第14話 conflict
土曜日の13時30分。
まだ予定の30分前という時間だからか、そこにいたのは女子生徒が1人だけ。
「あ!
入学式の事件に巻きこまれた被害者であり、
朗らかな笑顔で手を振り、零一を明るく迎え入れる。
「……他の人は?」
「まだみたい。あたし他に予定とかないから、早めに来ちゃった」
「俺もそうだな。午前中に用事はあったんだが、それを済ませてすぐここに来た」
「そっか……」
「……ああ」
社交性が低く黙りがちな転校生の男子生徒と、並の交友関係と平凡なコミュニケーション能力の女子生徒である。
接点があるとは言え、親しく話す間柄ではないのが普通である。
途切れた会話を継続する努力もなく、2人は自然と自分の
予定時刻まで30分も時間がある。零一がスマリを起動した直後、
『予定時刻まで1時間です』
「……?」
クラス交流会の時刻を間違えたか、と一瞬思い、そのアラートを開く。
アラートのスケジュールは――
「…………」
胸の中でざわめきが起きる。零一は隣の真凛に事情を悟らせないよう、焦る感情を押し殺して仮想キーボードを叩く。
ディープウェブでのチャット履歴でも、ちゃんと日曜日の15時と時刻は指定されている。仮に予定が変更されたとしても、
単純な指定ミスである事を祈りながら、
そして、零一の祈りは届かなかった。
スケジュールの変更トリガーとなったのは、
表上では秘匿されている
その会話の内容は――。
Pan-Kun: 生配信で話してた内容って、そんなヤバかったの?
Cherry-Hatchet: そう。
それに、話を聞いた限り、詐欺の受け子みたいなものでしょ? そういうのは今後一切受けないのが身のためだよ
Pan-Kun: そうだったんだ! チェリハの雑談枠で相談してなかったら消されてたかも…
どうすればいい? ファクトリーって持ってるだけでヤバい?
Cherry-Hatchet: もしかしたら、ハッカーとかが持っている事を嗅ぎつけてやってくるかも
わたしなら大丈夫だから。その
Pan-Kun: わかった! じゃあ、ヴェイン内でトレード? 待ち合わせ?
Cherry-Hatchet: そうなるね。今度の日曜の14時はどう?
Pan-Kun: ゴメン、その日はずらせない用事があるから…土曜の14時半しか空いてない
Cherry-Hatchet: 分かった。正直、わたしもちょっと用事があるんだけど、5分程度なら空けられるかも。ちゃんと14時30分に待ち合わせ場所にいてよね
Pan-Kun: うん! 待ち合わせ場所は新潟県新潟市中央区のレインボータワー前でいいかな? 他に人があんまりいないって聞かされてたから丁度良いかなって
Cherry-Hatchet: そっか。それならそこで、14時30分に待ち合わせね
Pan-Kun: やったー! チェリハとデート!
Cherry-Hatchet: 真剣な話をしてるんだけど…
Pan-Kun: ごめんごめんw
「…………」
要約するに。
クラス交流会と間違いなくカチ合う時間帯である。
しかし、先日
突如として零一の頭脳が高速回転する。クラス交流会をキャンセルし、確実性を取ろうと天秤が傾いた時、横手から声がかけられた。
「――おーい! 待ったー?」
「こんにちは、遊木さん、青井さん」
クラス交流会の発起人である
「あー
「あと10分だね。でもあんまり人が集まってないような……」
「まあ、直前にクラスギルドの集まりがヴェインであったみたいなんだよね。それが終わればすぐにこっちに合流してくるってさ!」
クラス交流会の現着メンバーが2人増え、零一の頬が痙攣する。
「その……交流会って、何人集まったんだ?」
「クラスのほとんど全員! ざっと20人くらいかな。
いやー、田質町って田舎だからね。東京からわざわざ引っ越してきた零一くんにみんな興味津々なんだよ!」
「それは……過剰な期待だと思うけど……」
否定する零一だが、そこに夜桜が乗っかってきた。
「ううん、結構、わたしも遊木さんには色々訊きたいこととか、話したいこととかあるし」
「……夜桜さんが?」
「うん。昼休みとか放課後とかは、友達同士で固まりがちなんだけど……こういう機会があれば話したいって人は、わたし以外にもいっぱいいるみたいだよ」
「そうそう! ボク自身だってそうだし。
美昼さんとか元近さんとか鉄さんとか……大学行く時は上京したいって人たちが実際の東京の様子を知りたいって言ってたりしたよ。
だからさ、今日の主役の零一くんとしては、いっぱい喋って欲しいんだよね~」
