第2話

 前略、完璧美少女の幼馴染みに告白されてしまいました。


「私の気持ちは伝えたわ。真ちゃん、返事をくれる……?」


「え、本気なの……。冗談とかじゃ、ないのか……?」


「ええ、私の一世一代の愛の告白。昔は真ちゃんから求婚を申し込まれたけど、今度は逆。私の気持ち、受け取ってくれるかしら……?」


 朱色を通り越して紅色に染まった顔の綾瀬が僕に尋ねる。結婚を前提にした付き合いの申し出、その返答はどうかと。


 綾瀬の決意が現れた表情、震える拳を強く握りしめている。覚悟を決めたのだとわかるその様子。ならば僕も決断を下すのが告白を受けた者の責務だろう。質問には返答を。問題には解答を記すのがこの世の理だ。


 暴発気味に綾瀬から投げられたボールを、僕は図らずしてキャッチしてしまった。そのボールを投げ返さないことには、僕と綾瀬のキャッチボールは終わらない。ボールをその場に投げ出して逃げるなんてことは、許されていないのだ。


 答えはイエスかノーか。二択問題だと思えば解答する側からしたら都合がいいが、何せ問題が問題だ。先程綾瀬が言ったように、僕の答え次第で今後の人生が大きく変わってしまう大問題である。


 だが、答えは既に決まっていた。正解は分からないが、間違っている選択肢は分かる。僕はただ消去法的に残された答えを選ぶまでだ。


「僕、は……」


 告白の返事は決まっている。いくら小さい頃にプロポーズをしたからって、今の綾瀬と付き合うことは出来ない。好き嫌いが問題なのではなく、出来ない・・・・のだ。


 僕は彼女とは決して結ばれない。それは当然のことであり、この世の法則に則ったことだ。運命の相手だとか、初恋の人だなんて甘い幻想を前にそびえ立つ、現実の壁だ。愛とか夢を語ることが許されるのは子供の時だけ、大人になればそんな幻想は霧散してしまった。


 ああそうか、とこの時僕は自身の中に根付く綾瀬に対する嫉妬心、劣等感の正体を察することが出来た。皮肉にも綾瀬の告白が僕のコンプレックスの根幹を浮き彫りにさせたのだ。


「無理、だよ……」


「真ちゃん……?」


「綾瀬とは付き合えない…………ごめん」


 それだけ言って、僕は屋上から逃げ出した。無我夢中だった。気付けば腕を振り、全力で廊下を走っていた。頬が熱い。いつの間にか涙が溢れ出している。なぜ泣いているのだろう、綾瀬なんて目の上のたんこぶでしかないのに。振ってやって清々するはずなのに。なぜこんなにも、胸が痛むのだろう。


「う……うぅ…………」


 屋上から遠く離れた中庭の木の下で、僕は泣いた。誰にも見られない様に一人で、声を殺しながら。生まれて初めてというくらい、大量の涙を溢しながら。綾瀬が嫌いだという表向き・・・の理由を本心だと思い込んでいた僕の愚かな考え。それは嘘だ。だって本当は、僕は…………。


「姫乃ぉ…………」


 僕は、綾瀬姫乃が好きだ。大好きだ。小さい頃がらずっと、愛おしくてたまらない。綾瀬のことを考えると全身が火傷してしまうのでは無いかと思うほど、胸が焦がれる思いに満たされる。

 けれど、僕らが結ばれることは決してあり得ない。それは僕が小学校高学年になる頃に気付かされた現実だ。王子様と持て囃され、綾瀬をお姫様扱いしていた僕に突きつけられた銃弾が、あの日から僕に劣等感という姫乃を避けるための偽の理由を刻み込んだ。


『なにお前ら、女同士・・・で気持ちわりぃ』


 それは小学五年生になったばかりのころ、新しいクラスメイトの男子に言われたひと言だった。今にして思うと、あれは綾瀬に気がある男子が僕に嫉妬しただけだったのかもしれない。でも僕にとっては世界が壊れてしまうほどの衝撃があった。僕と姫乃は、結ばれることがないのだとこの時分かってしまった。


 それでも、ただの仲がいい友達でいられさえすればいい。そう思っていたけれど、誰からも愛される才能を持つ姫乃を見ていると、凡人である僕が酷く恥ずかしく思えた。僕は彼女の側にいるのに相応しくない。そう思うようになってしまった。


「ひ……め……の……っ」


 好き、大好き。たとえ僕と姫乃が二人とも女子だからって、諦めることが出来ない。今まで自分を誤魔化し続けたけど、それももう終わりだ。彼女の告白のせいで、眠っていた想いが表面化してしまった。でも、この気持ちは絶対に救われることの無い想いだ。だから、僕はまた自分に嘘をつく。姫乃が好きだということは忘れて、ただの幼馴染みでいることも諦めて、姫乃との距離を開くことにしよう。そうじゃないと、いつこの想いが爆発してしまうか分からない。今でも胸の鼓動が激しく打ち、血液の循環が加速している。体の活動に精神が置いて行かれそう。


「こんな生き地獄を味わうくらいなら、いっそのこと僕から姫乃を嫌いになってやる……」


 例えそれで綾瀬が僕のことを嫌うことになったとしても。痛みしか産まないのなら、最初から触れなければいい。


 これから綾瀬が何と言ってこようと、僕は綾瀬の気持ちを受け入れないことにしよう。それが結果的に僕たちの救いになると信じて。

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