第十一章

第264話 財ヲ顕ス強欲ノ刃




 〈錬魔戦争〉と呼ばれるアークディア帝国とハンノス王国の戦争は、それぞれに与した勢力に多大な影響を残した。

 〈勇者〉による〈魔王〉討伐という大義名分を掲げていた帝国側と比べると、王国側に与した勢力は少ない。

 国際社会の目を気にするならば王国に味方しないのが普通の政治的な判断だが、中には血の繋がりや縁、金銭などを重視して王国に与した勢力も存在する。

 ハンノス王国に隣接するウリム連合王国もそういった理由からハンノス王国に助力した勢力の一つだ。

 しかし、盟主ハルバッドの意向の元にハンノス王国に与した結果、ウリム連合王国からアラダ王国が離反する事態に至り、そのアラダ王国によってウリム連合王国は亡国の危機に瀕していた。



「仕事とはいえ、戦場の臭いには慣れませんねぇ。出来るだけ早く終わらせましょうか」



 ウリム連合王国の首都ウラーラムを守る城壁。

 その城壁を攻めるアラダ王国の兵士達を後目に、密かにアラダ王国本陣へと接近しつつあった者達の進行を阻むべく姿を現す。



「……報告にあったグリームニルとかいう仲介人か」


「おお、連合王国の影の防人たる部隊の英雄様が私をご存知だとは。大変光栄ですね」



 彼らは、合法非合法問わず集められた連合王国内のSランク冒険者に相当する者達で構成された部隊であるため、〈影の英雄〉の俗称でも呼ばれている。

 この部隊の発案者にして彼らの支配者であったリーダーは、先日の錬魔戦争の折にハンノス王国に送られた他二名の影の英雄と遠征軍の兵士共々処理済みだが、本国にはまだ影の英雄達は残っていた。

 そんなウリム連合王国のために国内外で暗躍してきた秘密部隊〈護国の暗灯〉の面々だが、リーダーから奪った記憶通りなら影の英雄は目の前にいる五人で全てのはずだ。

 つまり、彼らさえ処理すれば、首都手前まで侵攻されているウリム連合王国に逆転の目はなくなるということになる。

 実際、英雄クラスである彼らを、アラダ王国の国王にして旧ウリム帝国の末裔たるグリアム王の暗殺に差し向けていることから、ウリム連合王国の余裕の無さが窺える。



[発動条件が満たされました]

[ユニークスキル【神魔権蒐星操典レメゲトン】の固有特性ユニークアビリティ〈魔権蒐集〉が発動します]

[対象の魔権を転写コピーします]

[ユニークスキル【地震と不通の魔権アガレス】を獲得しました]

[対象の魔権はユニークスキル【神魔権蒐星操典】の【魔権顕現之書ゲーティア】へと保管されます]



 そんな彼らの一人を直視して魔権系ユニークスキルを獲得していると、奥にいるクールな風貌の優男が言葉少なく命令を発してきた。



「……殺せ」



 リーダー無き今、護国の暗灯と他の影の英雄達の指揮権を引き継いだ副リーダーの命令を受けて、二人の影の英雄が襲い掛かってくる。

 迫り来る男女を見据えながら二人に言葉をかけた。

 


「お疲れ様でした。もう楽にしていただいて大丈夫ですよ」

 


