三分蝉

鈴木秋辰

三分蝉

片手鍋の中で湯が煮えている。しばらく待つつもりではあったが三分蝉はすぐに鳴き始めた。私はすかさず鍋を持ち上げ、カップの中に湯を注ぐ。火を止めて、忘れないうちにガスの元栓も閉めた。昼飯はカップ麺だ。


そもそもカップ麺など怠惰な飯なのだから几帳面に三分きっかりを心掛ける必要は無いと言う人もいる。しかし、怠惰な時こそ、その領域内での最大限の努力をすべきというのが私の矜持だ。


かと言ってストップウォッチを持ち出したり時計を睨みながら三分を待つわけでは無い。それでは怠惰の意味が無い。三分蝉のような外的要素に依存することで私の手を煩わせることなく怠惰の中で努力を成就するのだ。


なぜ、三分蝉が鳴き始めてからちょうど三分で鳴き止むのか科学的な説明はついていないらしい。私はさほど不思議なことでは無いと思う。虫の類は人間より昔から地球にいたそうだし三分蝉を基準に三分を作ったのかもしれない。それよりも月の公転周期と自転周期が一致していることの方が不自然では無いか。こちらは何やら科学的な説明が付いているらしいが怠惰ゆえに調べてはいない。三分きっかりでこれについて説明してくれる人がいたら今度カップ麺を作る時に聞いてやってもいいと思う。


そろそろかと思って割り箸を割ったところでちょうど三分蝉が鳴き止んだ。私も立派な三分人間だな。などとくだらぬことを考えながら麺を啜った。

もしかしたら、私の知覚できない高次の生命体は私がカップ麺を作る三分を基準にして三分を計っているのかもしれない。もしかしたら、三分蝉は彼らの知覚できる低次の生命体の何かを基準にして三分間鳴き続けているのかもしれない。ふと、そんなことを思った。


また、三分蝉が鳴き始めた。鳴き終わる前に食べ終わった。

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三分蝉 鈴木秋辰 @chrono8extreme

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