第263話 魔王の宝鍵
◆◇◆◇◆◇
アークディア帝国とハンノス王国の二ヶ国が中心となって起こった戦争は、俺と〈錬剣の魔王〉による〈星戦〉の決着から程なくして終結した。
終戦後に〈錬魔戦争〉と呼ばれるーー印象深い〈錬剣の魔王〉の復活のことや、八錬英雄が主軸なハンノス王国と魔角族などの魔人種が多いアークディア帝国による戦争であるためーーようになったこの戦争の勝者は、当然ながらアークディア帝国だ。
戦争中に即位した元八錬英雄第二席にして王太子であった新ハンノス王は、終戦協定後に王位を元反乱軍〈リベルタス〉リーダーでありハンノス王家の血を引くカウルへと譲位した。
宗主国と従属国の関係になった帝国と王国の内、王国側の新たなトップとなったカウル王の即位式から二日後。
〈錬剣の魔王〉との〈星戦〉から半月が経っていた。
「……まぁ、アレから半月で一先ず落ち着けるようになったのは早い方だよな」
【
正確には多数の分身体が帝国の屋敷でこの半月ほどフル稼働していたが、女性事情での分身体の使用については必要なことなので例外としておく。
俺も即死レベルのダメージを受けたことで高まっていた生存本能由来の三大欲求の一つを大いに解消することができた。
今も昂っているのだが、恋人達が全員ダウンしてしまったので回復するまで待つ必要がある。
そういう意味でも時間が空いているとも言える。
実際にはヴィクトリアなどまだまだ元気な恋人もいるが、彼女達は仕事などで忙しいため数に含めていない。
「さて、魔力を流してっと。〈解錠〉」
取り出した〈魔王の宝鍵:錬剣〉に魔力を込めてから宝鍵を起動させる言葉を告げる。
〈色欲〉は一旦横に置いておいて、今は〈強欲〉を満たすとしよう。
起動の言葉とともに粒子状に解けた宝鍵が右手の甲に宿り、宝鍵に刻まれていた紋様が手の甲に浮かび上がった。
その瞬間、室内の周りの景色が一変し、いつの間にか宝鍵と同じ色合いの煌びやかな金色の内装の宝物庫に移動していた。
この感覚は権能【強欲神域】の固有領域〈強欲の神座〉に移動した時と非常によく似ている。
違うのは、この現象が権能ではなく宝鍵というアイテムによって引き起こされたことぐらいか。
「まさに報酬の間、といった感じの空間だな。基本報酬とは別に、追加でこの中から選ぶわけか……」
周りを囲む床から天井まである金色の壁は陳列棚となっており、その棚一つ一つの空間には様々なアイテムが納められていた。
全てを癒す水が溢れる色取り取りの魔宝石で飾られた銀色の杯に、凶々しい紫色のオーラを放つ血に濡れた黄金の魔剣、そこにあるだけで周りの環境を浄化する青い聖旗、触れた物を自由自在に操る黒い籠手、一部のスキルがランダムで封印される代わりに着用中は凡ゆる攻撃を無効化する白き鎧など、それらの様々な種類のアイテムを視界に入れた瞬間、そのアイテムが有する能力と概要が脳裏に浮かんでくる。
どうやら手の甲にある紋様を通して情報が開示されているようだ。
宝鍵消費後に基本報酬として迷宮硬貨や宝石に加えて、低ランクの
だが、高ランクのアイテムに関しては自分で選ぶ必要があり、宝鍵でのみ入れるこの報酬の間は、それらを直接見て判断できる場所というわけだ。
試用することはできないが、それぞれの詳細な情報が得られるだけマシなのは間違いない。
「……チッ。流石にそう上手くはいかないか」
触れただけで自動的に報酬が決まるわけではないようなので、【
他のスキルも同様で、ユニークスキルや権能も含めてどの能力からも反応がない。
分身体や眷属ゴーレムとの繋がりは維持されているものの、この報酬の間では素の身体能力以外の力は発揮できないようだ。
「ズルはせずにちゃんと選べってことか。どれにするかな……」
全部で百八個あるらしく、武器や防具といった戦闘用のアイテム以外の物もある。
選択した報酬によって後何個選べるかが変わるため、高ランクのアイテムのみを選ぶと必然的に個数は少なくなるというわけだ。
「あ、星鉄もある」
試しに星鉄を仮選択にしたところ、残り選択可能個数が一つ、または四つになった。
これは星鉄と同じ
「ガンバンテインにも使って星鉄の残りも心許ないけど……うーむ」
悩む。先日、初めは分身体を使わずに本体のみで、という彼女達の謎の要望から二番目に誰を抱くかーー当然のように最初はリーゼロッテだったーーを、屋敷の寝室にて彼女達に問われた時と同じくらい悩む。
