4. ハッカー集団の脅威

「じゃあ、芽依画伯の十万円の落書きでも見させてもらうわ」


 と、和真は壁に並んでいる犬のドット絵をつらつらと眺めていった。


 純白の大理石の壁にうやうやしく掲げられたピクセルアート。子供が描いたような落書きがまるで名画のように飾られている様は、何度見ても滑稽こっけいだった。しかしこれを十万円で買う人がいるのだ。和真は思わずため息をついた。




 その時だった、ギギィと音を立ててドアが開く。お客が来たらしい。


「いらっしゃいませ」


 芽依はすかさず接客に回る。


 客は若い男で、原色のキツいジャケットにチャラチャラとしたアクセサリーを揺らしながら入ってくる。そして、つまらなそうな表情で犬の絵をぐるりと見まわし、


「これはあんたが描いたの?」


 と、ぶっきらぼうに聞いてくる。


「そ、そうです。これでも二次流通は……」


「真似ばっかりでグッとクるものがないのよね」


 虹色の髪の毛をかき上げ、吐き捨てるように言った。


 芽依はふぅと息をつくと、


「ご意見ありがとうございました。お帰りはあちらです」


 と、出口を指さした。


 つまらなそうな男は、帰ろうと思って振り向きざまに芽依の足元を見てハッとする。


「ちょっ、ちょっと待って……、あなた、そのスニーカー百万で売ってよ!」


「いやいや、これはリストしてないんです。非売品です」


 芽依は慌てて断る。百万円なんかでは絶対に売れないのだ。


 男は芽依にぐっと近づくと、にらみつける。


「……。あのねぇ、スニーカーは履く人によって値段が決まるのよ? あなたが履いてたんじゃ高値はつかないわ」


「いや、あなたのファッションにこのオレンジラインは合わないと思いますね」


 芽依はムッとして答える。


「何? あんた私のファッションにケチつける気? 私はハッカー集団HackinGreedyの幹部よ? 舐めたら痛い目にあうわよ!」


 恐ろしい形相で男は吠えた。


「ハッカー集団? ならなおさら売れませんね」


 芽依は毅然と答える。


「何あんた、ハッカーを舐めてんじゃないの? ハッカーこそがこの世界を支配してるのよ?」


「システムに取り付く寄生虫、ダニみたいな連中が『支配』なんですか?」


「ダ、ダニ!?」


 男は怒りのあまりぶるぶると体を震わせる。


 そして、ずいっと芽依に迫ると、男は言った。


「あんた、ここが仮想現実空間だから何言っても平気だと思ってんじゃない?」


「実際平気ですよね、殴られるわけでもないんだし」


「なめやがって……。奥の手使ってなぶってやるしかないわね……」


 男はニヤリといやらしい笑みを浮かべる。


 後ろで見ていた和真は、男の目の奥に揺らめく怪しい光に底知れぬ恐怖を感じ、現実世界で装着していたヘッドマウントディスプレイを投げ捨て、隣で余裕を見せている芽依のヘッドマウントディスプレイを力任せに引きはがした。


「うわっ! 何するのよぉ!」


「いや、あいつヤバイって! 身元がバレたらどうすんだよ? 襲われるぞ!」


「大丈夫だって! あんな奴口先だけなんだから」




 と、その時、和真が引きはがしたヘッドマウントディスプレイからモコモコと煙が上がる。


 うわぁ!


 思わず投げ捨てる和真。


 シュワシュワシュワ、と不気味なお湯が沸くような音が部屋に響き渡る。


「か、和ちゃん、何これ!?」


 芽依は和真の腕にしがみつく。


「わ、分からん……」


 やがて立ち上った煙が集まっていき、何かの形を構成していく。


 それを固唾を飲んで見守る二人。


 直後、激しい閃光が走り、二人とも手で目を覆った。




「はっはっは! ハッカーから逃げられると思った?」


 部屋に男の声が響く。


「えっ!? なんで?」


 芽依は驚き、恐る恐る目を開けると、そこに立っていたのは先ほどの男だった。


 メタバース内と全く同じ格好をし、ドヤ顔で和真の部屋に立っている。それはあり得ない事態だった。




 ひっ!


 芽依は急いで逃げ出そうとしたが、男は指先から触手のようなものを素早く射出し、あっという間に芽依をぐるぐる巻きに縛り上げてしまう。


 いやぁ――――!


 悲痛な叫びが部屋に響いた。

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