではこうしましょう……ここはちょうど、『真実の岩場』ですし……」


「あら、そうなの?」


 バニーさんが喰いついた……やっばい。


 ここは旅人にとっては有名な観光スポットなのだけど、わたしとはすこぶる相性が悪い。なので、世間知らずのバニーさんにバレる前に抜けようと思っていたのだけど……、こんなタイミングでばらされるなんてッ!!


「面白そうな『スポット』なのね」

「あのね、バニーさん……」


「嘘をつくと岩場と同化してしまう、という『妖艶な世界』が残した足跡なんですよ……これならあたしが写真家だということが嘘か本当か分かるでしょう?」


「大丈夫です、あなたのことを信じることにしましたっ、撮っていいですよこの美少女をっ、ねえ写真家さん!」


「いえ、試しにやってみてくれる? 写真家さん」

「分かりました」

 と、写真家が岩に触れる……、あのー、わたしの存在が無視されているような……?


「『あたしは写真家です』…………、どうですか?」


「ええ、特に、岩と同化した気配もないわねえ」


 じろじろと写真家を観察するバニーさんが、くるり、と振り返ってわたしを見る。


「ユカちゃん、せっかくだし、試してみれば?」

「な、なにをですか……」


「真実の岩場。私に隠してここを通り抜けようとしていたわよね? どうして? 私に暴かれたらまずい嘘でも握っているのかしら?」


 バニーさんが、手をわたしの手の甲に添えて、そっと、岩場へ押し付ける……やる気満々じゃないか! ここで嘘を言えば、わたしは岩と同化する……、妖艶な世界の影響を受けて!


「……はい、誤魔化しています……っ」

「それはなにかしら」


「……ふふふ、暴きたいバニーさん、だけど残念でしたーっ! イエスかノーでしか嘘か真か判断できないのよ! つまり具体的な嘘の内容がばれることはない! バニーさんの企みはわたしを追い詰めることはできても、仕留めることはできないのよっ!!」


「町で受けた依頼の報酬は二等分のはずだけど……ちょろまかしている?」

「う、」


「私に見せてくれる地図は、実はユカちゃんが書き換えていて、ユカちゃんに都合が良い旅のルートになっている?」

「うぐ、」


「私が使用していた衣服や道具を、私の写真付きで売っている?」

「うぐぐ、」


 これに、ノー、と言えば、わたしの体は岩と同化するだろう……、周囲の光景に混ざるはずだ……。さすがに一つの嘘で全身が岩になるわけではないとしても、この三つの質問だけでも充分だろう……、過去の人たちと同じ末路を辿ることになる!

 というか、なんだか色々とばれてるけど……でも、ばれ過ぎじゃない!?


 バニーさん、無知でバカだから気づいていないと思っていたのに……。


「私のことをバカだと思ってる?」

「うん……あっ」


「同化しない……へえ、バカだと思っていたのねえ」


 つい本音が!

 でも、これに関しては言葉にしなくとも伝わっていそうだけど……。


「昨日、私が買っておいた、楽しみにしていたデザートを夜中に食べましたか?」

「は、はい……」


「私を『違法カジノ』から大金を積んで助けてくれたのは――、ユカちゃんですか?」

「は――」


 と言いかけて、喉が詰まった。

 嘘か本当かどうかの前に、まず、どうしてそれを、


「……大金でしょ? 大人が一生をかけても返せないほどの。もしも賭けで負けていれば、ユカちゃんの人生が終わっていたかもしれない大勝負に、どうして私に内緒で、勝手に命をベットしたりするかなあ……」


「…………」


 わたしはまだ、イエスともノーとも言っていない。

 だけどバニーさんはもう、イエスだと確信しているようだ。


「……、勝負の時、見てた?」


「そうね、見てた。全部、知ってる。

 私が知らないと思い込んで隠していたのは、ユカちゃんでしょ」


 ……確かに、知らないよね? と確認をしたわけじゃない。

 わたしは意識して最初から隠していたのだ、知られていないと思い込んでいた……、


 バニーさんをカジノから買った、とは、彼女には伝えていないのだから。


「……危険を顧みず、ここまでユカちゃんの後ろをついてきた意味、考えてよ」


「それは……、バニーさんも、いくところがないからだと思ってたから……」


「私の居場所はユカちゃんの隣。行き先も、ユカちゃんがいきたい場所よ――」


 バニーさんが顔を近づけてくる……ちょっ、近い近いっ!

 香水の良い匂いが漂ってきて、成人した大人の色気が、わたしを包み込ん――


 胸が当たる。吐息がかかる。

 あ……まずい。流される。抗えない。バニーさんの力は弱いけど、振り払えない。

 バニーがわたしに、噛みついた。


 ――ぱしゃ。



「……あのー、思わず撮っちゃったんですけど、これ、どうします?」


「――買う! 絶対に買うから元データはマジで消せよ拡散したら許さないからぁっっ!」



 バニーさんとのキスシーンを、世界中にばら撒かれてたまるかッッ!

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