33. 幻彩詠香江

 シアンはジョッキを高々と掲げて嬉しそうに言った。

「それでは、勝利を祝ってカンパーイ!」

「カンパーイ!」「かんぱーい」「乾杯!」

 和真と芽依はウーロン茶のグラスをカチンとぶつけた。

 シアンとレヴィアは一気に飲み干して、次のジョッキに手をかける。

「んで、どうすんの? この仕事続ける?」

 シアンは二杯目のジョッキを傾けながら和真に聞いた。

「そうですね、僕にも守りたい存在ができたので、ぜひ」

「守りたい存在?」

 芽依はけげんそうに和真を見る。

「ふふーん。その辺りはっきりしないと」

 シアンはニヤッと笑った。

「え? 今ですか?」

「今でしょ!」「今でしょ!」

 シアンとレヴィアが仲良くハモる。

 和真は芽依をチラッと見てポッと赤くなって言った。

「いや、それはこんな焼き肉屋じゃなくて、もっとムードあるところじゃないと!」

「ムード? 例えば?」

「なんかこう、綺麗な夜景がブワ――――っと広がっているような……」

 気が付くと和真は夜景のきれいな高層ビルの屋上にいた。

「へっ!?」

 唖然とする和真。

 南国特有の湿気を含んだ風がほほをなで、目の前の港の向こうには超高層ビルが煌びやかなライトアップをされて並んでいる。

「何なのこれ!?」

 隣で芽依が驚いている。

「こ、これは……」

 和真は辺りを見回して、派手な漢字の看板が並んでるのを見つける。どこかで見覚えがあると思っていたら、香港だった。

 ビクトリアハーバーの向こう側には高さ5百メートル近いスカイ100の摩天楼をはじめ、華やかな輝きを放つ高層ビルがずらりと立ち並んでいる。

「うわぁ、素敵ねぇ……」

 芽依は瞳にキラキラと夜景を映しながらうっとりしている。

 和真はそんな芽依の美しい横顔に見とれ……、そして、苦笑をすると大きく息をつき、芽依の手を取った。

「あ、あのさぁ、芽依?」

「な、なに?」

 ちょっと構える芽依。

「今回のことで、俺、気づいちゃったんだ」

「……。なにを?」

「俺、芽依を失うことに耐えられないんだ……」

「……」

「失うかもしれないと思った時、自分の全てをなげうってでも守りたいって……、思ったんだ」

 芽依はうつむき、ギュッと手を握り締めた。

「だから……、ずっと……、そばにいさせてほしい」

 芽依は下を向いたまま動かなくなった。

「だ、ダメ……かな?」

 芽依はふぅと大きく息をつき、ぽつりぽつりと話し始めた。

「実は……、私……、謝らなきゃいけないことがあるの……」

「えっ!? な、何?」

 予想外のただ事ではない雰囲気に和真は心臓がキュッとする。

「和ちゃんが不登校になる前、事件があったじゃない。あれ、私のせいなの……」

「えっ?」

 高校に入りたての頃、和真は同級生に囲まれて小突き回されたことがあった。

『お前、何スカしてんだよ?』『一匹狼気取りかよ!』『目障りなんだよ! てめーは!』

 そんな罵声を浴びせられながら理科準備室で代わる代わる蹴られたのだ。

 当時、パパを死なせたことによるすっきりとしない重苦しい気持ちの中で、人付き合いが億劫おっくうとなって浮いていたのでそれが原因だと思っていた。そして、その事件を機に登校をやめてしまっていたのだ。


「あの男子たち、なんか私の親衛隊なんだって。頼みもしないのに勝手に応援してるらしいの。そして、私が和ちゃんに声かけて、和ちゃんが素っ気ない態度をしてたから彼らの憎悪を煽ったらしいの……」

 はっはっは!

 つい、和真は笑ってしまった。

「な、何がおかしいのよ!」

「そんなの芽依のせいじゃないじゃないか」

「いや、でも……」

「俺が上手く人付き合いしてたらそんなのうまくかわせてたはずなんだよ。結局は生き方が定まってない自分のせいさ」

「和ちゃん……」

 芽依はギュッと和真の手を握った。

「そんなの気に病むなよ。俺がこうやって苦難を乗り越え、生きる道を見出せたのはすべて芽依のおかげさ。そして、その道をぜひ一緒に歩いてほしいんだ」

 和真は真剣な目で芽依の顔をのぞき込む。

「いつの間に……」

「えっ?」

「いつの間にそんなに大人になっちゃったのよ」

 芽依はちょっと膨れる。

「ダメかな?」

 芽依はしばらく目を閉じて考える。

「メタバースを始めたのも、NFTを売り始めたのも……」

「え?」

「みんな和ちゃんのことを考えてのことだったのよ」

「そ、それは……」

「引きこもりでも自立できるじゃない」

「え? それじゃ、俺のために頑張ってたの?」

「そうよ、だって……、責任感じてたんだから……」

 芽依はそう言ってうつむく。

 和真はそっと芽依のほほを撫で、顔を上げさせると、

「ありがとう……」

 と、言って芽依の目をじっと見つめた。

 すると、芽依は急にチュッと和真の唇を奪った。

「えっ?」

 いきなりのことに驚き、固まる和真。

「新しい道見つけたんでしょ? 私も連れてってよ、その世界に」

 キラキラとした笑顔を見せる芽依。

 和真はそっと自分の唇をなで、目を白黒させていたが、ふぅと大きく息をついてニコッと笑うと言った。

「ちょっと、危ない世界だけど……いい?」

「守ってくれるんでしょ?」

「もちろん、命がけで……」

 そう言うと和真は芽依を抱き寄せた。

 香港のゴージャスな夜景を背景に二人は見つめ合う。

 丁度その時、午後八時から始まる「シンフォニー・オブ・ライツ(幻彩詠香江)」がスタートし、高層ビルから鮮烈なレーザーライトの群れが夜空に放たれた。

 そして、にぎやかな、楽しい音楽が鳴り響き二人を包む。


 目をつぶる芽依。

 和真は大きく息をつき、そして、そっと唇を重ねた。

 ずっと見守ってくれていた大切な幼馴染。二人の想いは今一つに重なったのだった。

 

 派手な演出が続くビクトリアハーバー。それはまるで二人のために催されているかのように、二人の門出を彩った。

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