第50話 昇級
討伐現場に引き戻ると、闘いは終わり負傷者の手当が行われていた。
少数だが死者も出ているが、概ね勝ち戦なので皆の表情も明るい。
「逃げたグルーサモンキーは、又巣の方に戻ったのか」
「いえ、巣を捨てて逃げ出しました。当分この近くには来ないでしょう」
「うむ、済まんがその巣を確認したいので案内してくれんか」
これだから、仕事熱心なおっさんは嫌いだよ。
《どうしようか》
《隊長だけを案内して、口止めが最善だろうな。皆には後片付けをさせておけばいいさ。巣の近くは危険だからとでも言っておけ》
「ヒルド隊長、巣の近くは極めて危険なので歩いては行けませんよ。隊長一人なら何とか連れて行けますので、其れで宜しければ案内します」
了解したので討伐現場から離れた場所に行き、そこからはジャンプして巣の近くに跳ぶ。
〈えっ、えっ、えーーー!!!〉
「隊長さん声が大きいですよ。森の中では常に小声って言われているでしょう。報告の為に伯爵様には言っても良いですが、これから見る事は口外禁止です。宜しいですね」
俺の冷たい声に真剣に頷くヒルド隊長の腕を掴み、グルーサモンキーのボスが倒れている場所にジャンプ。
「これがボスです」
鼻が曲がるって言うより、吐き気のする匂いに包まれて倒れている、一際大きいグルーサモンキーを示す。
「見てのとおり生き残った大半は殺しましたが、少数は逃げました。当分此の地には近づかないでしょう」
「此れを、一人で・・・」
「言っておきますが、俺は討伐なんて危険な仕事は嫌いなんです。だからギルドには絶対に秘密です、冒険者や兵達にもね。伯爵様は討伐の成果を確認する必要があるし、今後の事も有りますので教えただけです。お間違えの無い様に」
「あっ・・・ああ、判った。伯爵様にのみ報告しておくよ」
周囲を見回しながらそう答えたが、鳥肌立てて冷や汗を流している。
「其奴はマジックポーチに入れて、伯爵様にのみ群れのボス討伐の証拠として見せて下さい。その後は誰にも見せずに処分して下さい」
ギクシャクしながらボスをマジックポーチに入れると、もう一度周囲を見渡して頷くので皆のもとに連れ帰る。
死者はマジックポーチに入れ、負傷者にはポーションを飲ませ体力の回復を待って帰路に着く。
それでも重傷で歩けない者が7、8名いたが、担架を作り担いでの凱旋となった。
俺は偵察と現場までの案内が仕事なので、討伐後は存在を極力消してギルドで討伐完了報告と依頼報酬を貰うと、さっさと姿を消した。
* * * * * * *
暫くギルドに顔を出さない事にして、草原と森の境を中心に薬草採取に励んでいて、ヘッジホッグと出会った。
「エディさん、何やってんですか。ギルマスが探していましたよ。俺達にも見かけたらギルドに顔を出す様に伝えろって」
「あのおっさんもしつこいね。用は済んだ筈なんだけどな」
「何でも伯爵様とギルマスが、エディさんに話が有るそうです」
「俺は薬草採取で忙しいんだ。おっさん連中の相手は御免だよ」
「あんたは其れで良いかもしれないが、伝言を頼まれた俺達の事も考えろよ」
「面白い事を言うな。伝言を頼まれて伝えた、それでお役御免だろ。立派に役目を果たしているじゃないか。それ以上何か必要か、それともお前の望む様にしなければならないのか」
「悪いエディさん。こいつは少々物知らずで言葉遣いもなってないので、勘弁してやってよ」
「別に良いよ、ヘルドは相変わらず苦労性だな。まっ、そのうちギルドに顔を出すって言っといてよ」
それから一週間程して薬草を売りにギルドに顔を出すと、即行でギルマスに捕まった。
「ギルマス、俺って何か悪い事しました?」
「いやいや、良い子のエディにご褒美を上げようとしたのに、依頼金だけを貰って姿を消すので、伯爵様も困っているんだよ。俺も討伐報酬を渡さなければならない」
本人は優しく言っているつもりだろうが、むさいおっさんに襟首を掴まれて馬車でザクセン伯爵邸に連行された。
元エルドバー子爵邸だが、以前見た時とは趣が変わっている。
前任者の事を知っていれば、そのままでは使いづらいか。
執事はギルマスに襟首掴まれた俺をチラリと見て、ザクセン伯爵の執務室に案内してくれる。
まるで猫の子扱いだ、クロウにだってこんな扱いをした事無いのに覚えていろ。
伯爵の執務室に入ると、後でギルドに寄り討伐報酬を受け取れと言ってギルマスは帰っていった。
「態々済まないね、エディ君」
「ギルマスまで使って呼び寄せるって何事ですか。伯爵様」
嫌みったらしく、最後に伯爵様と付けたのに軽く無視された。
「来て貰ったのは他でもない、グルーサモンキー討伐のお礼を言いたくてね」