 その言葉を受けた影の英雄二人が、戦意を消して俺の両隣へと降り立つと武器を下ろした。



「もうフリはいいのか?」


「家族は無事なのよね?」



 不器用故に罠に嵌められ多額の借金を背負わされた男の影の英雄と、家族を人質に取られていた女の影の英雄からの問いにまとめて頷きを返す。



「はい。ご家族は部隊が首都の城壁を離れてすぐに救出致しました。ですので、お二人とも部隊の誘導役お疲れ様でした」


「……貴様ら、裏で繋がっていたのか」


「まぁ、大雑把に言うとそうなりますね」



 怒りで顔を赤くしている副リーダーの疑念に端的に答えてやる。

 残りの影の英雄達のうち、自らの意思で護国の暗灯に属したわけではないのは副リーダー以外の四人。

 この四人の中でウリム連合王国への愛国心が無いのは左右の二人だけで、密かに二人に接触して諸々の交渉を済ませていた。

 二人以外の影の英雄を纏めて処理するために、交渉後も変わらず所属してもらっていたわけだな。



「契約違反だな。命令だ。五番と七番はその男を殺せ」


「断わる」


「嫌よ。もう、七番じゃないもの」


「……何だと?」



 副リーダーは亡きリーダーから部隊の指揮権だけでなく、隷属契約下の他の影の英雄達への強制命令権も引き継いでいる。

 ウリム連合王国を裏切る行為を行なった場合に、現場判断で執行される権限らしい。

 そんな強力な強制命令権を男女が拒否できたことに副リーダーは驚いているようだった。



「五番と七番は自害しろ!」



 他の命令に変更したりもしていたが、当然ながら両隣にいる男女は聞く耳を持たない。

 二人が隷属契約下にあるのは分かっていたので交渉成立時に解除済みだ。

 ただ解除するだけだと強制命令権を持つ副リーダーにバレるため、解除の際に少し細工をしておいた。

 そのおかげで今の今まで気付かれなかったのだ。



「無駄ですよ。二人への命令は全てこのゴーレム達が代わりに受けるように変更していますので」



 懐から出した二体の小さな人型木製ゴーレムがジタバタと動いており、それぞれの身体の表面には隷属契約に使われているのと同じ術式が明滅している。

 唖然としている副リーダー達をそのままに、懐に木製ゴーレムを仕舞うと入れ替わりに一つの封書を取り出した。



「ゴウエンさん。ナナミさんと共にこの封書を持ってアラダ王国の本陣に向かってください。事前にお二人が味方だとは本陣の兵には周知していますが、グリアム王から預かったこの封書が何よりの証となり、私から仲介を受けた証にもなりますので無くさないでくださいね」


「分かった。だが、本陣に辿り着くまではどうすればいい?」


「この位置にグリアム王の騎士が待っていますので彼の案内に従ってください。彼にも封書を見せれば大丈夫です」


「承知した、ッ!」



 騎士が待っている場所が記された簡易地図も渡していると、副リーダー達三人の影の英雄が攻撃を仕掛けてきた。

 彼らの攻撃を防ぐために【天鎧災翼の巨牙城郭】を発動させる。

 俺達三人を囲むように出現した複数の半透明の巨大な牙が、ちゃんと攻撃を遮断できているのを確認してから二人に向き直る。



「ご覧のように此方は大丈夫なので、お気になさらずグリアム王の元へ向かわれてください。事前にお二人の意向はお伝えしていますが、詳細についてはグリアム王と直接話をされるのがよろしいかと」


「承知した」


「分かったわ」


「では、近くまでお送りします」



 二人を転移魔法で騎士が待つ場所の近くへと送り込むと、意識を執拗に攻撃を仕掛け続けてくる副リーダー達へと向け直す。



「お二人を捕まえさせてあげられず申し訳ないですね、っと」



 副リーダーが新たに取り出した短剣型魔剣の一撃で【天鎧災翼の巨牙城郭】の壁が砕かれてしまった。

 ザッと能力の詳細を確認したところ、無生物破壊特化系の力を持つ魔剣らしい。

 続けて振るわれた一撃も後方に飛び退いて回避する。



「裏切り者の始末は後回しでいい。今は内乱の元凶の一人を始末するぞ」


「「了解」」


「内乱の元凶とは人聞きが悪いですね。というか、この短期間でよくぞ調べ上げました。その情報源が気になりま◼️◼️ーー?」



 おや、喋れなくなった……いや、自分が発する言葉が分からなくされたみたいだな。

 状況的にユニークスキル【地震と不通の魔権】の【意思不通圏域】の力だろうが、今コレを使って何の意味が……ああ、そういうことか。

 自分の言葉が分からなくなるだけでなく、相手の言葉も分からなくなるから目の前で指示を出しても作戦がバレる心配がないわけだ。

 能力行使時に対象は選べるため、自分達は普通に言葉が通じるからこその使い方だな。

 本来なら頭が狂いかねないほどに強力な地形効果系のスキルではあるが、俺の精神はこの程度でダメージは負わないし、スキル自体も【環境適応】の効果でそのうち効かなくなる。

 だが、周りで理解不可な言語を話されるのは単純に鬱陶しいのでさっさと消しておこう。


 ユニークスキルの力で俺が立つ場所にだけ地震を起こしている男を凝視し、魔眼能力を発動……させようと思ったが、せっかく英雄クラスが相手なので、神刀エディステラの【財ヲ顕ス強欲ノ刃】産の顕在装具ドロップアイテムを使うことにした。

 他に人目も無いので【無限宝庫】から直接両手に二振りの魔剣を召喚する。

 右手に〈万炎空剣バティン〉、左手に〈天詞法剣サンダルフォン〉を携えると、その場から一瞬で地震男の背後へ転移して斬り掛かった。

 紙一重で避けた地震男への追撃に、【空間移動】に続いて【万炎創生】を発動して生み出した白炎の大蛇を向かわせる。


 白炎の大蛇を【地震操禍】で体表の空気を振動させて蹴散らした地震男へと瞬時に距離を詰め、万炎空剣バティンを振り下ろす。

 【地震操禍】で作り出した攻防一体の不可視の鎧に自信があったようだが、その超振動アーマーの大気ごと基本能力【炎王の剣】で地震男を灼き斬った。


 術者が死んだことで自他の言葉が戻った。

 これでコッチの能力が使える。



「『雷光剣』」



 基本能力【天詞の剣】によって俺が発した言葉のイメージ通りにサンダルフォンの剣身に雷光を宿らせると、閃光の如き速さと雷の如き破壊力の斬撃でもう一人の影の英雄も真っ二つに両断した。



[スキル【火気爆拳】を獲得しました]

