第11話 食卓の誓い

 急な兄の来襲より、数刻後。


「お義兄にいさん、苦手な食べ物とかありますか?」


「その呼び方が嫌いかな!!」


 ジグの住む平屋にて、筋肉ダルマの狂犬もふくめ食卓を囲んでる。


「兄さん、そういうのうざいから」


「…………ヒィン」


 狂犬と恐れられる我が国の筆頭騎士も、家族の前では室内犬に様変わり。その様子を見るジグの目が、何かを慈しんでるように見えた。


「お待たせしました。夕餉ゆうげですよ~」


 木製のテーブルに並べられるのはいつもより豪華にしたのか、肉の類いが多い気がする。


「すごいな……この国の騎士は料理もできねばならんのか。しかも、美味え!」


 感心した兄さんの声は、本心からもの。それがジグにも伝わったのか、彼はどうしようもなく嬉しそうだった。


「お口に合ったようで良かった」


「ちょっと、兄さん。はしたないよ」


 運ばれてきた食事に直ぐ飛びついてしまうのは私もやってしまう。気をつけなきゃ……


 食卓でかわされる談笑。


 転生前の人生では考えられなかった幸せに、どう反応していいのか戸惑うばかりだ。


「お酒もありますよ」


 棚の奥から、ほのかに香る果実酒を出すジグ。


「お、ジグムントくんは飲めるのかね?」


 酒好きの兄さんがあからさまに目を輝かせて質問。


「この子、まだ二十歳じゃないよ」


「じゃあ、ダメだ」


 別に、二十歳からでないと酒が飲めないという法があるわけでは無い。ただ何となく、二十からしか飲めないという慣習がこの世界にはあった。


「ちなみにヴィオラもダメだ。酒癖が悪すぎる」


「余計なこと言わなくていいから!!」


 二十を越えた際に飲ませてもらった翌日、頭に木刀が突き刺さった兄さんに『お前は、酒はやめとけ』と言ってくれたのは忘れてない。


 緩やかに流れる時間。


 酔いが回ってきた兄さんが眠そうにしていると、ジグは『毛布を取りに行ってくる』と言い立ち上がった。


「ヴィオラ……」


「もうこんなに酔って」


「ジグムント……彼は、うん」


 酔って赤くなった兄さんの戯言たわごと


「良い奴なんだろうさ。でも、かかえすぎだ。支えてやりな」


 そう言うと、いびきをかいて寝てしまった。

 

「あら、寝ちゃいましたか」


 兄さんの肩に、毛布を掛ける。


「ではまた、明日」


 その日は、お開きとなった。





 翌日。


「昨日は、お楽しみだったのか?」

 

 二日酔いなのか、目つきが更に悪くなった兄さんの最低な発言。酔い覚ましに顔面を数発、殴ってあげた。


「あー、流石に戻らねえとな」


 兄さんには、置いて来た彼の部下たちの事もある。兄さんを一目見ようと集まった制騎士たちに挨拶して彼は帰る準備を始めていた。


「二人とも、達者たっしゃでな」


「じゃあね」


「ガンジャ殿、ありがとうございました」


 ジグの言葉に、考える素振りを見せる。


「ジグムント」


「は、はい」


「兄と呼んでもいいよ」


「「えっ」」


「じゃあな! ガハハハハハ!!!」


 大槍を担いで馬に乗り、豪快な笑い声とともに義足の騎士の帰路につく。


 見送り、食卓へ戻る。

 先程に兄さんの言葉がグルグルと頭を周り、ジグと上手く話せなかった。


「ヴィオラ。お話したいことが」


「どうしたの?」


 いつになく、彼の表情は真剣で。


「お返事、聞かせて貰ってもいいですか?」


 きれいな群青色の瞳が、真っ直ぐと私を射貫いぬく。


 なぜだろう。

 私を見つめるジグムントの顔は、どこか悲しそうで。


「いいよ」


 できる限り、彼に寄り添ってあげたくなってしまった。


「いいよ。祖国から逃げた、不忠義者の騎士で良ければ」


「アレは仲間だった方が悪い。裏切りにはなりませんよ」


 ただ笑い合うのに、悲しみはいらない。今は、少しでも彼に笑っていて欲しかった。


「もしできるなら、ヴィオラ。貴方に見せたい景色があるんだ」


 遠くを見るジグムントの横顔。


「どんな景色?」


「色とりどりの花が咲いている」


「清王陛下のお城の庭みたいな?」


「いや、本物はもっとすごいんだ」


 ある山の麓。

 この世全ての草花が集まったような理想郷。


 数年前の戦争で、焼けてしまったそうだ。


「いつか、見せてよ」


「うん、ちかうよ」


 これが私の見た、ジグムントの最後の笑顔だった。


 

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