第57話

「美和! お前、田上に会ったの?!」

 馨がいきなり悲鳴に近い声を上げた。

「どういう意味ですか?」

 俺と田村が同時に尋ねた。だが馨は俺たちを無視し、困惑する美和につめ寄る。

「田上にこのことを話したのね! 壊れたのは弱いからだ! 自業自得じゃないか!」

「お祖母様が美奈を認めていれば、あの子は壊れることはなかったわ」

「黙りなさい! 折角、かくまってやったのに恩知らずが!」

「美奈はお祖母様を愛していたのよ」

 感情的になるのを必死でえながら馨に訴え続ける美和。責めているのではない。気づいて欲しいのだ。自分が彼女たちにどれほど残酷ざんこくな仕打ちをしたのかを。

「だったら尚更なおさら、私の言うことを聞いていればよかったじゃないか!」

 馨がき捨てた。

 残念ながら、彼女には一切の言葉も届いてはいない。それが美和をより一層苦しめていた。

「もう、いいでしょう」

 あわれむように若林は美和に声をかけた。美和は声をつまらせ「はい」とうなずくと、すぐうしろの戸棚から大切そうにブロンズ像を取り出し、若林に差し出した。

「捨てられませんでした。美奈の努力のあかしだから」

 震える声で美和は言った。

 その瞬間、彼女の言葉が閃光せんこうのごとく頭に蘇った。

 ――神に反旗はんきひるがえしたルシフェルってね、双子の弟であるミカエルに地上へととされたの。ルシフェルはどうして神にそむいたんだろう。神からの寵愛ちょうあいを最も受けていたはずなのに。

「……愛して欲しかったんだよ、きっと」

 俺は若林の手に握られたブロンズ像を見つめながら呟いた。

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