第2話 居候

 その夜、ディーナはウェルスに、ファレンテイン貴族共和国における、ミハエル騎士団の事を教える事となる。自分の知る限りの情報であったが、それでも多少なりとも役に立つはずだ。

 小さな部屋に布団を二組敷き、もう一組は座布団で代用した。その上にエルフと爺と娘が座っている。


「騎士になるにはいくつか方法がある。年に何度かある入団試験をパスすること。それか士官学校を卒業すれば、希望者はほぼ自動的に騎士になれる。士官学校に入学するためには年齢制限があるけどね。ウェルスはいくつだい?」

「五十八だ」

「ふぇ!?ごじゅうはち!?」


 あり得ない数字を出されて、ディーナは目を丸めた。


「馬鹿孫娘が。エルフ年齢というやつじゃ。人間の年齢に換算すれば、二十歳くらいと言ったところじゃな」

「な、なーんだ、じゃあ、あたしと変わらないんじゃないか」

「……あほだの、お前は」

「何がだよ! そういうことだろ!?」


 いつもの調子でヴィダルと話していたが、視線を感じて思い留まる。ウェルスが冷めた表情でこちらを見ていた。


「や、すまない。五十八って事は、士官学校に入学は無理だな。まぁ、入団試験も士官学校への入学も、エルフには条件が厳しいからなぁ」

「…………」

「エルフに限らないんだけどね。余所者には、って意味だよ。何せ、どっちもファレンテイン人であることが条件なんだ。いわゆる市民権ってのがいるんだよ。それがないと入団試験は受けられないし、士官学校にも入ることが出来ない」

「…………」

「市民権を得るための方法はいくつかある。ひとつ、他国で貴族だった場合、申請してお金を積めば、ほぼ確実にファレンテイン人になれる。ひとつ、他国で何らかの軍功を上げている場合、申請して審査が通ればファレンテイン人になれる。ひとつ、他国で何らかの研究結果を残している場合、申請して審査が通ればファレンテイン人になれる。どう? 何か当て嵌まるものはあったかい?」


 その問いにウェルスは頷くはずもなかった。森で暮らして来た者なら、何もなくて当たり前だ。


「手っ取り早い方法は、ファレンテイン人と結婚する事だよ。そしたらすぐにファレンテイン人になれる。ま、リスクはあるけどね」

「……リスク?」

「そうさ。市民権を得てすぐ離婚出来ないように、それに関しての制約がキツイんだよ。三年未満の離婚は、財産の没収や地位の剥奪、半年の禁固刑が双方に課せられるし、三年経ったからって離婚したら、元々市民権を持っていない方は、結局市民権を剥奪される。結婚で市民権を得ようとするなら、十年間の婚姻関係が必要と来たもんだ。本当に結婚したい相手じゃないと、互いに無理って事さ」

「馬鹿孫娘が。全然手っ取り早くもなにもないんじゃからのう」

「手っ取り早いじゃないか! 結婚すればいいだけなんだからさ!」

「そう言うならさっさとファレンテイン人と結婚して、バカ高い住居費や医療費をどうにかしてもらわんかい」

「っく! じーちゃんが誰か見つけて結婚すりゃいいだろ!」

「若くて可愛い娘じゃないと、わしゃ嫌じゃ」

「こんのエロじじぃ!!」


 そんなやり取りをウェルスは聞く……だけでなく、今度は質問をして来た。


「二人はファレンテイン人では……」

「ないよ。余所者さ。色々あって逃げ出して来てね。ここでは市民権を得ないと大変だよ。何かしら制約があるしね。町はすごく良いところだから、今んとこ出るつもりはないけど。あたしと結婚してファレンテイン人になる腹だったなら、悪かったね」

「だれがお前みたいな阿呆な娘と結婚したがるもんか」

「うるっさいよ、じーちゃん!!」


 言い争う隣で、ウェルスは目を伏せてしまった。こんな情報ばかりでは、希望も何もないのだから無理はない。


「……ひとつ、方法が無いこともないよ」


 ディーナの言葉に、ウェルスは顔を上げて目を輝かす。余程騎士になりたいのだなと、ディーナは微笑んだ。


「ミハエル騎士団の下には、兵士団ってのがある。これもファレンテイン人しかなれないんだけどね。さらにその下には傭兵団ってのがあるんだ」

「……傭兵団」

「うん。それならファレンテイン人じゃなくてもなれる。そこで軍功を上げる事ができれば、騎士になる事も夢じゃない……と、思う」

「適当じゃのう」

「なんだよ、それ以外方法が無いじゃないか!」


 ディーナが声を荒げていると、ウェルスは無表情で……しかしどこか嬉しそうに首肯した。


「ありがとうディーナ。その傭兵団とやらに入ってみる」


 初めてウェルスに名前を呼ばれたディーナは、照れ臭くて少し笑った。


「ま、上手く行くとは限らないけどな。応援するよ。住むとこがないと不便だろうから、ここを自由に使ってくれりゃいい。な、じーちゃん」

「ああ、好きにするとええ」

「……すまない」

「いいっていいって、困った時はお互い様ってな!」


 こうしてヴィダル弓具専門店に、居候が出来た。彼はディーナの助言通り傭兵に志願し、入団する事が出来た。

 ディーナはウェルスの欲しがっていたコンポジットボウを、出世払いで貸し与えてあげた。単弓で軍功を上げる事は不可能に等しいからだ。

 矢の方は、休みの日にウェルスが自力で調達していた。元々全てを自分で賄っていたウェルスだ。職人のそれには遠く及ばないが、器用にコンポジットボウに合う矢を自作していた。


「どうだい。軍功はあげられそうかい?」


 ディーナはウェルスが矢羽を取り付けるのを、覗き込みながら問いかけると、ウェルスは顔を上げずに手元に集中したまま答える。


「まだ、だ。しかし、近く大きな戦になるという話を聞いた。そこで、必ず大きな働きをしてみせる」

「そうかい……意気込むのはいいけど、無理はするんじゃないよ。チャンスはいくらでもあるはずだ」

「……」


 ウェルスに返事はなかった。手元に集中しているためか、ディーナの話に応じられないかのどちらかだろう。

 ディーナはウェルスの思い詰めた顔を見て、彼のための矢を作ることに決めた。

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