コンタリングO

中田もな

 村雨の実力を軽視する者は、このオリエンテーリング部にはいない。冗談を抜きにして、彼は本当に強いのだ。

 オリエンテーリングは、ただの地点巡りゲームではない。いかに早く、ポイントを制覇できるか。地図とコンパスのみで、いかに効率良く回れるか。走力、知力、読図力。様々な能力が求められる点が、オリエンテーリングの醍醐味であり、難しいところでもある。

 そして村雨は、去年部長になった夢城ゆめしろから見ても、実に出来過ぎた選手だった。


「村雨!」

 夢城が声を掛けると、彼はタオルで汗を拭きながら、爽やかな笑みを浮かべた。先ほど行われた、リレーOL。複数人でポイントを回る団体競技なのだが、彼は驚くような早さで指定地点までやって来たのだ。結果、夢城の高校は団体優勝を果たし、さらに夢城と村雨の二人は、個人競技でインターハイに出場することが決定した。

「さっきの結果、おまえも見ただろ? 優勝だよ、優勝! これも全部、おまえのおかげだ!」

「いやいや、夢城君。元はと言えば、君のおかげじゃないか」

 くせのついたグレーのミディアムヘアに、薔薇の花弁のように赤い瞳。彼は決してくどくなく、しかし決して冷たくない態度で、部長の夢城に接していた。

「君が部長になっていから、この部活は変わったよ。俺一人の力じゃないさ」

 村雨はスポーツドリンクを喉に流しながら、夢城がいかにこの部活を支えてきたかを、長々と語った。それこそ、当の夢城が恥ずかしくなるぐらいに。

「ランニングのプランを考えたのも君だし、練習用の地図を編集したのも君だ。マネージャーのみんなに頭を下げて、部内の環境を整えたのも君だし、合同練習会を計画して、ライバル校に協力を要請したのも君。あと、平日練習のときにおこなっていた、基礎体力や体幹トレーニング。あれも部員の実力や体調に合わせて、メニューを変更していただろ? それに、後輩の恋愛をサポートしたのも……」

「も、もういいって! てか、最後! 何でそんなことまで知ってるんだよ!」

 夢城が恋のキューピッド役を買って出たのは、本当の話だ。後輩のためを思った結果、あれやこれやと手を尽くし、結果的に感謝されるオチとなったのだ。……「恥ずかしいから、他のやつらには、絶対言うなよ!」と、最後に釘を刺しておいたのだが。村雨は何故か、このことを知っていた。

「……お人好しな君のことだから、そういうことまでしているだろうと、勝手に推測したのさ」

 彼は含みのある言い方をしたが、夢城は「なるほど」と納得してしまう。要するに彼は、持ち前の優れた思考力で、未知を既知にしてしまったのだろう。

「さすが、村雨だな……。おちおち、隠し事もできない……」

「ははは、どうかな……」

 村雨は小さく笑みを漏らし、そっと夢城に近づいた。素直な情熱を宿した黒い瞳に、烏色のポニーテールを腰まで伸ばした部長。笑顔の似合う甘い顔に、健康的に焼けた褐色の肌。彼は何よりも、そして誰よりも、部活のことを考えていた。村雨は、それをよく知っていた。

 汗ばんだウェア越しに触れ合う、二人の肌。――やたらと距離が近いと、夢城は思った。しかし、そんな些末な感情も、ものの一瞬で吹き飛んだ。

「……ちなみに、君の数学の点数も分かるよ。おそらく、さんじゅ――」

「だぁぁぁぁぁーっ!!」

 彼は思わず声をあげ、村雨の口を必死に塞いだ。……幸いなことに、彼らの周りには誰もいなかった。こうして、彼の秘密は守られたのだった。

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