第50話

「若さん、それに里見さんも。どうしてここに」

 困惑する俺に若林が苦笑した。

「水島が留守だったから、お前たちの様子を見にきたんだ。こんなところで悠長ゆうちょうに花見なんてしてるから小言のひとつでも言おうと思ったんだが、なかなか面白い話をしているじゃないか。俺たちも混ぜてくれ」

「構いませんけど、若さん、それはないってどうして言い切れるんですか?」

 見当違いなことを言っていただろうか。というか、二人はいつから俺たちの会話を聞いていたのだろう。まったく気がつかなかった。

「お前たち、勘違いしてるぞ」

「勘違いって、何をです?」

「田上と馨の関係を、だ。彼女がああいう性格だからそう思うのも仕方はないが、ビジネス契約の下で彼らの関係は成り立っていた。馨は、いや、田上は顧問弁護士としての職務を忠実にこなしていただけだ。だから、田上と美奈が惹かれ合うことはない」

 若林は同意を求めるようにかたわらの里見を見る。彼女は頷き、「彼の事務所で美奈さんについて話を伺った時、佐伯さんに認められる為に彼女はこれまで努力をしてきたのだと彼は言ったわ。彼の目には、そう映っていたのよ」と言った。

「そ、うなんですか?」

 どう贔屓目ひいきめに見ればそんな風に見えるのだろうか。彼の目は節穴か。

「ええ。けれど、かなり腕が立つらしいわ。だから彼女は選んだんでしょうね」

「なんか父親からそのまま仕事を受け継いだって訳ではなさそうですね。馨が認めるほど優秀だったから顧問弁護士として採用されたということですか」

「まぁ、そんなところね」

 里見は含みのある言い方をした。

「何か他にあるんですか?」

「いいや、彼女はそういう女性ってこと。お前も気をつけろよ。変なのに引っかかりそうなんだよな、修平って」

 里見の代わりに若林がからかうように答えた。

「なんなんすか、急に。そっくりそのまま若さんに返しますよ。そうなると、またふり出しに戻るわけか。前になかなか進めねぇ」

 俺は溜め息をつき、その場に座り込んだ。

 美奈の別れた恋人を突き止めれば、事件解決の突破口になる。だが、田上ではないとすると他に誰がいるというのか。まるで不条理劇だ。

 頭を抱え込んだ時、突然、若林の携帯が鳴った。――篠原からだった。

 何か進展があったのだろうか。俺たちは電話に出る若林を取り囲む。しばらく、「ええ」「はい」と相槌あいづちを打っていた若林の顔色が急に変った。

「Liberaの書き込みが?」

 俺と田村、そして里見が一斉に顔を見合わせる。

 新たな美和の書き込みが見つかったのだろうか。再び若林に顔を向けると、「書き込まれたのは四日前の三月三日なんですね?」と若林は俺たちに聞こえるように声に出して言った。そして続けざまに、「またMichaelですか」と苦々しい顔をする。

 俺は田村と里見を交互に見る。

「四日前って……」

「どんなことが書き込まれていたのかしら」里見は険しい顔をしたまま黙り込んでしまった若林を見つめる。「それにMichaelからのコメントもあるって……」

 嫌な予感がする。書き込みを行った人間たちが、Michaelとやり取りをしたあと何をしたのかを俺は知っている。

 俺たちは若林が電話を終えるのを静かに待った。

「……解りました。今、修平たちと合流しているので彼らにも伝えます」

 そう言って若林は静かに携帯を切った。

「若さん」

 硬い表情の若林が俺たちにゆっくりと顔を向ける。

「――美和の居場所が判った」



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