カウントダウン

王生らてぃ

本文

 誰かを殺したいほど嫌いになったことがある?

 私はある。



「あんたって、ほんとダメね。ドジ。グズ。間抜け」



 いつものように、早苗が私を見て笑う。



「どうしたら、何もない廊下で滑ってコケて、雑巾バケツひっくり返して、制服びしょびしょにできるわけ? しかも毎週。ほんっと、ダメなんだから」



 早苗は背も高いし、器量もいい。私と違ってかわいいし、クラスの人気者だ。そして、いつも私のドジをからかっては、私のことを見て笑っている。



「もー、しょうがないなあ。ほら、手伝ってあげるからさ、早く片付けなさいよ。ほんと、私がいないとダメなんだから。ほら、ハンカチ貸してあげるから、これで拭きな。あーあー、あんたのせいでハンカチ汚れちゃうじゃない。ま、いいけど。ハンカチなんて汚れるためにあるんだし」



 早苗はいつも、私のことを見下して、バカにして、せせら笑っているのだ。

 むかつく。

 不愉快だ。

 毎日毎日、小さい頃からずっとずっとずっと、バカにされているのは我慢ならない。すごくみじめな気持ちになる。そりゃ、バケツをひっくり返したのは私だけど、それならそれで放っておいてくれればいいのに、わざわざ首を突っ込んで、私がダメなやつだということを周囲に見せびらかす。早苗がいないとダメなやつだと、見せつける。

 ほんっとうに嫌い。大嫌いだ。



「てか、スカートもびしょびしょじゃない。まったく……」

「……、」

「髪の毛も! もう、ちゃんと洗ってきなさいよ、匂いとか汚れがついたら、簡単には取れないよ」



 早苗はそう言って私をトイレに引きずっていくと、手洗い場できれいな水を被せて私の頭を濡らし、乱暴にぬぐう。



「ったく、髪の毛だけはきれいなんだから。もったいないわよ、こんなつまんないことで汚しちゃったら」






 よく、小学生や中学生が、同級生をカッターナイフで刺してけがをさせたり、時には死なせてしまったりというニュースを耳にする。私は、そういうニュースを見たとき、加害者となった生徒のことを、うらやましいと思った。

 もし仮に、死なせたいと思うほどの相手がいたとして、その人と嫌でも一緒のクラスで毎日顔を合わせないといけなくて、でも人を殺すのはよくないことで――そういうことを全部分かったうえで、それでも「殺す」という行動を起こすことができた人のことを、私はすごく尊敬する。

 私だって早苗のことを殺したい。

 そうしても許されると思っている。

 でも、それはよくないことだ。私が悪者になってしまう。親にも友だちにも、迷惑がかかる。



 我慢することにした。

 でも我慢にも限界があるから、ゴールを決めることにした。百回。百回「こいつぶっころしてやる」って思ったら、実行しよう。それまでは我慢しよう。そう決めた。






「ねー、あんたってさ、ほんっとダメね。グズ!」



 翌日、さっそく早苗が私のことを見下して笑う。

 一回。



「なんで宿題のノート、忘れるわけ? そんなの、言えば貸してあげるし、見せてあげるのにさ、そんなこともできないの? 私が気付いてなかったらどうするつもりだったわけ? しょうがないからさ、私のノート見せてあげるから、早く写しなよ。ほら、新しいノートも」



 私の気持ちなんかお構いなしに、自分の言いたいことばっかり言ってくる。

 二回。



「しっかりしなさいよね、ホント!」



 ため息をつきながら目を細めて笑う。

 三回……駄目だ、このままじゃ三日も経たないうちに百回溜まってしまうかもしれない。

 百日、にしよう。

 いや、それでも足りないかもしれない。百週間にしよう。

 とにかくこれで一週間目、だ。



「ほら、次の授業始まるわよ。さっさとしなさいったら、どんくさいんだから」



 また、そういう風に言う。

 嫌い。本当にむかつく。

 私はあんたがいなくたって、あんたに言われなくたって……

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