「礼を言ってやるからとギルマスまで使って呼び寄せるとはね。以前にも言いましたが、目立つのと面倒事は嫌いなんです」
「然しグルーサモンキー討伐最大の功労者に、何の報酬も渡さない事は出来ない。私が冒険者ギルドに出向き感謝の言葉と報酬を渡せば、君の言った目立つ事になると思ってね。そちらの方が良かったかな」
《エディ、諦めろ。報酬を貰ってさっさと退散する事を考えた方が良さそうだぞ》
壁際の護衛が、表情も変えずに睨むという器用な事をしている。
「判りました伯爵様、ではその報酬を頂けますか」
執事に頷くと革袋が二つ乗ったワゴンを俺の前に押してきた。
「野獣討伐の報酬にしては多すぎませんか」
「それでも少ないと思っているが、他の者との兼ね合いも有ってね。君はグルーサモンキーの居場所の確認から巣への案内、攻撃方法の示唆に討伐援護と多大な功績が有る。それにヒルドからも話を聞いている。私は討伐隊の三分の一から半数を失う覚悟をしていたんだ。有り難う」
《お前より役者が上の様だな。此処で断ったらお前の器量を問われるぞ》
《クロウよりも役者が上の様だな。ますます油断がならなくなって来た》
一礼してワゴンの革袋を空間収納に放り込む。
「伯爵様お心遣い有り難う御座います。これで失礼させていただきます」
「態々呼び寄せ済まなかったね。ギルドまで馬車で送らせるよ」
《此れも断る訳にはいかないぞ、さっさとギルドで報酬を受け取ってお終いにしようぜ》
《先々振り回されそうな予感がするんだが》
《此の件はこれで終わり。何か言ってきたらそれはその時の事で、最悪逃げ出せば良かろう》
冒険者ギルドに到着し、御者に礼を言って受付に向かう。
受付で討伐報酬を貰いにきたと告げると、ギルマスの所に連れて行かれた。
「今度は何ですかギルマス」
「討伐報酬だが、受付で渡すには少々多いのでな」
そう言って引き出しから革袋を取り出したが、金貨の袋ほどでは無いが重そうだ。
《討伐したグルーサモンキーの、皮と魔石の代金に成功報酬だ。お前のお陰で早く事が片付いたし被害も予定より少なくて済んだ。その謝礼も含めているのだが、受付で渡すと拗ねたり僻んだりする奴がいるからな》
有り難く受け取ると、冒険者カードを出せと言う。
「ギルマス、俺はブロンズの一級で満足なんで、昇級なんて考えてませんのでお気遣い無く」
ブロンズの二級にするだけなので、お前の嫌がるシルバーにはしないからと言われて渋々カードを差し出す。
「言っときますが、シルバーにしたら冒険者を辞めて、商業ギルドに登録して荷運びでもしますからね」
ギルマスが、呆れた顔で首を振り振り係の者を呼び、カードを手渡すとブロンズの二級に昇級だと告げている。
後は手を振って出て行けと部屋を追い出された。
新しいカードを受け取り、エールで喉を潤す為に食堂に行くがちょっと雰囲気が違う。
奥で飲んでいた奴がジョッキ片手にやって来るが、後ろに五人のお供を引き連れている。
受け取ったエールのジョッキに、口を付けたばかりなのに勿体ない。
《逃げるには手遅れの様だな》
《また人事だと思って、たまにはクロウが相手をしてみろよ》
《顔を切り刻んだら可哀想だろう》
「よう兄さん、大活躍だってな。伯爵様にどうやって取り入ったんだ」
「あんた達には関係の無い話だと思うのだが・・・伯爵様に用事が有るのなら、尋ねて行けば良いだろう。それかギルマスがあんたの襟首掴んで、伯爵様の前に連行してくれるのを待つかだな。厄介事が好きならそうしな」
「少し名が売れたからって、態度がでかいな」
「えっ、聞かれた事に答えてやったら態度がでかいって、あんたは何時から俺の主人になったんだ?」
〈此奴はさっき、ブロンズの二級に進級したばかりで舞い上がってるんだ〉
〈少しは先輩を敬う事を教えておくか〉
〈だいたい猫を連れて冒険者をしよう何て、ふざけ過ぎだ〉
〈ちーとばかり、俺達〔銀の牙〕を舐めるとどうなるか、教えておくか〉
《クロウ、此奴等の顔に縦縞を付けてやってよ》
《面倒事は嫌いなんだ、てか面倒くさい。頑張れ♪》
暫くギルドに近づかなかったら、強制依頼から外れていた奴が戻って来ていたようだ。
《冒険者の揉め事は模擬戦で方を付けるんだろう。やっちまえ!》
「どうした、ブルって声も出ないのか」
「阿呆らしくて声が出ないんだよ。不味いエールでも俺の飲み物だ、其れを目の前でぺちゃくちゃ喋りやがって、唾をどれだけエールに振り掛ければ気が済むんだ。喧嘩を売っているのなら、格安で買ってやるぞ」
〈面白え小僧だ〉
〈久々に甚振ってやるか〉
〈今回は俺からな〉
〈キャッホー♪ 模擬戦をやるぞー、賭ける奴は来い!〉
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます