12. 数学で敵討ち

「な、何ですか? あれは?」

「まぁ、見ててみぃ」

 レヴィアは淡々と返す。

 やがてパパは崖の突端にたどり着き、入り江をのぞき、固まった。

 直後、海中から巨大な触手がニョキっと顔をのぞかせる。なんと、男が乗っていたのは巨大なタコだったのだ。そして触手がピューッと高速で宙を舞ったかと思うと、その先端でパパの胸を突き、真っ逆さまにつき落とした。

 それは一瞬の出来事だった。

 ザバーン!

 海に転落し、波間に消えていくパパ、そして、

「パ、パパ――――ッ!」

 小学生の和真の悲痛な叫びがこだまする。


 和真はあまりの出来事に固まり、わなわなと体を震わせた。

 事故ではなく殺人だったのだ。

 今までずっと自分のせいだと後悔ばかりしてきたが、そうではなかった。パパは殺されたのだった。

「コノヤロー!」

 激しい怒りの衝動が和真を貫き、和真は白衣の男に向かって飛びかかろうと一気に降下する。

 しかし、直後体が固まり、動けなくなった。

「じゃから映像だと言うとろうが!」

 レヴィアがムッとしながら降りてくる。

「映像……、くぅっ!」

 和真は悔し涙をポロポロとこぼし、何度も拳をブン! と振った。

「あいつはハッカー集団Ellasseのボス【ゲルツ】じゃ。いまだに捕まっておらん」

「えっ!? ハッカー!?」

「こないだお主らに絡んでおったハッカーの組織と根は同じじゃな」

 やがてボスを乗せたまま巨大タコが沈み始める。

「あっ! 逃げちゃいますよ!」

「そうじゃ、この後、あ奴らは豪華客船を襲って沈め、多くの被害を出すんじゃ」

「え? そんな事件聞いたことないですよ?」

「それは……。我々が復旧して無かったことにしたからじゃ」

「……。パパは?」

 釈然としない思いで和真はレヴィアを見た。

 レヴィアは大きく息をつくと、

「この犯行については認識しとらんかった。申し訳ないことをした」

 そう言って目をつぶり、頭を下げた。

「えっ!? そ、そんな! パパを、僕たちの六年を返してくださいよ!」

 和真はレヴィアにつかみかかった。

「今さら過去は変えられん」

「なんでだよぉ!」

 和真はレヴィアにつかみかかったまま叫び、ポロポロと涙をこぼす。

 レヴィアは渋い顔をしながらそんな和真の背中をさすった。


        ◇


 和真が落ち着くと二人はオフィスへと戻ってきた。

 泣きはらしたまぶたで和真はコーヒーをすする。

 日ごろ飲まないコーヒーの苦みに顔を少しゆがめ、大きく息をついた。

「あのハッカーを見つけ出して倒せばいいんですね?」

 赤い目をして和真は聞いた。

「そうじゃ。あいつは巧みに潜伏しておっていまだに所在すらわからんのじゃ」

「必ず見つけ出して仇を討ちます!」

 和真はグッとこぶしを握り締め、レヴィアを見つめた。

「うむ、頼んだぞ」

「で、そのために俺は何したらいいですか?」

「まずは情報理論を学んでもらおう」

 レヴィアはそう言うと指先で空間を切り裂き、その向こうから教科書をどさっとテーブルに積み上げた。

「えっ? これを……、勉強するんですか?」

「情報エントロピーも知らん奴がハッカーに勝てるわけがない。情報の世界では情報の本質を制する者が勝つんじゃ」

 和真は教科書を一冊取り、パラパラとページをめくる。そこには数式が当たり前のように並んでおり、思わず宙を仰いだ。

「パパの仇を取るんじゃろ? そのくらいで音を上げてどうする」

「……。もちろんです!」

 和真は目をギュッとつぶったままそう言った。不登校で数学はすでに分からなくなっていたが、今からでも必死に学べば何とか教科書の数式もわかるはずなのだ。しかし、どのくらいかかるだろうか……。

 思わず宙を仰ぐ和真。


「ちょっと準備してくるからお主は教科書を見とけ」

 レヴィアはそう言うと奥の部屋へと入っていった。

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