第6章 涙
「だめよ、葉月。
親なんて気にしてちゃ・・・」
電車のトイレのブースにもたれて、かおるが葉月に向かって言っている。
あれから二週間程、朝はこうしてかおる達と登校し、帰りはサチコと明の母のアクセサリーショップに行く生活が続いている。
時々、携帯でかおるに呼び出されて夜バイクに乗ったりしている。
親はこの頃の葉月の行動に苛立ち、爆発一歩手前であった。
しかし、学校の帰りに顔を出す明の母には気軽に話ができ、この頃では少し悩み事も相談するようになっている。
かおるの説教じみた話に、あいまいに頷いているとヒロヤと目が合った。
この間、送りがてらに家のそばでヒロヤに抱きしめられのだ。
一瞬の事で抵抗する間も無かった。
葉月を離して「俺はマジだぜ」と言ったあと笑いをうかべ、ヒロヤはエンジンをふかし発進していった。
家の中に入り、思い出してみると身体中がカッと火照るのがわかった。
その気持ちは次第に胸の中をしめていき、この頃一緒にいる間中、ヒロヤの視線を全身に感じていた。
ふと見上げると窓の外を、明が自転車を漕いでいくのが見えた。
※※※※※※※※※※※※
あの日から特別話をするまでもなく、一応明の母に携帯の電話番号を渡したのだが、向こうからはかかってこない。
かといって、こちらからかけるのは気がひけた。ヒロヤとの仲を明に見られているからだ。
明の母の店には、それこそ二日おきぐらいには通い、すっかり仲良くなっていた。
親に対する苛立ちも明の母に聞いてもらうと、たわいない事に思えた。
ある日、母にツーリングの事で責められた翌日、一人学校を早引けして店に行き話を聞いてもらった。
今まで溜まっていたものを全て吐き出し、父や母を責めていた。
明の母は最後まで聞いた後、ため息をついて葉月の顔をジッと見た。
何も言わない明の母を、葉月は不安気に見つめ返した。
長い沈黙の後、明の母はポツリと言葉をもらした。
「でも・・・ハーちゃん、
そばにいてくれるじゃない。
お父さんもお母さんも・・・」
力ないその言葉に、葉月は雷に打たれたようなショックを受けた。
伏し目がちにした女のまぶたから一雫、涙がこぼれたかと思うと肩を、震わせながら尚も細い声が続いた。
「ダメね。
もう8年も経つのにまだ涙が出る。
もし、あの人が生きてたらって・・・。
ハーちゃんのお父さんの事は知らないけど、
うちの人ならハーちゃん・・・・
吹っ飛ばされてるわ。
明や私が何か悪いこと、
別にどうってことないんだけどそう・・・
自分にうそつく事、自分がいけないって
思っているのにごまかしたりすると、
些細なことでも、
逆に些細なことが大事だって・・・・。
ものすごく怒られたの・・・。
痛くって、恐くって、わんわん泣いたわ。
でも・・・ね、優しいの、その後・・・」
葉月は震える女の肩に手をあて、もう一方の手で女の手を握った。
涙がその手に落ちてくる。
暖かい涙であった。
「あの人・・・
バカチンって言って抱いてくれるの・・・。
大きな胸に顔を埋めさせられて、
あの人の汗の匂いいっぱいかいで・・・
いっぱい泣くの・・・
ずっと、ずっと・・・
泣きやむまで抱いてくれたわ。
それで泣きやんだら・・・
いっぱい・・・
キスしてくれたの・・・」
そう言うと、照れたように濡れた瞳で葉月を見た。
葉月も貰い泣きして涙を滲ませている。
「今は・・・泣いても・・・
明がいない時、
一人でこっそり泣くんだけど・・・
いないんだもん。
泣いても・・・しかってくれ・・・
ない・・・の。
バカチンって、
しかって欲しいのに・・・。
贅沢よ、ハーちゃん・・・。
いるじゃない・・・
そばに、だから・・・」
明の母は、もう堰を切ったように泣き出してしまった。
葉月も女と抱き合いながら、声を出して泣いていた。
何かよくわからなかったが、無性に泣きたかった。
葉月の心の底にたまった、ドロドロと濁ったものが溢れ出てくるようであった。
涙が心地よかった。
ひとしきり二人で泣くと、女はお茶の用意をした。
熱いコーヒーをすすると、身体の奥まで心地よい暖かさがしみ込んでくる。
二人は目を合わすと微笑んだ。
「ありがとう、オバさん。
私・・・」
女はその言葉をさえぎるようにして葉月を抱きしめ、髪を優しく撫で上げて言った。
「いいのよ・・・。
ゆっくりでいいの。
無理しちゃダメ。
でも、よく見ててごらんなさい・・・
ハーちゃんのお父さんもお母さんも、
きっとあなたの事、
見ていてくれてるから・・・」
その事があってから、葉月はヒロヤ達と付き合う事に煩わしさを感じ始めていた。
そして、前程父や母にイラだちを感じなくなっていた。
※※※※※※※※※※※※
やがて、電車の窓からの視界の中で、小さくなっていく明のシルエットを見送りながら、想い返している葉月であった。
「今日、葉月・・・どうするのよ?」
「ごめん、今日はサチコと約束してるの」
かおるは不服そうにしていたが、ヒロヤと目が合うと黙ってしまった。
電車はK駅に着き、みんなそれぞれの学校に散っていった。
夏の本格的な日差しが、照りつけ始めていた。
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