第17話 ライズ再び

 それは、突然の出来事だった。

 ウェルスが店に現れて、ライズを捕まえた経緯を話してくれた。

 彼は堂々と、正面からトレインチェ市内に入って来たらしい。門番が指名手配の男だと気付いて捕らえたのだそうだ。ライズは抵抗する事なく、素直に応じたらしかった。


「ライズの所持金を調べたが、三千ジェイアも持っていなかった。お金はどうしたのかと聞いても、頑として口を割らない。ディーナに会わせてくれ、の一点張りだ。おそらくお金は返って来ないだろうが、ディーナ、会いに行くか?」


 その問いの答えなら決まりきっていた。ライズがお金を持ち逃げした理由を、何がなんでも知りたい。

 かくしてディーナは、ライズに会う事になった。


 ライズは、街外れの牢屋に閉じ込められていた。顔はヒゲ面で、一瞬誰だか分からなかったくらいだ。


「ライズ……」

「ディーナ、すまねぇ」


 開口一番、ライズはディーナに謝罪した。


「何で戻って来たんだよ。捕まるのは分かってただろ?」

「ああ、だが店がどうなったか気になってな……特許権も手に入ったし、潰れる様な事にはなってねえとは思ったんだが、何せディーナだからな」

「どういう意味だよ。お陰様で繁盛してるよ。特許で得た金も、毎月順調に入って来てる」

「そうか、良かった」


 ライズは心底ほっとしたように息を吐き、ディーナは疑問を深める。


「そんなに心配するくらいなら、何で金を持ち逃げしたんだよ。何のために、何に使ったんだ?」


 ディーナの問いに、ライズは迷う事なく口を開いた。元々ディーナには伝えるつもりで来たのだろう。


「すまねぇなぁ……ディーナが、娘の方のディーナが、奴隷か娼婦になるしかないって手紙を寄越すからよ……」

「……奴隷?」


 ライズは頷く。


「どうやらディーナって名前に商才はないらしいな。高校を卒業してから店を始めたらしいんだが、全然でなぁ。あちこちに借金して、首が回らなくなっちまって……」

「それで、うちの店の金を持ち出したのか」

「最初は、そんな事するつもりじゃなかったんだ。……っつっても言い訳にしか聞こえねぇだろうが。ヴィダルさんがディーナに残した金を見て、これで娘を救えるんじゃないかと思っちまったら、つい……」

「……」


 つい、で全財産を持ち出すとは、やる事結構えげつない。しかし、彼の言葉に嘘は感じられなかった。おそらく、娘のディーナが借金を抱えて身売りするしかない、というのは本当なのだろう。


「……で、娘さんはどうなったんだい?」

「持ち出したお金とウェルスオリジナルを売って、何とか事足りたよ。奴隷にも娼婦にもならずに済んだ」

「そっか、なら良かった。じゃあ戻って娘さんと暮らしなよ。ライズなら、そのお店も立て直せるだろ?」


 あっけらかんとしたディーナの物言いに、ウェルスが口を挟んでくる。


「ライズの働いた行為は犯罪だ。何年かの懲役刑が課せられるだろう」

「それ、どうにかなんない? 理由も分かったし、あたしもう怒ってないよ」

「何故この男を庇う? ディーナはこの男のせいで、辛い目にあったと言うのに」


 何故。むしろ、何故ウェルスがライズにこだわるのかの方が謎だ。


「だってあたし、ライズに助けられたんだ。じーちゃんが死んで、経営がうまく行かなくなってさ。ライズがいなかったら、あたし奴隷に逆戻りしてたよ。だから、すっごい感謝してるんだ」

「この男の言っている事が本当だとは限らない。温情を受けるための嘘かもしれない」

「だとしても構わないよ。ライズがうちでただ働きしてたのは事実で、捕まるのを覚悟で戻ってきたのも事実なんだ。あたしはそれで十分」


 それでもウェルスは納得のいかない表情であったが、ディーナの晴れ晴れとした顔を見て諦めざるを得なかった様だ。


「では、ディーナ。店のお金は奪われたのではなく、あげた、のだな?」

「え? あ、うん、そうそう! あげたんだ!」

「それなら何の罪も無い」


 そう言うとウェルスは牢の鍵を開けた。キイっと鎹が擦れる音がして、扉が開く。

 ライズが呆然と立ち尽くしていた。


「出て来なよ、ライズ」

「……いや、いいのかよ? 俺はディーナを……」

「早くしないと気が変わるぞ!」

「出、出るよ!」


 ライズは慌てて牢から出て来て、ディーナの手を握った。


「ありがとう、すまねぇ……恩に着る」

「困った時はお互い様、だろ!」


 ディーナがウインクをして見せると、ライズは嬉しそうに笑った後、真剣な目でディーナを見つめて来る。

 そして彼から発せられた言葉は、思いもよらないものだった。


「ディーナ、ファレンテインを出て、俺の国で一緒に暮らさないか?」

「やだよ、じーちゃんの店を放っとけないもん」

「即答かよッ!」


 ライズは天を仰ぐ様に頭を掻いて、ふうっと息を吐いた。


「ディーナ相手に遠回し過ぎたな。結婚してくれって意味だったんだが」

「……えっ!」

「それでも、答えは同じなんだろうな」

「う、うん。……ごめんね」

「いや、いい。罪科無しでディーナまで貰おうなんざ、都合が良過ぎるってもんだ。じゃあな、良い男を捕まえろよ! 結婚詐欺には気を付けな!」


 ライズはそう言ってトレインチェから出て行った。

 色々あったが、やはりライズは悪い人間ではなかったなとニヤニヤしていると、ウェルスは無表情でディーナを見つめている。


「何? ウェルス」

「ディーナは、ライズの事が好きだったのか?」


 もしかして嫉妬かな、と思った。そうだと言ったらウェルスはどんな顔をするのか知りたくもあったが、ディーナはそんな事を言う女ではない。


「好きだけど、恋愛感情はないよ。本当に好きなのは、今も昔もウェルス一人だけだから」


 真っ直ぐ目を見て言うと、ウェルスの無表情が少し崩れる。きっと喜んでくれているに違いないが、ウェルスはそれを立場上言葉には出せないのだ。

 互いに好きでも、一緒にはなれない。

 それでもずっとこの関係が続けばいいが、結婚という制約がない限り、ウェルスは自由だ。

 誰と恋愛しても、誰と結婚しようとも。ディーナに立ち入る権利はない。


「ディーナ。わがままを言う。誰とも結婚しないでくれ」


 ウェルスの言葉に、ディーナは頷きを見せた。ウェルス以外の人と結婚する気など、元より無い。

 例えウェルスが他の誰かと結婚しようとも。

 ディーナはウェルスのわがままが嬉しくて、にっこりと微笑んだ。

 すると頭上から唇が落ちて来て、ディーナの唇に当たった。

 誰もいない牢屋での、人目を忍んだキス。

 三年ぶりのその感触を、二人は味わっていた。

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