「……そうか……」
夜桜や島から期待を寄せられ、「急用ができたので帰りますね」とは言い出しづらく、零一の頭の中で天秤が激しく揺れ動く。
どちらにせよ、備えておくに越した事はない。
(
(――承知いたしました)
声を出さずに思考コマンドで
「――よっす島ー! 今日はどこいくー?」
いかにもムードメーカーな男子生徒を先頭とした、15人程度のグループがぞろぞろと校門前に
先程、島が言っていた、クラスギルドの集まりであろう。
「遊木さん初めましてー!」
「今日は一杯遊ぼうよ!」
「田舎だけど、楽しいところ案内するよ!」
あっという間に人だかりが形成され、零一の包囲網が出来上がる。
「……ああ、その……今日は、よろしく」
天秤が完全にクラス交流会へと傾き、零一は次々と差し出される手に握手を交わしていった。
* * *
「東京のどこらへんに住んでたの?」
「足立区の辺りだな」
「田質町にわざわざ引っ越してきた理由は?」
「両親の仕事の都合で……」
「ヴェインの東京と現実の東京って違ったりする?」
「そんなに変わらない。どっちも人が多いし、店構えも現実が変わったらすぐにヴェインに反映される」
クラス交流会の内容は、田質町の名所を巡るというものである。
予定では三か所の名所を紹介するという事で、田質町の生徒ならば無料で利用できる自動運転のタクシーに揺れている道中だ。
その道中のタクシーの中、零一は同乗しているクラスメイトの質問をさばいていく。
島や夜桜が言っていた通り、同級生からの興味は寄せられているらしい。矢継ぎ早に様々な言葉が交わされ、零一はひたすらに話し続けた。
しかし、零一は雑談など上の空で、頭は不安で一杯である。
そして、何事かあれば、零一にアラートが行くように設定している。こうしてクラスメイトと話している間にも、アラートが飛んでこないかと気が気でない。
「――ほら! ここ、
助手席に乗っていた真凛が看板を指さす。
ここが一つ目の名所だという。ツタと苔が這う木製の看板には、「ようこそ芋里鍾乳洞へ」と刻まれており、その横の駐車場にタクシーが停止した。
他のクラスメイトが乗っているタクシーが続々と駐車していき、下車した島が全員に向かって手を振った。
「みんなー! 人数揃ってる?」
「だいじょうぶー!」
あちこちで問題がない旨の返答が返ってくる中、とあるタクシーのグループから声が上がる。
「あの! ちょっと、わたし暗いところ苦手なんで……わたし、近くを散策していいですか?」
「え? 大丈夫かな、夜桜さんにも交流会楽しんでもらいたいし……鍾乳洞に行くグループと、散策するグループに分かれる?」
島からの提案に、夜桜が頭を下げる。
「ごめんなさい! その、わたしのためにわざわざグループ分けてもらうのも心苦しいので……一人だけでいいです!」
夜桜が強情に主張し、その勢いに呑まれて島がうなずく。
「わ、分かった。夜桜さん以外は全員揃ってるよね。
それじゃあ、行こっか!」
主催の島が音頭を取って鍾乳洞の中に入り、クラスメイトの群れが暗闇に吸いこまれていく。
「…………」
零一が一瞬だけ夜桜を注視する。
「遊木くん、夜桜さんのこと、心配?」
「まあ……少しだけ」
しかし、夜桜の為に独断で行動する勇気もない。
零一は、真凛に連れられて鍾乳洞へと入っていく。
ピチョン……。
広い空間の中、鍾乳石から落ちた雫の反響音が耳に届いた。
薄暗い入口を抜けると、地面には石筍の群れが広がり、天井には鍾乳石が垂れ下がっていた。鍾乳洞内に設置されたライトがそれらを赤や青に照らしており、石壁にネジで留められた看板には、鍾乳洞の成り立ちや組成が詳しく書かれている。
先導する島が、零一に振り返って手を広げてみせる。
「零一くん! ここが田質町の名所の一つ、芋里鍾乳洞だよ!
春以降はLEDでライトアップされて、鍾乳石が虹色に輝いてキレイなんだ」
零一がぐるりと視線を回し、求められているであろう感想をつぶやいた。
「幻想的な風景だな。東京では見れない景色だから、新鮮な気分になれる」
「そうだろそうだろ!」
零一の感想が島やクラスメイトの心情を慰撫し、彼らの表情に笑顔が灯る。
模範的な回答をして場を保つ零一だったが、彼の頭の中にアラートが鳴り響く。
「……ッ」
零一は上げかけた嘆声を飲みこみ、脳内で響くアラートに思考で応答する。
(
零一の呼びかけに、
(
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