第51話 賭け金

 〈俺はエディに銀貨5枚!〉


 聞いた様な声に振り向くと、ヘルドが満面の笑みで近寄ってくる。


 「銀の牙の皆さん、受けてもらえますか」


 「兄さん大穴狙いか? 良いぜ受けよう」


 〈俺もエディに銀貨3枚〉

 〈俺は銀貨4枚エディに賭けるよ〉


 イクルとヘンクもそれに続いて声をあげる。


 〈三人ともどうかしてるぜ〉

 〈ヘルドは何時も偉そうに説教をしてくるが、あんな奴に賭けるとはね〉

 〈全員シルバーランクの銀の牙に勝てると思うって、馬鹿の極みだな〉


 〈何も知らない癖に、文句だけ一人前のお前等にはうんざりだよ。黙って見ていろ!〉


 「おー良いぜ、一人銀貨5枚で五人と対戦だから金貨二枚と銀貨五枚になるが金は有るんだろうな」


 「エディが負けたら借金をしてでも払いますよ」


 あららら、ヘルドも大変だねぇ。てかヘルドの借金は俺の責任かよ。

 食堂に居た者や、依頼掲示板を見ていた者達が集まりだす。


 〈ギルマスを呼んでこい〉の声に一気にお祭り騒ぎになってしまった。


 賭けは銀の牙が圧倒的人気だが、俺がグルーサモンキーを二頭狩っている事を知っている者達は迷っている。

 魔法を使わずに、俺がどの程度の腕か知らない者が多いからな。


 「たく、今回は誰とやるんだ」


 ギルマスがぶつくさ言いながら降りてきたが、俺の顔を見て苦笑い。


 「早速此奴等とぶつかっているのか。殺すなよ」


 「ギルマス、どういう意味だ?」


 「お前等の様な、芽の出た新人を潰すのが趣味の奴等を、叩きのめす男が此奴だよ」


 ギルマスの一言で高配当のオッズが急落、鉄板レースの様相になってきた。

 訓練場で向かい合うが、一人も逃がす気は無いので釘を刺しておく。


 「よう、偉そうに絡んで来たのだから、全員相手してくれるんだよな。俺は一人だから負けたら終わり、お前等は五人もいるんだから全員負けるまで相手をしろよ。それが俺を模擬戦に引き摺り出して、甚振ってやると嘯いた責任だ」


