第288話 真の決勝戦 前編
◆◇◆◇◆◇
『ーーじゃあ、兄上に伝えておくわね』
『ああ、よろしく頼む。あと、勝手に話を進めて申し訳ないとも伝えておいてくれ』
『分かったわ。まぁ、国としてはメリットしかないから気にすることはないわよ』
『それでも越権行為であることは事実だからな。義理を欠いたのだから詫びるのは当然だ』
『ふーん。女性関連以外はしっかりしているわね』
『……ゴホン。そろそろ接敵するから念話を切るぞ』
『……まぁ、いいわ。気をつけてね』
『ああ。じゃあ、また後でな』
アークディア帝国の帝都にいるレティーツィアとの【意思伝達】を使った念話を切ると、意識を正面に向ける。
そこには徐々に近付いてくる元〈悪毒の魔王〉である式神マルベムと、その主であるエンジュの姿があった。
向こうも此方を認識しているようで、警戒感を露わにしている。
周辺に人影のいない森の上空にて、二百メートルほど手前で停止したマルベムの頭部に乗るエンジュと向かいあう。
「……何者だ」
「初めまして。リオン・ノワール・エクスヴェルと申します。リンファ様の要請に従って貴方の企みを阻止しに参りました」
「リオン・ノワール・エクスヴェル……単独での魔王殺しを果たした〈勇者〉か。貴人様と親交があったとは知らなかったな」
「初めて面と向かってお会いしたのは数日前なので然程親交があるわけではないのですがね」
「では、退いてくれ。今すぐ退いてくれるならば、我が家にある財は全て引き渡そう」
「魅力的なご提案ですが、既に契約は結ばれていますので無理ですね。それに、個人的な理由からも貴方とは戦いたいと思っておりましたので退くつもりはありません」
「個人的な理由だと……?」
「ええ。貴方とこうしてお話しするのは初めてなのですが、お互いの戦う様を見るのは初めてではないのですよ」
訝しむエンジュの目の前で、顔の表面を掌で撫でるようにして触れながら【
変化した俺の顔を見たエンジュが驚愕しているのが見える。
「ジン・オウ……」
「黒龍剣に選ばれたら面倒臭いことになるので棄権しましたが、エンジュ・シンラ。貴方とは戦いたいとは思っていました。観客はいませんが、真の決勝戦といきましょうか」
「……どうやって結界を抜けてきたかは知らないが、つくづく私は運が悪いらしいな。まぁ、いい。今に始まったことではない。これまでのように、降り掛かる災いを払い、目的を果たすまでだ。マルベムッ!!」
「GUWOOOooooーーーーッ!!」
会話中にチャージされていたマルベムの
毒々しい色合いの紫色のブレスが迫るのを見つつ、変化させた顔を元の顔に戻す。
腰に佩いた鞘から〈
両脇へと分かたれた二筋のブレスが地上の森を灼いていく。
毒のブレスであるためか、樹々が燃えるだけでなく毒で腐り落ち、汚染されていくのが見えた。
人が住んでいない地域を選んで待ち伏せていたため直接的な人的被害はないが、このままだと戦闘で発生した毒などが周辺地域に広がる可能性がありそうだ。
後顧の憂いを無くすべく、予定通り戦場を改変することにした。
後方に飛び退いてエンジュとの距離を空けながらユニークスキルを発動させた。
「神領侵盤ーー【
俺達がいる地域一帯がドーム状ーー正確には地中も含めて球体状ーーの巨大な結界に覆われ、その内部の環境が変質していく。
俺を起点に瞬く間に闇が支配する領域へと世界が侵食されていき、やがて地上の樹々などの一部のモノ以外は変貌した。
空は黒く染まり、空気は薄くなり、凡ゆる生命の生気を奪っていく。
光源もないのに何故か見通せる闇の中に俺達や樹々の姿が浮かび上がっている光景は、この闇の結界内の世界が異常であることを教えてくれるだろう。
「【
続けて発動した同種の内包スキルによって、ブレスで燃え盛っていた樹々ごと地上の全てが白氷に包まれていく。
極寒の地と化した闇の結界内を侵す冷気は、俺とエンジュ以外の全ての存在を凍てつかせていった。
ユニークスキル【
その内包スキルの二つを同時発動した死の世界で問題なく生存できる生物はほぼいない。
エンジュも例外ではなく、周囲の環境が侵食されていくのを認識した瞬間、マルベムによる追撃を止めると懐から金色の符ーーリンファから奪った力が封じ込められた符ーーを取り出し、自らの身体へと押し当てた。
二枚目の金色の符の取り込みにより、エンジュの背後からは二つ目の半透明の金尾が生え、双眸からは血の涙が流れ出る。
吐血もしていることからも、追加のリンファの力の吸収に耐えられず臓器の一部が崩壊しているのだろう。
その代わり、凡ゆる生き物が死に絶えるこの死の世界でも問題なく活動できるほどには強化されたようだ。
「身に余る力を取り込むと破滅しますよ?」
「……覚悟の上だ。ーー〈従魔符・金霊狐人〉」
懐から更に六枚の金符を取り出すと、その内の五枚に自分の魔力と星気を吹き込んでから技の名とともに周囲へと解き放つ。
それぞれの金符から膨大な量の星気が吹き出して間もなく、リンファの力が封じられた金符を核に、星気により肉付けされた人型の使い魔が顕現する。
霊体に近い性質であるため輪郭がボヤけているが、細部が簡略化された形状であっても分かるスタイルと感じられる気配から、この人型の使い魔はリンファを模しているようだ。
「なるほど。リンファ様から奪った力を使ったリンファ様の再現体ですか。実に素晴らしい技術ですね」
「……能力を完全には再現出来なかったがな」
エンジュは息を整えながら【
金符を取り込んだ
【
マルベムの頭上のエンジュだけでなく、周りに滞空している五体のリンファの再現体〈金霊狐人〉に対して強化魔法を施しているようだ。
多種多様な魔法による
確か、【
超一級の魔法行使能力は健在のようで、数秒の間に十数種類の高位の強化魔法が立て続けに発動している。
厄介だな、と思いつつも、相手が動かない今のうちに此方も手駒を増やすことにした。
「
「「ピィッ!!」」
周りの空間に展開された召喚陣から六大精霊達が現出する。
使い魔との霊的な繋がりを使った思念で状況は伝わっているため、六大精霊達は普段の省エネ形態ではなく最初から本気の戦闘形態で召喚された。
〈
ただ、何故か喚んだアモラだけでなく、リーゼロッテの使い魔であるルーラまで一緒に現れており、アモラとは反対側の肩に乗ってやる気を見せている。
アモラと同種かつ同じ魔力で孵化した兄弟で、先ほどまでアモラや六大精霊達と一緒に俺の権能【強欲神域】の固有領域〈強欲の神座〉にいたからこそ可能になった、例外的な召喚なのだろう。
エンジュ達を異界にある強欲の神座の空間に強制的に引き込めるなら協力してもらうつもりだったが、まぁ嬉しい誤算だな。
「……予定とは違うが、ルーラにも協力してもらうか」
「ピピィッ!」
やる気満々なルーラの声を聞きつつ、六大精霊達との繋がりを意識する。
「大精霊達は二体一組で一体の金霊狐人に当たれ。組み合わせは任せる。残りは俺が対処する」
「「「了解」」」
「魔力は好きなだけ持っていけ……アモラ、ルーラ。〈精霊同化〉だ」
「「ピィーッ!!」」
両肩に乗るアモラとルーラの身体が光り輝くと、二羽が霊体化して俺の身体に入っていった。
精霊同化とは、上級以上の精霊と契約した者のみが使える奥義のようなものだ。
簡単に言えば精霊紋以上に契約精霊の力が使えるようになり、身体能力も大幅に強化されるなどの恩恵がある。
発動中は大量の魔力を消費し続けるが、燃費が悪い分だけ効果は大きい。
直接的には契約していないルーラとも精霊同化が出来るのは一部の例外というやつだ。
頭部にアモラとルーラと同じ虹色の王冠が形成され、背中からはアモラとルーラの色合いに似た結晶のような金と銀の翼が出現していた。
上部の結晶翼は金色で、下部の少し小さめの結晶翼は銀色であり、それぞれの翼からはアモラとルーラの力が色濃く感じられる。
王冠と結晶翼以外に変化はないが、周りの六大精霊達には変化があった。
「ウォオオオー! 力が漲るぜーッ!!」
「溢れるぅーッ!!」
「暴れたいィッ!!」
「グゥオオオーッ!!」
「ヒャーッ!!」
「漲る……ッ!!」
順番に火の大精霊サラマンダー、水の大精霊ウンディーネ、風の大精霊シルフ、土の大精霊ノーム、光の大精霊ルキス、闇の大精霊テネブレの奇声である。
雄叫びを上げる六大精霊達の姿が戦闘形態から更に変化していた。
六大精霊達の身体がシャープな人型に変わっており、各々が冠する属性を彷彿とさせる色合いをした美しい結晶体の身体に変質している。
例えるならば、気体や流体の如き霊体に近い身体を圧縮して物質化したようなイメージだ。
更に彼らの頭部にはアモラとルーラにあったような王冠も浮かんでいる。
ちなみに、その王冠の色もそれぞれの属性色の結晶体だ。
彼らの奇声の一部の内容のように、先ほどまでの戦闘形態を大幅に上回る力を発している。
二対一でも若干不利だと予想していたが、これならば金霊狐人とも良い勝負ができるだろう。
俺が精霊同化をした影響を受けているのは明らかだが、以前アモラとルーラと精霊同化を試した時には六大精霊達に変化はなかった。
あの時との違いで関係ありそうなのは、やはり【精霊王:
〈精霊王〉という名称に〈王冠〉……色々と意味深な組み合わせだな。
詳しい検証は後日行うとして、取り敢えず今の六大精霊達の形態は適当に〈星冠形態〉とでも呼ぶとするか。
そんなことを考えていると、味方への強化魔法の行使が終わったマルベムが此方へと大量の攻撃魔法を放とうとしているのが見えた。
「お前の相手は俺達じゃないぞ。行け、アトラス!」
俺が名を呼んだ瞬間、マルベムのすぐ真横の空間が裂け、その裂け目の中から見上げるほどに巨大な数十メートル級の身体を持つ全身鎧型ゴーレムである〈
能力を使って巨人化した状態で空間の裂け目から飛び出してきたアトラスが、マルベムの横っ面にストレートの拳打を叩き込んだ。
「GWUGYAAAaaaaーーーッ!?」
予想外の一撃を受けたマルベムが悲鳴を上げながら殴り飛ばされ、氷の大地へと叩き落とされる。
アトラスもマルベムを追って地上へと降下していく。
「くっ、なんだコイツはッ!?」
「私の神器ですよ。中々カッコいいでしょう?」
空間を裂いてからのアトラスの登場には、感情の起伏の小さいエンジュと言えども流石に動揺するらしく、咄嗟にマルベムから離れると悪態を吐いていた。
マルベムの対処はアトラスに任せるとして、俺達はエンジュと五体の金霊狐人に集中するとしよう。
アトラスの奇襲で崩れた敵陣へと、神刀エディステラで【
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