Ⅴ
最初は、オリエンテーリングなんて、興味なかった。
「なぁなぁ! 一緒に、オリエンテーリング部に入らないか?」
「オリエンテーリング……?」
君が好きだと言ったから、始めてみた。
「さすが、村雨! おまえ、素質あるな!」
「……そうかな」
ただ、それだけだった。
「村雨?」
……村雨が顔を上げると、そこには夢城の顔があった。さらさらと流れる、柔らかな髪。子どものように、無邪気な瞳。褐色の似合う、滑らかな肌。そんな夢城のことを、村雨は愛おしく思っていた。
「ぼーっとして、どうしたんだ? まさか、寝不足か?」
「いや。少し、考え事をしていただけさ」
夢城の前でなら、村雨は素直な自分でいられる。一体、どれほどの場面を捨ててきたのか、最早忘れてしまった。彼の存在していた「オリジナル」の世界は、遥か遠い記憶となった。
「それより、夢城君。この間の数学のテスト、どうだった?」
「べっ、別に!? 何点だっていいだろ!?」
夢城は頬を赤らめて、恥ずかしそうな顔をする。いくら世界を跨ごうが、夢城は夢城のままだった。彼はまさに、村雨にとっての標だった。
「そういう風に言われると、ますます気になるなぁ……。分かった、31点だろ?」
「ちょっ!? 何で分かったんだよ!!」
彼の数学のテストは、いつも30点代。髪型は、いつもポニーテール。部活にはいつも熱心で、最初はいつも地図が読めない。……彼のことなど、とうの昔に知り尽くしてしまった。
「どうせ君のことだから、赤点回避に精一杯だと思ったのさ。何なら今度、俺の家で教えてあげようか? 君の苦手なところは、全部分かるから」
「はぁー……。やっぱり、勉強しないと駄目だよなぁ……」
だが、つい最近、村雨はあることに気づいた。自分が選択肢を提示することで、夢城を自分の側へ引き込むことができると。自分が最適なルートを示してやれば、彼はその通りに動いてくれると。
「……よし、分かった! 今度のオフ、勉強に付き合ってくれ!」
「ああ、もちろん。次のテストは、40点を目指そうね」
――そうだ、これでいい。理想の世界を目指すために、他の全てを切り捨てろ。
村雨は心の中で、小さく笑みを浮かべた。いずれ辿りつくだろう世界への、確かな足掛かりを探しながら。
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