〖短編〗魔法使い先輩の懺悔

YURitoIKA

~懺悔の夜~

 わたしは導入なる部分が嫌いなので、この際はっきりきっぱりすっぱり本題に入ってしまおうと思う。


 告白された。

 今年、というか明日卒業する先輩に。


 3月の初め。所謂いわゆる卒業シーズンってやつ。

 わたしこと睦路むつろ きのは、文芸部に所属している胸の小さな2年生。相手は同じく文芸部所属の金蜜かなみつ 木玉こだま先輩。胸がでかい。スイカのようだ。裏で八百屋と呼んでいる。


 そんな、でっぱいにちっぱいが告白されたという状況。勘の良い人は気づいただろう。わたしにはおっぱいがあり、彼女にもおっぱいがある。

 女と女。こういうのを百合と呼ぶらしい。ていうか、オタクにとっては常識事項だ。


 事のあらましは至ってシュール。卒業式前日である今日、数時間前。体育館裏に呼び出され、


「好きなんだけど、駄目かな」


 と、一言。すぐにごめんね!と言って走り去ってしまった。

 わたしはあえてなにが駄目なのかは聞かなかった。礼儀だと思った。


 女と女。ガール&ガール。百合。二次元の世界でいえば、もはや浸透しきっているジャンル。しかし、三次元リアルではそうはいかない。

 堅苦しい言い方をすれば、この日本という島国において同性結婚は認められていない。身近で言っても、この学生社会において、同性愛というものはどうしても蔑視されてしまう。現実とはそういうものだ。三次元の中でも先輩は可愛いと思うし、わたしもそれなりの見た目だとは思う。けれど、そんなことは関係ない。


 気持ち悪い。


 この一言で終わりだ。だから彼女はわたしに謝ったのだろう。誰よりも先に、わたしがその一言を思い浮かべると思ったから。


 わたしは無言のまま、呆然と立ち尽くしているだけだった。驚いた。驚いたさ。驚いたとも。けどそれだけだ。嫌いになんてなっちゃいない。先輩は好きだ。天然で、ボケてるけど、とっても優しい先輩。高校に馴染めなかったわたしを部活に勧誘してくれたのも彼女。受験に悩むわたしを引っ張ってくれたのも彼女。沢山の言葉と物で感謝したい。彼女が卒業するという事実はとっても悲しいし、正直言えば涙を河口湖ほど溜め込める自信がある。

 ……とてもじゃないけど温厚な性格とはいえないわたしなので、そんなことは絶対しないけれど。たぶん。


 やるべきことは決まってる。

 わたしも謝る。同性愛の件については、断る。わたしは先輩のことが好きだ。大好きだ。しかし、その〝好き〟は後輩から先輩へ向けた〝好き〟である。履き違えてはいけない。正直な気持ちで、彼女と向き合うのが、先輩に恩を感じている睦路 きのという人間に求められていることなのだ。


 ブレザーの埃をクルクルローラーで取って、布団にイン。スマホは充電中。眼鏡は机の上。明日の支度……といってもハンカチくらいだけど……もオーケー。残すところはこのココロ。先輩に向き合う為の気持ちを大切に胸にしまい込んで、わたしは目を瞑った。 


