非解決記録
saisei
0-b
手袋越しの手は握りにくかった。
あの時のことで他に覚えているのは雪と夜と山だ。あとは顔や肺の冷たさとか全身の疲れとか大切な人といることの代えがたい心地よさとか色々あるが、挙げようとすれば切りがない。後からならいくらでも付け足して語ることができるからだ。
しかし語る。後悔もまた懇ろな語りのひとつだ。
古い思い出は、少なくとも私の場合は、いくつかの断片的な情報とそれらをひっくるめた何となくの雰囲気で構成されている。曖昧なものだ。視線を左右に走らせたり、手に取って調べたりということはできない。これは誰だって変わらない。
雪が降っていたので冬だった。夜とは言っても、夜明けを目指して歩いていたのだから木々に覆われていても真っ暗ではなかったはずだ。山は高いものではなかった。女の子二人が家を抜け出して登ることができるくらいのものだ。
そう。手袋越しの手は握りにくかったのだ。忘れることはない。
「
私は隣を歩く彼女の名を呼んだ。
「もう帰ろうよ。危ないよ」
「あけのちゃん」
懐かしい声がする。これは声変わりとかそういう類いのものではない懐かしさだ。
「大丈夫だよ。それにほら、もう」
彼女は正面を指差した。見ると、雪明かりを阻んできた木々の終わりが本当にそこに見える。まるで彼女の言葉が出口をそこに持ってきたみたいだった。
「行こう」
強く手が握られて、私は彼女に引っ張られる。頂上にはすぐに辿り着いた。ちょっとした展望スペースと転落防止用の柵だけがそこにはあった。私と彼女は超自然的な力に導かれるようにして柵の前まで歩いた。
視界を阻むものはもう何もなく、そこからは世界のすべてを見渡すことができた。
「綺麗」
「うん……」
私は彼女の言葉に頷いた。何もない町は白くて何もない町になっていた。雲がかった空は日中よりも明るく見える。白い息が視界にかかる。上気するような体温と、相反するような安らぎを感じている。景色の中で雪だけが動いている。この雪はいつまでも降り続いてやがて空までも埋め尽くすだろう。きっとそうなる。
また来ようね、と彼女は言う。私は彼女の方を向いてそれに頷く。目と目があって、笑いかけてきた彼女に同じように笑い返す。私は私の中にある願いを意識する。
それは恋なのだ、多分。
ふいに風が吹く。彼女の金色の髪が風をはらんで舞って、続いて舞った雪が彼女を曖昧に覆い隠した。
それから願いを抱えたまま五年が過ぎて。
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