 ヘルドを呼んでクロウのバッグを預けると、のそのそ出てきてヘルドの肩に乗り観戦する気満々。


 今回は俺からなって言ってた奴を指名して、模擬戦が始まった。

 何時もの訓練用の木の短槍を取り出し構える。

 始めの合図とともに裂帛の気合い・・ゴブリンの雄叫びに似た声で打ち込んで来た木剣を斜めに滑らし、隙だらけの腰を蹴りつける。

 ニヤニヤ笑いながら後ろに下がると、馬鹿にされたと思って顔を真っ赤にして立ち上がる。

 シルバーランクって言う割に腰の引けた攻撃に呆れて、棒をバットスイングで腹に打ち込み終了。


 「ギルマス、弱すぎるんだけど」


 「シルバーになってから鍛錬をしていないし、弱そうな野獣しか狩っていないからな。おらっ、次の奴さっさと出てこい!」


 〈あー、銀の牙ってこんなに弱いのかよ〉

 〈俺は銅貨5枚賭けたんだぞ〉

 〈はっ、俺はエディに賭けたぜ。以前ゴブリンキラーってパーティー全員を相手に勝っているからな〉

 〈本当かよー、もっと早く言ってくれー〉


 外野が煩いのでよく聞こえる、その声を聞いて二番手が慎重に間合いを詰めてくる。

 踏み込んでくる瞬間身体が浮いたので足を刈り、よろけた所を狙って腕を叩き折る。


 〈あーぁあっさりやられてるよ。銀の牙って、名前負けもいいところだな〉

 〈普段全員シルバーランクって威張ってるが、それも怪しいもんだな〉


 「なにをちんたらしている! 次の奴さっさと来い!」


 対戦相手の銀の牙より、ギルマスの方が恐いよー。

 三人目が少しマシになったが、此れも難なく打ちのめして終わり。

 四人目は流石に真剣な顔で向かってくるが、魔力を纏っている俺から見れば遅すぎる。

 打ち込んでくる木剣を軽く横に弾き、腹に強烈な突きを入れ後方に吹き飛ばす。


 「おい、人のエールに唾を撒き散らしてくれた礼をするから、さっさと出てこい」


 ギルマスが吹きだして〈エールの恨みかよ〉なんて言っている。


 此奴はエールの恨みも込めて、甚振ってやると言った言葉をそのままその身に返してやる。

 必死の形相で木剣を構えるが、ガチガチに力が入っていて普段の実力の半分も出ないだろうと判る。

 始めの合図とともに木剣の先端を軽く弾き、押し返して来た所で下から掬い上げる。

 木剣を持つ手が浮いた瞬間ヘソを狙って一発、身体がくの字になった所で口に一撃を入れて終わり。


 「また腕を上げているな」


 「自己流ですが毎朝鍛錬は欠かしていませんから。それより其奴らに話があるんですけど良いですか」


 「おお良いぞ。前と似た様な事か?」


 「いやいや、掛け金の事ですよ」


 ヘルド達が俺に賭けたので賭け金を5倍に吊り上げた事を話して、先に掛け金を回収しないと惚けて逃げられる恐れがあると言うと、ギルマスが爆笑している。


 「おい賭け金を支払えよ。銀貨五枚を5人分だよな」


 ヘルドにイクルとヘンクを手招きして呼び寄せると、賭け金の配当を回収させる。

 何せギルマス立ち会いで賭け金の支払いだ、拒否なんか出来る状態じゃない。

 半泣きで革袋を取り出すが、とても足りない。

 ヘルドが金貨二枚と銀貨五枚、イクルが金貨一枚と銀貨五枚、ヘンクは金貨二枚なので全員の金を集めても足りない。


 「お前達が勝手に賭け金を吊り上げておいて、今更金が無いってそれは無いよな。借金してでも払うってヘルドは言ったぞ。お前等も借金してでも払え! ギルマス・・・」


 「判っている、賭けの支払いが出来ずに借金奴隷になるか、ギルドから借りて支払うか選べ。ギルドからの借金は利子がちと高いぞ」


 「うわー鬼畜だねぇー。因みにギルドの利子はお幾らですか」


 「月に10パーセントだな」


 「おっ、以外に良心的ですね」


 「冒険者を潰して奴隷にするのが目的ではないからな。どうするんだお前達、さっさと決めろ」


 半泣きでギルマスに借金を申し込んでいる銀の牙の面々を、面白そうに見ている者が多数いる。


 〈俺も銀の牙と直接賭けをすれば良かったよ〉

 〈彼奴らは、当分必死で稼がないと借金奴隷だな〉

 〈怪我の治療費と借金でおけらか、可哀想ね〉

 〈自業自得だろう。知らなかったとはいえ絡む相手をよく見ろよ〉


 見物人の一言で爆笑の嵐となり、和やかなギルドの一刻って風情。

 

 「三人とも飲もうぜ。俺も結構稼いだので奢るわ」


 ヘルドからクロウの収まるバッグを受け取り、再び食堂で飲み直しだ。

 ヘルドがヘッジホッグの残り3人に何事かを告げてからやって来て、エールのジョッキを呷る。


 「どうしたヘルド、稼いだのに自棄酒か」


 「いや、彼奴らをヘッジホッグから追い出したんだ。何かにつけて人を羨み、愚痴と嫌味しか言わないので嫌気がさしてたんだ」

 

 イクルとヘンクが頷いている。


 「しかし今回は聞いていて面白かったね、アイアンの時にオーク二頭を倒したエディに絡むんだからね。銀の牙が賭ける奴は来いって言った時は嬉しかったよ、大金が向こうからやって来るって思ったね。しかも5倍に跳ね上がるんだから」


 爆笑して楽しい飲み会になった。


 * * * * * * *


 《おい、今日は森に行かないのか》


 「ああ、昨日ヘルド達と飲んでいて、もっと美味いエールや酒が欲しくなったので、手に入れたいと思ってな」


 《羨ましいなぁ。俺も嫌いじゃなかったのに、エールを舐めただけで近寄りたくなくなったよ。それより何処か部屋を借りようぜ。カプセルホテルも飽きたし、寝る為に態々街の外に出るのも面倒だろう》


 《酒を買ったら、部屋を探すか》


 孤児院時代食費稼ぎに働いた所の近くに、酒の販売店が在った筈だ。

 記憶を頼りに酒屋を目指す。

 〔ドリスの店〕・・・酒屋としか認識が無かったので知らなかったが、◎◎酒屋って店名ではないのか。


 「いらしゃ・・・兄さん店を間違えてるよ」


 「そうかな、冒険者の飲む安酒じゃなくて、程度の良い物が欲しいんだけど」


 親指で金貨を弾いて嘯くと、弾いた金貨を受け止めてもう片手に持った金貨の上に音を立てて置く。

 敵も商売人、金貨の煌めきと音に敏感に反応した。


 「どの程度のが欲しいんだね。街の大店の旦那に売る様な物から、御領主様に収める様な物まで有るが」


 「では一本銀貨2枚の物から、2枚ずつ増やして五本出してくれ」


 金貨3枚をカウンターに置き、五本の酒を出して貰う。

 銀貨2枚の物から開封して口に含み、香りと舌触りを確かめる。

 2・4・6・8・10枚の物を口に含んでみて、銀貨6枚と8枚の物を各五本追加で買う事にした。

 俺の口ではこの程度で充分だ。

 高い酒が飲みたい訳じゃないので、そこそこ美味けりゃそれで良し。


 追加で金貨7枚を置いて酒瓶をお財布ポーチに仕舞い、エールの美味いのは有るかと尋ねてみた。

 エールは夫々の醸造所の銘柄が色々在るが、醸造元に行って買うもんだと言われてしまった。

 高級酒なら専門の店舗があるだろうけど、街で消費する程度のエールなら醸造所か。

 日本の大量生産大量消費とは違うのを時々忘れてしまう。


 来客を告げる鐘の音に振り向くと、表情一つ変えず睨んでくる器用な奴と目があった。

 今日は表情豊かで、俺と目が合った瞬間ゴブリンが獲物を見付けた時そっくりな顔になる。

 

 「ほう・・・冒険者様は稼ぎが良いので、飲む酒も違う様だな」


 相手をするのも面倒なので、黙って店を出る事にする。

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