[スキル【穿風闘脚】を獲得しました]

[スキル【流水掌盾】を獲得しました]




 ふむ。肉弾戦系の戦闘スキルか。

 まぁ、役に立ちそうだな。



「うん、取り敢えず一人一本ずつ試し斬りができたか」


「くっ、貴様ッ。このような騒乱を引き起こしてタダで済むとーー」


「来たれ、〈祝災王剣プロメテウス〉」



 副リーダーの言葉を無視してバティンとサンダルフォンの二つの魔剣を【無限宝庫】へ収納すると、入れ替わりに神刀エディステラで〈錬剣の魔王〉にトドメを刺して手に入れた伝説レジェンド級最上位の魔剣を取り出した。



「まぁ、一言に英雄クラスと言っても差はあるか」



 事前に【神魔権蒐星操典】で【地震と不通の魔権】をコピーしていたのもあって、地震男を倒しても新規スキルは一つも手に入らなかった。

 逆にサンダルフォンで倒した影の英雄はユニークスキルを持っていなかったので、手に入れたのは通常スキルである新規スキルだけだった。

 残る目の前の副リーダーはユニークスキル持ちなので、倒せば少なくともユニークスキルの獲得は確定だろう。



「ハァッ!」



 副リーダーが両手に短剣を構えて斬り掛かってきた。

 身のこなしと戦闘スタイルからしてスピードタイプの戦士のようだ。

 無生物破壊特化の紅い短剣と生物殺傷特化の蒼い短剣による連続攻撃を見舞ってくる。

 それらの短剣による剣撃の乱舞を避けては防ぎ、防いでは避けてを繰り返していく。

 この副リーダーの戦闘スタイルと使用している各短剣の能力からの推測だが、紅い短剣で敵の武器や防御を崩し、蒼い短剣で命を刈り取るというのが狙いなのだろう。

 シンプル故に対策も難しい厄介な戦法だが、この祝災王剣プロメテウスとは相性が悪かった。



「……随分と頑丈な剣だな」


「良い剣でしょう。あげませんけどねッ!」


「チッ!」



 次は此方の番とばかりに副リーダーに斬り掛かる。

 プロメテウスと斬り結ぶ度に紅の短剣と蒼の短剣の刃が欠けていく。

 単純な等級差が原因ではなく、プロメテウスの【災世の剣】による効果だ。

 効果は『剣身に触れたモノに災いを齎す』というモノで、この効果によって短剣の無生物破壊特化能力が打ち消され、その刃も通常以上にダメージを受けていた。

 〈錬剣の魔王〉の物質を作り変える能力ほど強力ではないが、これもまた対象を作り変えていると言えなくもないだろう。

 ユニークスキルの力も短剣に付与しているようだが、その力ごと無効化しているので意味がなかった。



「これ以上やったら壊れそうですね。その前に終わらせますか」



 右手で振り下ろしたプロメテウスの一撃を二つの短剣で防ぐように誘導すると、左手に神刀エディステラを召喚して防御の空いた副リーダーの胴体を薙ぎ払った。



「ガッ、あっ?」


「まぁ、本気を出せばこんなものですよ。ユニークスキル持ちから取れるドロップアイテムには期待できますからね。有り難くいただきます」



 上半身と下半身に分かれた副リーダーにそう告げると、二つのボロボロの短剣を拾い上げて【復元自在】を発動させた。



[ユニークスキル【平和と正義の力天使メルキセデク】を獲得しました]

 


 神刀エディステラの【財ヲ顕ス強欲ノ刃】のドロップアイテムの通知は切っているため、自分で【無限宝庫】内の確認を行う。

 すると、先の三つの魔剣同様にユニークスキルと同名のアイテムが【無限宝庫】に自動収納されていた。



「ふむ。今回は剣ではなかったが、二つどころか三つ、四つとユニークスキルと同じ名が続くということは、そういうルールで確定かな?」



 ユニークスキル持ちであれば誰であってもエディステラで倒すとそうなるのか、それともユニークスキル持ちでも最低限Sランク相当の力を持っていなければならないのか。

 詳しい条件までは分からないが、今後は積極的にユニークスキル持ちはエディステラでトドメを刺すとしよう。



「地震男からもアガレスと名のつくアイテムが手に入ったのかもな……」



 まぁ、何となく惹かれなかったので別にいいんだけど。



「ここの戦争も今日明日には終わるかな。戦後の報酬が楽しみだ」



 ウリム連合王国にはまだ表舞台に立つ英雄クラスがいるが、そちらはアラダ王国の英雄クラスが倒すことになっている。

 俺が影の英雄の残党と戦う前から戦場で両者が戦っており、戦闘開始時から【世界ノ天眼ワールドアイズ】で覗き見していたが、そろそろ決着が着きそうだ。

 実力差から勝ちは揺らがないらしいので、もう俺の出番が回ってくることはないだろう。

 相手の英雄クラスから手に入っていたかもしれないアイテムを想像しつつ、アラダ王国の本陣へと帰還した。




 

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