 今日はなかなか眠れなさそう……と思っていたのだが、意外にも睡魔は早く襲ってきた。あと数秒もすれば夢の世界に入れそうだ。

 おやすみ世界。明日は親愛なる木玉先輩の為に───


「……」


 人気を感じる。もう夢の世界に入ったのだろうか。


「…………」


 もぞもぞと布団が動く感覚。動いているのはわたしじゃない。

 もしかして今夜は幽体離脱コースとかいわないだろうな。


「……ん……」


 吐息を吹き掛けられた。

 もしかして。いや、もしかしなくても、これはアレかもしれない。名前すら出したくない、ゆから始まっていで終わるアレ。嫌だ。わたしは悪夢なんて注文してない。


「…………ふふ」


 笑った。いま絶対笑った。嗤いやがった。もうやだこわい。目を開けられない。でも、こういう時に好奇心の三文字が働き出すのが人間という生き物なのだ。くそったれ。


「…………」


 開けよう。もう開けてしまえ。難ならカッ!という効果音が空耳できるほどのガン開きをしてしまえ。


「…………………っ」


 いくぞ。開けるからな。布団の側の机にポカリが置いてあるはず。確かあいつには塩分が入っていたはずだから……撃退できるかもしれない。


「…………」

「…………かっ!」


 目を開いた。

 結局自分で言った。


「わっ!!」


 わたしの前にいる何者かは声を上げた。聞いたことのある声だった。こっちも驚いた。心臓が止まった気がする。わたしの中にいる血小板ちゃんたちが失神してる気がする。


 聞いたことのある声……?それも、つい数時間前に聞いた声。人間は極度の緊張状態を越えると、逆に冷静になるという。今がまさにソレ。


 虚ろな視界が正常化していく。元より暗くてなにも見えない一室だが、吐息にかかる位置にいるくらいは分かるとも。


 今、わたしの目の前で可愛らしい声を上げたのは、


「……あ、あはは」

「先輩……?」


 目の前に、彼女がいる。今日告白してきた木玉先輩が、目の前にいる。同じ布団を被っている。CGでもVRでもASMRでもない。リアルな彼女がそこにいる。


「いやー、なんていうか、来ちゃいました」

「え、いや、え。ん。なんで?」

「いやー……ほら。こう、ぴゅん、と」

「普通の人間ならぴゅん、とは来れないと思うんですけども。あの、幽霊ではないっすよね?」

「生きてるとも。ほら、心臓の音、聞く?」


 今気づいた。わたしは先輩と密着状態にある。わたしの悲しきちっぱいがでっぱいに踏みにじられている。


「いや、もういいです。あの、まじで……なんで?普通の人間なら無理くないですか。ここ、わたしの家で。わたしの部屋で。わたしの布団。オーケー?」

「オーケーオーケー。だから、ぴゅんと。あらゆる物理を飛び越えて」

「普通の人間ならできませんよそんなこと」

「それができるんだなー。なにせあたし、普通じゃないから」

「は?」

「ふっふっふっ。いいね。その反応。テンプレね。んじゃ、改めて自己紹介しましょう。わたしは金蜜 木玉。普通の女子高生でありながら、その正体は───」

「魔法使いとかですか?」

「あのねきーちゃん。ソコ、いっちばん美味しいとこなんだけど」


       ◇


「魔法使いって……あの、箒に乗って空を飛ぶ、帽子被ったアイツですか」

「まぁそんな感じ。でもさ、箒は無理かな。あたし高所恐怖症」

「あー、先輩の小説のヒロインズが大抵高所恐怖症なのはそこに由来するんですね」

「そうそう。よく読んでいるね我が後輩よ」

「いやそんなことどうでもいいんすよ。今聞きたいのは、なんでここに先輩がいるのか、です」

「…………」

「え。なんでそこで黙るんですか」


 先輩はあからさまに口を噤んだ。無理やりへの字にしてる。


「魔法使いの件は……置いておきましょう。先輩がどうしてどうやってここに来たのかを、簡潔にお願いします」

「しゃ……」

「しゃ?」

「謝罪しようと思いまして……」

「なにを?───て、」


 あぁそのことか、と。わたしの頭の中に光る電球が浮かび上がった。


 告白の件だ。


「そのことですか。なら別に明日でも」

「違うの。いや、違くなくて。今日のもそうなんだけど、今謝りたいのはどっちかっていうと昔のこと。今までのことについて、謝りに来たの」

「今まで?確かに先輩は天然でドジでマヌケですが、気にしてないですよ」

「きーちゃんってナチュラルに釘刺してくるよね。言葉の建築板金なのかな───じゃなくてじゃあなくて。きーちゃんが気づいてない内に、あたしがきーちゃんにしてしまったことを謝ろうと思ってるの」

「わたしが気にならないうちに?阿保な先輩がそんなことできるとは思わないんすけど」

「閉めて。その悪口の栓閉めて。だから言ったでしょ、あたし、魔法使い。可愛く言えば魔法少女」

「ハ」

「今鼻で笑ったよね」

「とにかく。その魔法とやらでわたしにナニかしでかした、と。それを謝るために、ここに来た。さらに魔法使いとして信じてもらうために、あり得ない登場の仕方をして、布団に潜り込んでいる、と。んな感じですか」

