第15話
階段を下っていくと、石造りの地下街の入口(検問所と言うべきか)が見えてきた。当然魔法を使って姿を消しているため門番には何も見えていないのだが。
門を通り過ぎ、地下街に入っていく。埃っぽく、煙たい。
「おら!とっとと歩け!」
「こちらの奴隷はいかがです?戦闘奴隷として向いてますよ」
「今日は大儲けだぜ、亜人が大量入荷されたんだからなぁ!」
しばらく歩くと、奴隷を売り捌く広場にたどり着いた。そこにはもはや人間の所業とは思えないような光景が広がっていた。
(これが……人身売買か)
思わず目を逸らしたくなる。今すぐにでも解放してあげたいと、強く思った。
(あっちです)
アーシャはそう言うと狭い路地に入っていく。奥の方に行くと先程の賑わいとは違って、急に静かになった。
『いたぞ、斧の勇者だ』
クロノスの声で、一気に緊張が高まる。
斧の勇者はやはり数人の奴隷を連れていた。大量の奴隷が詰め込まれた台車の前で何やら話をしているようだ。
「ほら、この亜人はどうだ?筋肉質で運動神経も悪くない。戦闘奴隷じゃあ俺が見てきた中で過去最高クラスだ」
「ほう……確かにいい商品だ。254000ギルでどうだ?」
「ああん?もうちょい高く付けろや。今回の中では一番の品だぞ?」
「生憎今回の取引じゃあ性奴隷が一番の人気なんだよゴルゴス。ほれ、お前の後ろにいるエルフの可愛い娘を売ったら3倍で買い取ってやる」
「ふざけんじゃねえ。こいつは俺のお気に入りなんだよ」
斧の勇者(おそらくゴルゴスというのだろう)がそう言ってエルフの少女を見ると、彼女はビクリ、と体を震わす。
(ひどく怯えているな……)
彼女の魔力の流れが非常に不安定だ。精神が極度の緊張状態なのだろう。これでは、何かの拍子で暴発してもおかしくない。
「ったく。今日は公開取引で高く売ってやるよ。後悔しても知らねえぞ?」
そう言うと斧の勇者は奥の方にある扉に向かって歩き出す。
(あそこが舞台に繋がる裏の通路なのか)
(そうかと。パベル様、魔法の準備を)
ギィィィ…と扉が開き、斧の勇者が中に入っていく。扉が閉まる直前、俺達も中に忍び込んだ。
斧の勇者と、エルフの少女。その2人の足音だけが通路に響き渡る。
「安心しろ、お前は売らねえ。俺の元で死ぬまで働いてもらうからな」
「……はい」
少女は掠れた声で返事をする。もう、ここの空間にいるだけでも辛いのだろう。
(なんとか彼女は巻き込まないで済むだろうか)
(…勇者を殺す以上、殺傷能力の高い影を媒体にする必要があります。なので……)
彼女は助けられない、そういうことだろう。
(……分かった)
巻き込んでごめん。そう思い、魔法を発動した。
「
ズオオオオ……
ドロドロの影が通路一帯を包み込んだ。
「あん?」
「ひっ…!?」
ズブブ…と影の中に体が沈みこんでいる。体格がでかく、体重が重ければ沈み込むのが早い。だが、こいつは勇者だ。一筋縄ではいかない。
「おうおう、なんだこれ。こんなんで何をしようってんだぁっ!?」
背中に担いでいた斧を手に持つと、勢いよく影に向かって振り下ろした。
その瞬間、凄まじい轟音と共に、魔法、そして通路が丸ごと吹き飛ぶ。そして俺たちは空中に吹き飛ばされた。地下街にいた人は悲鳴を上げてその場から慌てて逃げ出している。
「……馬鹿力が。お前のお気に入りもお構い無しか」
「さっきの魔法はお前だな!ガキが舐めてんじゃねえぞぉぉ!」
再び斧が振り下ろされ、地面に亀裂が走る。
そしてその亀裂から炎が勢いよく吹き出してきた。
「
少し大きめの黒喰を生成。なんとか炎を吸収させる。
アーシャは炎と炎の間を綺麗にくぐり抜け、地面に着地していた。俺もアーシャの隣に降り立つ。
「ほお、案外やるんだな、ガキのくせに」
「はっ。ガキだと?じゃあ精神面では俺の方が年上だな」
「んだと…?」
斧の勇者の額に、ピキ、と血管が浮かび上がる。
「人身売買なんて、クソなやつがすることだって言ったんだ。奴隷を並べて王様気取りか?」
「ぶっ殺すぞガキぃぃ!」
横方向に斧をぶん回し、周囲に斬撃を放つ。
「来ます!」
「わかってる。
すぐさま回避。半月の猛特訓のお陰か、かなり楽に感じる。
「動きが、み、見えねぇ……!」
斧の勇者の真後ろに回る。
そして、魔法を発動しようとしたその時。
「
「!?」
視界が眩む。思わず目を閉じてしまった。
「よいしょおお!!」
『っ……避けろ!』
クロノスの声も虚しく、俺は思いっきり斧の持ち手の部分で弾き飛ばされ、壁に激突する。
「がっ……!」
「死ねやおらぁぁ!!」
斧の斬撃が俺に向かって飛んでくる。
「
光の屈折を利用したアーシャの
「アーシャ、クロノス。今の……」
「おそらく、あのエルフの少女です。サポートしないと後で斧の勇者に痛い目に合わせられると感じての行動でしょうね」
『エルフなのが厄介だな。戦闘センスは普通の人間の数倍だ』
俺はアーシャに支えられながらよろよろと立ちあがる。相手は勇者だ。一撃が重すぎる。
もろに喰らえばひとたまりもない。
「アーシャ、あのエルフの子を頼めるか」
「……というと?」
「あの子を隙を見て無理矢理にでも俺の後ろに持ってきてくれ。あのままじゃ、斧の攻撃に巻き込まれる」
「了解しました」
ヒュっとアーシャが消える。
「さて、やろうか。斧の勇者」
「はっ。何話してたか知らねえけどよ。無駄だぜ?俺には立派なエルフの護衛がついてるんだからな」
「どうだろうな」
俺は魔法の準備をする。少し強力な魔法だ。
黒喰を1個、また1個と生成していく。
「あ?」
「……
9つの生成した黒喰。そこからバチチ…!と黒色の雷が放たれる。いわゆる、黒喰の上位互換魔法だ。レベルにして、中級階梯魔術。
「ぐおおおッ!?」
だが、勇者にとっては体を痺れさせ、動きを鈍らせるただの妨害魔法。
「おもしれえ、
ものすごい量の魔力が斧の勇者の手元に集まる。そして斧がひび割れて、隙間隙間からマグマがグツグツと煮えている。
ズウン…と、先程とは桁違いの魔力量だ。けれど、不思議と怖くない。
「さあ、ここからが本番だ」
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