episode4
伊集院は苦しげに目を細めると遠くを見つめながら、「十年。あれから、十年経った。――もう、十分だ。十分すぎるほどアイツは苦しんだ」と語り始めた。
「以前、君に妹の話を少ししたと思う。俺たちの両親は俺が高校三年の時に飛行機事故で亡くなっていてね。二人きりの兄妹だった。
目を見開いて言葉を失う俺を伊集院は
「一年浪人していた春菜が短大を卒業したら、二人は結婚するはずだった。……その春菜が、死んだ。――俺たちの目の前で」
「死、んだ?」
「……そう。隼人の卒業式の当日。三月十一日。三人で隼人の卒業祝いの食事会をするはずだったその日に」
伊集院はそう言うとスッと目を伏せ、
「あの日、大学で合流した俺と隼人は俺たち兄妹が住むマンションに向かっていた。マンションでは春菜が食事の準備をして待っていることになっていたんだ。俺たちは隼人の選んだワインを持って、
そう言ったきり、伊集院は口を閉ざした。
重苦しい沈黙が室内を支配する。俺は伊集院にかける言葉を探したが、結局なにも言えなかった。どんな言葉も安っぽい
そして俺は、柊に初めて会った日のことを思い起こす。
……なんて運命だ。あの日、引越しの挨拶に行ったあの日が、伊集院の妹である春菜の命日だったなんて。
柊は現実から
「亡くなってる人になんて……勝てない」
これは完全なる俺の
「……すみませんっ」
さっきあれだけかける言葉に気を使ったのに、どうして今ここで
だが伊集院はそんな俺を
隣に立つ伊集院を見上げると、彼は優しい表情で俺を見ていた。その表情が俺には逆に痛々しく見え、伊集院の心の奥にある悲しみの深さを
「聞かせて、ください」
もう後戻りはできない。俺は、前に進む道を選択したのだから。伊集院は小さな声で「ありがとう」と言うと再び語り始めた。
「俺たちがマンションに戻ったのは深夜を過ぎた頃だった。警察や病院から色々事情を聞かれ、立っているのがやっとなくらい心身ともに
伊集院は疲れたように前髪をかき上げると、小さく息をついた。
「そんな俺たちを待っていたのは、なんの準備もされていない静まり返った部屋だった。――それからだ。隼人が心を閉ざしたのは」
その時のことを伊集院は詳しく語ろうとはしなかった。その部屋で二人はなにを語り合ったのか、気にはなったがさすがに尋ねることは
「今でも柊さんは春菜さんのことを想ってるのに、伊集院さんは俺になにができると思っているんですか?」
伊集院は悲しげに目を伏せ、「アイツの中に春菜への愛情はもう、ない。あるのは春菜のことを信じることができない自分への
「死に追いやったって、そんな……」
俺は絶句する。
「アイツは、自分があの場にいなければ春菜は死ぬことはなかったと自分を責めた。そして決まっていた就職も自ら辞退すると、俺の前から姿を消した。――俺は留学を取り止めて隼人を探した。あんな状態のアイツを独りにしたらなにをしでかすか分からないからな。あの馬鹿、親にも連絡しないで
まるで伊集院の言葉を
どんな思いで伊集院はこの曲を聴いているのか。俺はじっと目を閉じたまま動かない伊集院を見つめながら、ひどく居た
そして最後に、まるで
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