「さっすがデキル後輩。察するスキルが高いね。そーゆーわけだ」


 窮屈な布団の中で、先輩はパチンと指を鳴らした。癖だ。


「わかり……いやまったく分かっても理解できてもないですけど。なんとか飲み込みます」

「人生で大切なのは吸い込むことってね。偉人の御言葉さ」

「誰の?」

「カービィ」

「おやすみなさい」

「わかったわかった喋るから。えーと、とりあえず3つあるんだけど、一番アレなのとまだマシなアレなの、どっちから聞きたい?」

「え。なんですかその煮詰まった地獄は。……ならマシな方からで」

「いいの?」

「先輩のマシは大抵マシじゃないので、どれから聞いても同じってことです」

「あそう?でも大丈夫だよ。最初のは本当に、マシなやつだから」

「勿体ぶらずにさっさと言ってください」

「オーケー。えーと、最初はね。…………」

「いやだからなんでそこでまた黙るんすか」

「いやー、やっぱその……引かれるかなって……」

「…………」


 電気の消えた一室。布団の中。暗くてはっきりとは見えないが、先輩は告白した時と同じ表情をしているようだった。


「いいですから。先輩。明日で卒業なんですし。この際ぶっちゃけて下さいよ。それで、すっきりしましょう?大丈夫です。わたしを誰だと思ってるんですか。

「きーちゃん……。そうだね。そうだよね。分かった。言うね」

「はい」

「一つ目は、きーちゃんの下着をパクったことです」

「おいまて」

「え?」

「下着?」

「うん。下に着で下着」

「…………」

「ほら、この前山梨のコテージに部員のみんなで旅行に行ったじゃない?その時、あたし洗濯当番だったでしょ」

「……なるほど。その時にやりやがったんですね」

「いやいや。流石にそこで盗ったら犯罪者予備軍じゃない?いや、確かにきーちゃんのパンツを凝視はしたけど……でもそこでは我慢したの」


 偉いでしょ?と木玉先輩は目で訴えてくる。その両目を捻り潰したかった。


「で。その時は我慢したんだけども……こう、みんなが寝静まった深夜……いや明け方の4時くらいに、ふと、『あれ、欲しいぞ』と」

「先輩。あなた予備軍ちゃうくて犯罪者だと思います」

「で、ででもね、転移魔法で盗るには盗ったけどね、ちゃんと元の場所に戻したし、なにより匂いとかも嗅がなかったんだよッ!」

「じゃあなにしたんですか」

「いや、別に。ただ眺めるだけ」

「それはそれで怖いんですけど」

「まぁあの時のパンツ、通称『7割方洗われたパンツ』はちゃんと元に戻したってことで。実害も起きてないし。でも、黙ったままにするのも心苦しいから告白したのでした。まず一つ目……本当にごめんなさい!」