何やらレティーツィアとの婚約話が出て以降、彼女達は色々な順番を気にしだしたようで、これまでとは違った意味で女の戦い感が出てきたんだよな……。
殺伐とさえしなければ干渉するつもりはなかったが、ちょっとギスギスしてたので軽く釘を刺しておくべきかもしれない。
「って、そうじゃなくて、だ。今は報酬をどれにするかだな」
神域級の素材アイテムである星鉄は持っていればいずれ使うのは確実なので、コレを選んでおけば損はしないだろう。
仮に星鉄を選ぶとなると、残りは神域級のアイテム一つか、伝説級のアイテムを四つということになる。
それよりも下のランクの
軽く見ても惹かれた物はなかったので、やはり残りを選ぶとしたら神域級か伝説級だ。
この世界で神域級のアイテムたる〈神器〉を獲得する手段の一つが魔王討伐であり、詳細までは知らなかったが、この魔王の宝鍵による勝利報酬の選択で入手できるようだ。
〈錬剣の魔王〉から入手できる神器は、素材アイテムである星鉄を除くと四つ存在する。
大雑把に分類すると、大剣、鎧、腕環、特殊アイテムの四種類だ。
大剣と鎧は既存の物があるので正直惹かれない。
それぞれが有する能力は〈錬剣の魔王〉を彷彿とさせる力ではあるが、他のモノで代わりがきくレベルだ。
腕環は〈錬剣の魔王〉の一部能力が使えるようだが、【錬星神域】などがあるのでコレもまた代わりがきく代物だ。
最後の特殊アイテムだが……コレは他の報酬アイテムとは別格に面白いアイテムと言えるだろう。
「〈
三メートル近いサイズの全身鎧が納められた棚を改めて見上げる。
確かに〈錬剣の魔王〉の本体によく似ているが、少しダウンサイジングしている上に少し装飾が変化しており、全体のカラーも鋼色というより黒鋼色といった具合に黒っぽくなっていた。
報酬の選択肢に挙がっている他の神域級アイテムよりも神器としての性能や質、希少性などは格段に上であるため、普通ならコレ一択だろうが、その発動条件ーー契約や起動条件というべきかーーが問題だった。
「初期起動時に俺の総魔力量数十回分の魔力が必要とは、俺以外には無理な代物だな」
まぁ、この〈魔王の宝鍵〉で選択できる報酬は、その魔王を倒した者次第で選択内容やアイテム等級の上限、数などが変わるらしいので、俺でなければ使えないアイテムがあっても不思議ではない。
「つまり、俺だけの神器みたいなものか。うん、一つはコレだ」
そういうことならば、コレを選ばないわけにはいかないな。
神器〈魔鎧王操従神人形〉を選択して本決定の意思表示をすると、陳列棚から〈魔鎧王操従神人形〉の姿が一瞬で消え、自動的に【無限宝庫】の収納空間へと送られたのがなんとなく理解できた。
アイテム名が長いし、どうやら初期起動時の契約でも名前を付ける必要があるようなので、今のうちに名前を決めておこう。
「……〈錬剣の魔王〉が持っていたユニークスキルの名が〈プロメテウス〉だったから、こっちは〈
色々と便利な能力があるようなので、その名の通りアトラスには俺の活動を支えてもらうとしよう。
さて、これで残る選択報酬の枠は神域級一つか、伝説級四つになった。
普通に考えると素材アイテムである星鉄なのだろうが、よくよく考えると星鉄はアトラスのような唯一無二のアイテムというわけではない。
エリュシュ神教国に滞在していた際に読ませてもらった資料によれば、魔王討伐以外でも入手することができるそうだ。
まだ手持ちの星鉄を全て使い切ったわけではないし、今後使用を予定しているのも極僅かな量なので手持ちの分だけでも十分に足りていた。
「ふむ。となると、伝説級の
魔王討伐の報酬でアーティファクトが選択肢にあるのは、魔王には魔王
アーティファクトなだけあって、伝説級のアーティファクトは人の手では造るのが不可能な性能を持つ逸品が殆どだ。
神域級のアイテム五個を除いた百三個のアイテムのうち、伝説級のアイテムは全部で三十三個。
残りの七十個の叙事級も選択肢から外した、この三十三個から四個選ぶ必要がある。
伝説級アイテムの中でアーティファクトに分類されるのは十三個だけなので、更に選択肢が絞られることになった。
「神器の時と同様に既存の物と能力が被るのを外すと、って残ったのも四つか」
まるで最初から決まっていたかのような結果にはツッコミを入れざるを得ない。
もしや、こんなところも含めて俺用の選択式の勝利報酬なのだろうか?
