最初は、オリエンテーリングなんて、興味なかった。

「なぁなぁ! 一緒に、オリエンテーリング部に入らないか?」

「オリエンテーリング……?」

 君が好きだと言ったから、始めてみた。

「さすが、村雨! おまえ、素質あるな!」

「……そうかな」

 ただ、それだけだった。


「村雨?」

 ……村雨が顔を上げると、そこには夢城の顔があった。さらさらと流れる、柔らかな髪。子どものように、無邪気な瞳。褐色の似合う、滑らかな肌。そんな夢城のことを、村雨は愛おしく思っていた。

「ぼーっとして、どうしたんだ? まさか、寝不足か?」

「いや。少し、考え事をしていただけさ」

 夢城の前でなら、村雨は素直な自分でいられる。一体、どれほどの場面を捨ててきたのか、最早忘れてしまった。彼の存在していた「オリジナル」の世界は、遥か遠い記憶となった。

「それより、夢城君。この間の数学のテスト、どうだった?」

「べっ、別に!? 何点だっていいだろ!?」

 夢城は頬を赤らめて、恥ずかしそうな顔をする。いくら世界を跨ごうが、夢城は夢城のままだった。彼はまさに、村雨にとっての標だった。

「そういう風に言われると、ますます気になるなぁ……。分かった、31点だろ?」

「ちょっ!? 何で分かったんだよ!!」

 彼の数学のテストは、いつも30点代。髪型は、いつもポニーテール。部活にはいつも熱心で、最初はいつも地図が読めない。……彼のことなど、とうの昔に知り尽くしてしまった。

「どうせ君のことだから、赤点回避に精一杯だと思ったのさ。何なら今度、俺の家で教えてあげようか? 君の苦手なところは、全部分かるから」

「はぁー……。やっぱり、勉強しないと駄目だよなぁ……」

 だが、つい最近、村雨はあることに気づいた。自分が選択肢を提示することで、夢城を自分の側へ引き込むことができると。自分が最適なルートを示してやれば、彼はその通りに動いてくれると。

「……よし、分かった! 今度のオフ、勉強に付き合ってくれ!」

「ああ、もちろん。次のテストは、40点を目指そうね」


 ――そうだ、これでいい。理想の世界を目指すために、他の全てを切り捨てろ。


 村雨は心の中で、小さく笑みを浮かべた。いずれ辿りつくだろう世界への、確かな足掛かりを探しながら。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る