「いやほんと。なんて答えりゃいいのか」

「うーんと……そうだね。笑えばいいと思うよ。あはは」

「@」/→□◢◆◆◤】」↓/*%」

「きーちゃん駄目だよ大声出したら!お、お母さんとお父さんいらっしゃるんでしょ?バレちゃうって!」


 先輩に口を押さえられながらも、わたしはもごもごと抗議の声を上げる。


 ……許せないほどの怒りがあるわけでもないが、ここで許してもナニかいけない気がする。第六感辺りが異議を唱えている。


「あの、一つ聞きたいんですけど。それが〝まだマシ〟なやつなんですか」

「そうだね」

「お願いですから即答しないでください。二つ目を聞くのが今から怖いですけど……もうこの際勢いのままぶっちゃけてください。ほら、ほら!」

「お、おう。急かさないでくれたまえよ後輩君。二つ目はね……」

「パンツの次はブラとか言わないですよね」

「─────」

「え」

「─────」

「あの」

「─────」

「おい」

「─────きゅ」


 布団から出ようとする彼女を両足でホールドして阻止する。


「もしかして当たってるんですか。ほら、答えてくださいナウで」

「─────許ちて」

「どうなんですか」

「……。ほら、パンツとブラはハッピーセットって言うじゃない?」

「言いません」

「だって!使命感というか……パンツまでいったらブラも取らないとってなるじゃないっ!」

「…………」

「やめない?その日本人形みたいな顔」

「でも、パンツとブラって言ったら、パンツの方がアレ寄りというか、ランクが上なんじゃないんですか?考えるだけで馬鹿馬鹿しいですけど」

「いや、あたしもそう思うよ。でもまだ続きがあるから」

「怒らないからさっさと告白してください」

「装着しました」

「は?」

「コスチュームチェーンジ!的なノリで。ブラチェーンジ!女の子の特権だよね~」


 クスクスと笑う先輩。その口を縫いつけたかった。


「もうツッコミません。感想聞かせてくださいよ、ねぇ?」

「うわこっわ声こっわ。絶対零度だよきーちゃん」

「こ た え て」

「はいこたえますよそうですね感想ですね。うーんえーんおーん。そうだなー、なんていうかね~」

「モッタイブラズニハヤクイエ」

「ずばりね」

「ハイ」

「小さかった、かな。てかきつい。改めてちーちゃんって胸ちっさってなったよね。そんなとこが可愛いと思うけれど。きゃー!」

「─────」


 全身の血管がブチブチと破裂していく感覚。


「◇~・*・~◆◢~5'}`6'33`3'33%」

「すごいよきーちゃん。口塞いでないのになに言ってるか分かんないもん」

「お前を殺して私は生きる」

「ただの殺害予告だねそれ」


       ◇


「もうどんなのが来ても驚かない自信があります」

「どうかな……3つ目は……ふふ」

「えなんですか気持ち悪い」

「言っちゃってもいいの?ほんとに?」

「…………」

「喋りまーす!……でね。その3つ目ってのが───」


 ごくり、と唾を呑む音。それはわたしだけのものではなく、先輩のものも含まれていた。───ついにラスト。実に数分間の泥試合。先輩との掛け合いもこれが最後なのか、とロマンチックな考えを持ってしまう自分はつくづく甘い。


 先輩は両手で顔を隠している。テンポが悪いのは昔からだ。


「……キス、…………。し、しちゃった」

「えッ!」


 わたしはついに布団から起き上がる。もちろん唇を押さえながら。


「しかもね、」

「ま、まさかあの、寝てる間に、あの、ディープな……」

「いや、違うの。この部屋に初めて転移した時にね、ほっぺにね、ほんの少しだけ、チュッと……う、うわァァァァァァ言っちゃったぁぁぁぁぁ!!」


 足をバタつかせる先輩。対してわたしは放心状態。今日で何度目か分からない。


「…………それだけ?」

「へ?」

「だって今まではドのつくほどの変態エピソードだったのに、3つ目、それ?」

「だって、だってだって、キス、だよ?」

「───。あの、本気で言ってます?」

「あたしはいつだってマジだよ」


 わたしはもう一度布団に潜り、先輩と対峙する。目の前にはよく分からん魔法使いとか言い出す変態な女の子。しかし。蓋を開けたら肝心なトコで純粋とはこれ如何に。


「あのさ。なんていうか、深夜テンションで色々ぶちまけたけどさ。ほんと、ごめんね。こんなに言った後だけど、きーちゃんのことが好きなのはほんとなんだ」

「痛いほど、というか全身をむず痒くするほど伝わっちゃいましたね」

「でも、こんなのはよくないってのも分かってる。だから、だからさ」

「先輩」

「ん?」

「さっきも言いましたけど、わたしは先輩の、後輩です。これまでも。これからも。それにですね、」


 わたしはパジャマを脱ぎ、今着けているブラジャーを露にする。いつの間にかゆるくなっていたブラジャーだ。


「ブラジャーの仲ですから。もうなんていうか、腐れ縁の友達ですよ」

「きーちゃん……」

「わたしからも。今日の返事は、ごめんなさい。先輩の気持ちは嬉しいですけど、やっぱりわたしは、今日みたいにクソみたいなことを駄弁っているのがお似合いだと思うんです。親友です」

