第4話 ブレイブカンパニー
黒男は、自分の部屋のソファに眠る少女を見やった。
信じらないほどの美しい少女だ。色々あるが、今は眠っているので見えないその瞳がとても印象的。赤いのだ。血の色をしている。
髪は色素があるのでアルビノということではないだろうが。
そして、どこにも行く当てがないということだったので、数日間部屋にいれてあげることにしたのだった。
だが。
「落ち着かない」
年齢的には高校生くらいだろう。
イマイチ年齢を聞いても不確かなことしか返ってこないのだが、見た目はそうだ。
見知らぬ女子高生と一緒に住んでいる三十過ぎのおっさんってどう考えてもやばい。
安易に部屋にあげてしまったことを激しく後悔しながらも、安心した表情で眠る彼女を見るとなんともいえない満足感がある。
「誰かを養ってる感とでもいうのかな」
友人もけっこう結婚して、家庭を持っているものも多い。
自分のような独り身は気楽である反面、守るものもない虚無感のようなものも感じるのだ。正直食えればいいくらいのお金があれば、いいんじゃないかとか。
そういう感覚だ。
二日連続で徹夜しているはずなのに、あまり眠れず、朝を迎えてしまった。
適当に食事とお金をテーブルの上に置くと、よほど疲れているらしい彼女を起こさないようにしながら、会社へ向かった。
「お前、日曜日休んだだろ!」
会社へ到着早々、怒鳴り声が黒男を襲った。
おしゃれなオフィスビルの一角にある薄暗いサーバ室が、黒男の仕事場だ。
このサーバ室へはセキュリティ対策という意味もあって、営業部を通らないといけないのだが、この営業部長が強面だ。
筋骨隆々で、ゴルフ焼けした肌は浅黒く、やたら胸のあいた派手なシャツを着ている。
どうも堅気に見えない。
「す、すみません。さすがに二徹してたので」
ドスのきいた声色で顔を近づけてくる。
「言い訳はいいんだよ! 終わってねえんだろ、この特設サイトの掲載」
と企画書を投げつけてくる。
内容はわかっている。
昨日徹夜明けに、新しい商品のネット販売に合わせてサイトを更新しろといってきたのだ。それで昨日は徹夜したのだが、商品画像もきれいにそろっていなければ、掲載するURLも不明確。さすがに勝手にもできないし、営業担当に連絡しても休日のため、連絡もつかない。
だから諦めて休んだのだ。
そう説明するのだが、いまいち理解できなかったらしく、営業部長は激高する。
「うるせえ! お前についてる頭は飾りか? 自分で考えて提案しろよ、カス!」
今度は乱暴に胸を突き飛ばされ、尻もちをついてしまった。
周囲から他の営業部員のくすくす笑いが聞こえる。
「この企画はな、社長の企画なんだよ」
「まあまあ、営業部長」
すると、先ほどまで気が付かなかったのだが、一人の金髪の男が立っていた。
「社長!」
営業部員全員が起立すると、最敬礼した。
「楽にしたまえ」
金髪のハンサムな男が白い歯を見せている。
この男こそ、異世界を行き来できる唯一の男、勇者ヒカリであった。
そう黒男の会社、ブレイブカンパニーは、勇者ヒカリが興した会社なのだった。
「営業部長、そんなに責めてはよくないよ」
「も、ももも申し訳ございません」
あの強面の営業部長が嘘のように声を震わせながら、頭を下げる。
とても演技のようには見えない。膝が震えている。
「えと、君、なんていったっけ」
「高杉黒男です……」
「高須くんか」
「い、いえ、高杉です――」
「いいかい? 君は物を販売しているわけじゃない。空調のきいた部屋の中でかちゃかちゃしているだけで、楽なんだ。彼ら営業メンバーはみんな厳しいノルマがあり、朝から晩まで外回りしている。君にも言い分はあるだろうが、そんな彼らが一生懸命に営業した商品に注文がはいっても、Webサイトに商品がなかったらどうなる?」
「お客様が困ります!」
営業たちが唱和する。
「はあ」
プログラミングだって、Webサイト制作だって決して楽ではない。
そのことを言い返したかったのだが、周囲の同調圧力に抑え込まれてしまう。
「そう、お客様が困るんだ」
ヒカリは白い歯をみせながら顔を近づける。
「だから少しだけ協力してくれ」
「ぼ、僕だってやってますよ。でも作業が多すぎて」
「仕方ないじゃないか。君しかいないんだし」
「人をいれてください!」
「お前! 社長に逆らうのか。この愚図野郎!」
「人かー」
困った顔をするヒカリは、演劇をやっているように優雅に舞いながら、
「営業は金を稼ぐ、プログラマーは稼いだ金を使う。これ以上プログラマーを増やしていいことあるのかな?」
「でも、前はもっと人数がいました!」
食い下がり、ヒカリを睨みつけるようにいう。
「高杉!」
「ま、考えておこう」
あっさりヒカリがそういったので、黒男もこれ以上は言えず、礼を言うとサーバ室に入った。
「い、いいんですか? 社長」
営業部長はそれを尻目に尋ねる。
「いや、この間辞めたプログラマーほら、なんていったっけ。彼、労働基準監督署に告げ口したでしょ? ああいうの良くないからね、勇者ヒカリの世間のイメージが崩れちゃうよ。何とかニュースにならないようにしてもらったけどさ。プログラマーなんて増やしたくないんだよ」
「なるほどなるほど、理解できてきました、ぐふふ」
「高須君には、ここから二度と出られないようにしよう」
ヒカリがぼそりというと、営業部長は顔を青ざめさせる。
「に、二度とですか?」
「うん、足を斬ってもいいんじゃない? 再生はさせず、死なないようにすることもできる。それから無限に働けるように彼には液状の薬草と、目覚め草を与えろ」
「は、はい」
「二度と生意気な口を叩けないようにするんだ」
そういうヒカリの顔はひどく冷酷なものだった。
◆◆
『所持金を魔力に変えますか?』
テーブルの上に置かれた肖像画がかかれた紙を手にした瞬間、魔王の脳裏にメッセージが響いた。
はい。
すると、手の中にあった紙が消失し、力が宿るではないか。
「これは…魔力?」
魔王起業 魔力=所持金額の苦悩 ゆうらいと @youlight
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