異世界「亜人肉料理」探訪記
ギヨラリョーコ
第1話 フェアリーのかき揚げ
「お客人、そろそろ夕食にするよ」
その日も私の手元の翻訳機が、ドア越しに掛けられた言葉を現代日本語に翻訳して私に音声として伝えた。
逗留している宿屋の主人が私を呼びに来たのだ。
翻訳機と都市訪問者用市民章、それからカメラをストラップで首から下げてドアを開くと、薄緑色の肌に尖った耳をした、ひょろりと背の高いご主人がにこにこ笑みを浮かべて立っていた。
「お客人、今日はロカフライだからね!」
ディタナ、専門的でない会話の場合は単に『異世界』と称されるこの地に通じるポータルは、20××年に突如A県山中に現れた。
幸いなことにそこから侵略者が現れるようなことは無かったが、侵入調査を行った日本政府は、重大な問題に直面する。
ディタナの生物は、我々の住む地球の生物に対して非常に強い毒性を持つのだ。
第一次調査隊、およびそれ以降の調査隊は壊滅し一度はポータルの封鎖も決定されかけたが、政府はディタナの生物の毒性が効かない特異体質の人間を、特派員としてディタナに送り込むこととした。
その「特異体質の人間」というのが、第一次調査隊の唯一の生き残りである私なのだ。
「ロカフライはまだ食べさせたことが無かっただろう? 今の時期からロカはどんどん美味くなるからね」
異世界文化研究者としての私の仕事に理解を示し、3度の食事まで面倒を見てくれるご主人は大変懐の深い人物で、私も感謝している。
我々の世界と似て非なるこのディタナにおいて、別の世界へのポータルが開くことは数十年周期であることらしい。だがそこから友好知的生物が派遣されてきたのは初めてだそうだ。
『お客人たちにとって俺たちが毒なように、俺たちにとっても別の世界のやつらは毒なんだ。お客人は俺たちが触っても問題無いから、すごく珍しい体質なんだよ』
私がポータルにもっとも近い都市国家カルベラに迎え入れられ、当座の逗留先としてこの宿屋を紹介された際、ご主人は実に楽しそうに熱弁した。
『お客人が俺たちに興味津々なように、俺たちもお客人に興味津々ってわけだ。お客人の世界のことも気になるが、俺はお客人が俺の料理を食べたらどんな顔をするのか一番気になるね』
ここに来て数か月、ご主人はその言葉通り、私に色々なものを食べさせてくれた。それには本当に感謝している。
いるのだが、私は「ロカ」と聞いて嫌な予感がしていた。
「ロカというとあれですよね、翅の生えた小さいやつ」
「そうそう、お客人の故郷にもロカはいたかい?」
「いいえ……」
ロカを食べたことは無いが、見たことはある。
ご主人の宿屋「青樹亭」と同じ通りにある、庭付きの家で何匹か飼育されているのだ。
庭の花々の間を飛び回る、淡い色の翅と、前方に向いたくりくりした目のついた小さな頭、すらりとした雌雄の区別がつかない体に細い手脚。
5cmほどの身長のそれらは翅の生えた小人のようで、絵本に出てくる可憐なフェアリーによく似ていた。
その様に見入っていた私の方に、ロカたちの視線が不意に集まった。
陽の光に透ける羽を細かく羽ばたかせてホバリングしながら、ロカたちは庭の柵のすぐ外側に立ち尽くす私の方へと寄ってきた。
指でつまめそうな小さな顔の中で輝く白目のない色とりどりの瞳は、まるで少女のようだ。
私はカメラを構え、シャッターを切る。しかし彼らは一瞬たりともじっとしていないので、後で確認した写真はすべてブレていた。
「おとこのひと」
「よそのひと」
「よそのひとだ」
「よそのおとこのひと」
小さな口で花びらを齧りながら、私を指差してロカたちは鈴を鳴らすような声でくすくす笑っていたのだ。
「春の庭飼いロカは花や蜜をたらふく食べているからね、身が甘くて香りもいい。今の季節が1番美味しいよ」
