〇2

 オリエンテーリングの大会は、時間差スタートの場合が多い。村雨は夢城に遅れて、数分後にスタートした。直前に渡された地図を基に、最適なルートを瞬時に割り出す。

 個人競技のポイントOLは、自分自身との戦いだ。チェックポイントにある「ポスト」を目指して、山の中を駆け巡る。村雨は最も短い順路を見つけ、勾配の急な坂を上った。


 ――夢城君は今、どこら辺にいるんだろうか。


 部長である夢城の実力は、彼が一番よく分かっていた。他の部員の知らないところで、必死に練習していたことも。部活全体の士気を高めるために、裏で画策していたことも。彼は全て、知っていた。だから――。 


「おい」

 ――人の気配の全くない、涼しい山の中腹部。自分しかいないと思っていたが、それは村雨の勘違いだったようだ。

「147番。貴様だ」

 村雨が振り返ると、そこには同じ選手がいた。ウェアを見た瞬間、都内の強豪校だと分かる。確か、夢城が計画した合同練習会にも、彼は参加していた。

「……他の選手に話し掛けるのは、ルール違反じゃないのかい?」

 村雨がそう返しても、彼は至って冷たい顔で、村雨のことを睨んでいる。色素の薄いショートヘアに、キャラメルのような淡い瞳。端整な顔立ちをした彼は、侮蔑を孕んだような目つきで、ウェアを風になびかせていた。

「問題ない」

 長い下肢を覆う、黒のインナー。その上に身に着けている半ズボンに、「氷神ひがみ」の文字が縫われていた。


「貴様は、ここで死ぬからだ」

 ――村雨の顔を、鋭利な何かが掠めた。それはまばゆい光を放ったのち、金の粉となって消えた。

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