「……。ありがと。きーちゃん。これからもよろしくね。ところでそのブラのびてるならあたしが」

「先輩」

「はいすいませんなんでしょう」

「明日は泣かなくて済みそうです」

「よかったね。……うん?良いのか?」

「もう今日は話疲れました。寝ましょう。ほら、先輩は帰ってください」

「添い寝してほしくないの?」

「ここまで懲りないってメンタル岩盤ですか。親にどうやって説明しろと」

「いや、魔法使い先輩ですって」

「馬鹿なんですか」

「阿呆です」

「……大学でもそのままでいてくださいね」

「もちろん。ところでさ」

「まだなにかあるんですか」

「プレゼントがあるんだけど。来ない?」

「? プレゼント?が来る?」

「まぁ百聞は一見に如かずって言うよね。いやちょっと違うか。とにかく、魔法、使うね」

「え、あ、はい」


 先輩は指をパチンと鳴らした。なるほど。その癖は魔法から来ていたのか。

 ふと気づけば、


「───ん。は。は?」

「どう?あれ見て。河口湖だよ」

「いやなにが、え、いやいや。ここどこっすか」

「山梨だけど?」

「だけど?」


 辺りを見回してみる。確かに、目の前に広がる山林と河口湖の風景は、CGでもVRでもない、リアルな山梨の風景だった。事実寒い。


「……ええ。慣れましたよ。先輩の突拍子の無さには。魔法使いってのはある種適任なのかもしれませんね」

「そう?はじめて言われたよ~。あたしが魔法使いって知ってるの父さんと母さんだけだからさ、でもその二人はお前は阿呆だから魔法は使うなって。ひどくない?」

「とっても正しい判断だと思います」

「う」

「でも、なんでこの山……天上山なんですか?確かこの前の旅行ではバスの時間の関係で行けなかったはずじゃあ」

「うん。だからだよ。この『カチカチ山絶景ブランコ』、乗りたがってたでしょ?」

「そう……ですけど。覚えててくれたんですか」

「もちろん。ほら、乗ろ?」


 天上山──カチカチ山の舞台とされた山だ。山中にある展望台には、ブランコが設置されている。わたしと先輩はブランコに座って、地面を蹴った。


 揺れるブランコ椅子。軋むチェーン。目の前に広がる河口湖の夜景は、想像もし得なかった凄まじさだ。こんな真夜中だからこその特等席だった。


 ───なるほど。魔法使いも悪くない。……変態じゃなければ、の話だけれど。


「変態」

「先輩と発音似てるからってナチュラルに言わないで」

「ひとつ言い忘れてました」

「ん?」


 わたしは足を無理やり地面につけて、急ブレーキをかけた。ガラン、と鉄のチェーンが絡まる音。

 先輩も同じようにブランコを止めて、体をこっちに向き直した。


「ありがとうございました」


 と。今の今まですっかりと忘れていた言葉を告げて、わたしは、先輩の頬にキスをした。


       ◇


 ブランコを降りてからも、わたし達は展望台から河口湖を見下ろしていた。もちろんこの時間に展望台は開いてないはずなので、なんていうか、ワクワクする。イケナイことをしている時の人間とは、罪な感情を弄ぶものなのだ。


「綺麗ですね」

「うん。ほんとに」


 チラリと先輩の方を見ると、そこには月光に照らされる彼女の横顔。口数が少ない時は……ていうか黙っていればかなりの美人なのに。中身がアレなのがとても悔やまれる。


 山梨の絶景を二人で眺める一時ひととき。下世話上等の話を布団の中で繰り広げていたさっきが嘘みたいだ。

 けれど、とっくに気づいている。さっきも、今も。幸せなことに変わりはないと。


 ふと、先輩の指が鳴った。


「また魔法ですか」

「きーちゃん」

「はい」


 木玉先輩はにっこりと笑う。屈託のない笑顔。月があるのに太陽が在るという矛盾。ちくしょう。やっぱ綺麗だ。可憐だ。


「最後にひとつ、いい?」

「なんでもどうぞ」

「帰れない」

「……ん?どゆことっすか」

「なんていうのかな。MP?マジカルポイント?魔法に使う燃料、さっきので切れちゃった。えーと、てへぺろ」

「……あは」


 からっからの空笑いだ。


「ここどこでしたっけ」

「山に梨」

「わたしたちの家は?」

「神に奈に川」

「で?時間は」

「ちょうど次の日だね」

「帰る方法は?」

「わかんないっぴ」

「おやすみなさい」

「やめて。永眠はやめて」

「え。いやまじで。どう、え。」

「ごめんなさあぁぁぁァァい!!!!!」




         魔法使い先輩の懺悔

           /おしまい色んな意味で

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