青樹亭のシンボルである、青みがかった大樹の一枚板で作られた食堂のテーブルにつかされる。
私は個人的なためらいと礼節の間で揺れていた。自慢のごちそうを先入観に基づいて忌避されるのは不愉快だろう。だがあの私を指して笑う、あまりに人間のような振る舞いを思い出してしまう。
結局、曖昧に頷いたきり何も言いだせない私の前に、ことんと皿が置かれる。
「はい、揚げたてだよ」
湯気と一緒に油と塩と、さわやかな甘い花の匂いがほのかに立ち昇る。
皿の上に置かれていたのは、きつね色の薄い衣で大まかに円盤状にまとめられた揚げ物だった。
衣の主張がやや強いかき揚げ、という見た目だが、透けた衣の内側のそれと、目が合ってしまった。
少女のような緑色の大きな瞳。
一度その形を認めてしまうと、もうあとは勝手に目が鮮明にその輪郭を追う。小さな頭はそのまま。細い首は胴体に繋がって、手足は別の個体のものと重なり合って衣を絡めている。
「庭飼いは完全養殖と違って小柄で細いから、何匹かまとめて揚げるんだよ。ロカは飛ぶからね、骨が細くて軽いんだ。揚げたら骨まで丸ごと食べられる」
「そ、そのまま」
「刻むと食感が半減だからね。さすがに翅は歯に挟まるからむしるけども。ロカは頭が特に木の実みたいで美味しいんだ。外はカリカリ、中はしっとりして味が濃い。丸ごとがやっぱり一番いいね」
ご主人は固まる私に、料理のコツを楽しそうに披露する。
僕は手元に置かれた二又のフォークを握り、精一杯の笑みを浮かべる。
「ありがとう。いただきます」
イタダキマス! とご主人が彼にとっての異世界の挨拶を屈託なく真似る。
僕たちが小エビをまとめて揚げるようなものだ。蟹みそをありがたがってほじくるようなものだ。
何ということは、無い。そう自分に言い聞かせる。
フォークを突き刺しただけでサクサクした歯触りが伝わる。目をつぶって齧りつくと、期待通りの食感に、甘い油が口中に広がる。ナッツと鶏肉を和えたような優しい淡白さに遅れて、蜜のような風味が染みた。
舌が、小さな小さな足の指に触れる。ぱりぱりと奥歯で砕けたのは脚の骨だろうか。
「どう?」
ご主人の問いに、私はただ頷いて応え、そして二口目に大きくかじりついた。
ふっくらした肉と骨のカリカリした食感のコントラストが堪らないが、手足も腹も細すぎてあっという間に味わいつくしてしまう。何匹もまとめて揚げるのは正解だろう。
丸い歯ざわりにどきどきしながらロカの頭蓋骨を噛み割る。肉の風味を煮詰めたような、動物性と植物性のちょうど中間としか言えない甘味がとろとろと広がった。
ぱしりと割れたのは、あのくりくりした眼球だ。
「おかわり、あるよ」
私は、気づけばロカフライを完食していた。
私は、明確に、この料理をおいしいと思った。
あの可憐な、人のような生き物は、非常においしかった。
あの可憐な姿を脳裏に浮かべていたからこそ、かもしれない。
間抜けに頷いた私の皿に、ご主人は「気に入ってくれて嬉しいよ」と機嫌よく、さっきの二倍近くも大きなフライを盛ってくれた。先ほどは私が気に入るかどうか分からないから様子を見るつもりだったのかもしれない。
「庭飼いもいいが、完全養殖にはまた違った良さがある。丸々太って体も大きいから、一匹にたっぷり衣をつけて揚げるんだ。そっちも食べさせてあげたいよ」
「ぜひ」
勢い込む私に、実に満足そうにご主人は微笑みかけてくれた。
私は取り返しのつかないことをしたのかもしれないし、単に他者の日常を真似たに過ぎないのかもしれない。
しかし、これが私が「亜人肉料理」を追い求めるようになったきっかけであることは、間違いない。
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