「まぁ、いいか。そろそろ戻ろう」
この四つに決定したことで棚からアイテムが消え、それから間もなくして強制的に元いた場所へと戻された。
右手の甲に視線を落とすと、そこにあった宝鍵の紋様は既に消えていたが、宝鍵が消滅した代わりに、目の前には大人が数人入れるぐらいのサイズの大きな宝箱が出現していた。
どうやらコレが基本報酬のようだ。
開けてみると、金銀財宝や低ランクの魔導具が大量に納められていた。
そんな宝箱の中身を確認していると、扉をノックする音が聞こえてきたので入室許可をだした。
「……失礼します、エクスヴェル様。これよりご案内させていただきますが、その、ご準備はよろしいでしょうか?」
「ああ。問題ない」
ちょうど宝箱を覗き込んでいたタイミングで入室してきた皇城勤めのメイドが、室内にある巨大な宝箱を見て固まっていた。
だが、すぐに動き出した上に、皇城で働いているだけあって動揺は少なく、余計なことも聞いてこなかった。
宝箱を【無限宝庫】に収納すると、彼女の案内で皇城内を移動する。
これからヴィルヘルムや宰相達と明日の戦勝記念式典の最終打ち合わせだ。
戦勝記念と銘打ってはいるが、この式典では他にも発表することがあるため本番ギリギリまで話し合いが行われていた。
主題である戦勝以外で一番の内容は、やはり皇后アメリアが無事に子供
そう、子供達である。
生まれたのは男女の双子で、二人とも両親と同じ種族である冠魔族だ。
戦勝記念式典ではあるが、実際にはコチラの方がメインの話題になるのは間違いない。
また、双子の名前もこの時に発表するのだが、発表後に名前を利用した呪詛の標的になる可能性を防ぐために、双子用の対呪詛系魔導具の製作を依頼されていた。
対象の名前のみを使った呪詛の力は弱いため考えすぎな気もするが、この警戒度の高さはヴィルヘルム自身が呪詛に倒れていた経験故だろう。
そのため、今日はその魔導具も持参してきている。
此度の式典では皇子皇女が生まれたことも発表されるが、元々は戦勝記念式典の場で俺とレティーツィアの婚約発表も行われる予定だった。
流石に戦勝も含めて三つも祝い事を発表するのは多いため、俺達の婚約発表については先送りになった。
レティーツィアも他のことのオマケで発表されるよりは良いため気にしていないとのこと。
通信魔導具で話した感じだと、今は初の甥と姪が可愛いくて仕方ないらしい。
まぁ、仲が良いようで何よりだ。
戦争に勝ってハンノス王国を属国化したこと、魔王を討ったこと、そして次期皇帝候補である皇子と皇女が生まれたこと。
これらの出来事によって、アークディア帝国の内外は勿論、各国の動きはこれから更に慌ただしくなるだろう。
俺も単独で魔王を討伐した勇者として世界から注目を浴びているため、暫く落ち着かない状況が続くと思われる。
こういう時は世間の目を他の話題に向けさせるのが一番楽なのだが、何か起こらないだろうか?
分身体などを使って自分で騒ぎを起こすのも手だが、当然ながら自分が楽をすることからは程遠い。
まぁ、考えるだけ考えとくとしよう。
ヴィルヘルム達がいる部屋に到着し、彼らと式典の話し合いをしながらも分割した思考ではそんなことを考え続けるのだった。
☆これにて第十章終了です。
ハンノス王国との戦争と魔王を主体に置いた章となりましたが、如何だったでしょうか?
錬剣の魔王との戦いを通して世界へとリオンの力を示すことになりました。
あそこまでリオンの手札を切らせたあたりは、流石は魔王というべきかもしれませんね。
当初のプロットよりも錬剣の魔王を強くし過ぎましたが、この小説の初期の頃からずっと書きたかったところ(頭部貫通からの神杖創造あたり)が書けたので個人的に満足です。
次の更新日に十章終了時点の詳細ステータスを載せます。
また、同時に〈第十章時点でのレンタルスキル概要メモ〉も投稿を予定しています。
レンタルスキルの概要とレンタル可能なスキル一覧が書かれていますが、実際に本編で出た時に一部変わっている可能性があります。
あくまでも裏設定的なメモなので読み難いでしょうが、もしよろしければご覧ください。
十一章の更新はいつも通りステータスを掲載する次の更新日の、その更に次の更新日からを予定しています。
十一章では国内での身の回りのアレコレと他国での活動の話になる予定です。
引き続きお楽しみください。
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