第十章
第236話 玉座の間にて
アークディア帝国の首都エルデアス。
その中心地たる皇城ユウキリアの玉座の間には上級貴族家の当主達が集まっていた。
彼らの視線の先にて、まるで追い立てられるようにして玉座の間から出ていくのはハンノス王国からの使者だ。
今代皇帝であるヴィルヘルムは玉座の上より、そんな上級貴族達を一度見渡してから重々しく口を開いた。
「ーーやはり、かの国は我らから奪った土地を返還するつもりは無いようだな」
「今さらハンノス王国があの土地を手放すわけがないもの。予定通りだけどね」
「ああ。あそこは裕福な土地だからな。奴らが手放すことはあるまい。レティの言うように予定通りだな」
アークディア帝国は、今から十日ほど前にハンノス王国に対して過去に奪った土地の返還を要求した。
今日はその返答期限の日であり、先ほどハンノス王国からやってきた使者から要求を拒否する旨が書かれたハンノス王の署名入りの書状が届けられた。
ヴィルヘルムとレティーツィアの二人が話していたように、ハンノス王国が了承するわけがないため最初から予定調和だったわけだ。
そして、此度の戦争はこの返答を大義名分に宣戦布告を行う段取りになっている。
皇族兄妹の会話を聞いている俺を含めた諸侯達は、これから開戦までの一連の流れといった諸々の情報の擦り合わせのために登城していた。
ヴィルヘルムにまだ子供がいない関係から、現状では皇位継承順位第一位であり彼の同腹の妹であるレティーツィアも玉座の間に参列している。
俺もエドラーン幻遊国から帰国して早々に、アークディア帝国に属する〈賢者〉としてこの場に招致された。
昨年の開戦時とは違い、国内での俺の立ち位置も大きく変わっているので、此度の戦争では城に喚ばれたようだ。
レティーツィアがいるのは、玉座に座るヴィルヘルムから見て右側の列の一番手前であり、そんな彼女のすぐ右隣に俺は立たされていた。
俺の右側には宮廷魔導師長であるオリヴィアがおり、左側のレティーツィア共々この並びには帝国上層部の作為的なものを感じずにはいられない。
俺達の向かい側の列には、ヴィルヘルムに近い順に宰相、軍務卿のアドルフといった重職に就く上級貴族達が並んでいる。
ちなみに、近衛騎士団団長であるアレクシアはヴィルヘルムの近くで護衛の任に就いているため、重職ではあるがこれらの左右の列には並んでいない。
「さて、では今後の話をするとしようか」
ハンノス王国からの書状に今一度目を通していたヴィルヘルムは、書状を折り畳むと壁際に控える侍従長に渡してから顔を上げた。
「宰相よ。王国に奪われた土地にいた国民の救出は済んでいるか?」
「今朝方、捕らえられていた民の救出が完了したとのことです」
「うむ。よくやった。これで奪われた民が人質などに使われることはないだろう」
ヴィルヘルムから数えて二つ前の、愚帝の蔑称で呼ばれる皇帝の時代に隣国のハンノス王国に帝国南東部の肥沃な土地を侵略された。
侵略に至る経緯や敗戦の原因についてはさておき、この時に奪われた土地には当然ながら帝国の民が住んでいた。
元より敗戦濃厚だったため殆どの住民は予め土地から避難していたのだが、中には様々な理由から避難せずに残っていた住民がいたそうだ。
そんな彼らも土地とともに奪われ、今日まで奴隷のような扱いを受けていた。
以前より、国の諜報部によって当時の戸籍情報と照らし合わせて現在の彼らの所在地は把握していたらしく、諜報部が主体となって元住民達の救出作戦が十日前ほどから実施され、今朝方に終了したようだ。
【
詳細情報から凡そ推測できるが……少し気になるので、後で分身体や眷属を使って調べておくとするか。
「それでは、これからの動きについて説明します。土地の返還要求を拒否されたことを名分に、正式にハンノス王国へ宣戦布告を行いーー」
宰相が皆の前で宣戦布告から開戦までの説明を始めた。
だが、説明を始めて十分ほど経った頃。
【第六感】と【
「「「っ!?」」」
ヴィルヘルムから見て右側、その少し離れた場所に、突如として暗殺者のような黒づくめの格好をした男が転移してきた。
転移してきた暗殺者がヴィルヘルムへと迫るまでの刹那の間に、暗殺者からヴィルヘルムを庇える位置にアレクシアが移動し剣を構えているのが見えた。
流石は騎士団長なだけあって動きが早い。
このままでも問題なく返り討ちにできるだろうが、せっかくだから多くの上級貴族が集まる場で俺の力を示しておくことにした。
先ずは【
同時に【
「なっ!? ぐ、むっ」
黄金の鎖は暗殺者を雁字搦めにするだけでなく、魔力や体力をも吸い上げ、自害を含めた凡ゆる行動を封じている。
拘束の最中、鎖を操作して暗殺者の目を俺に向けさせて、【黄金の眼望】で意識を奪い気絶させておくのも忘れない。
暗殺者の無力化に成功してから【黄金の眼望】を解除し周りを確認すると、レティーツィアの手にはユニークスキルで生み出した短剣サイズの黒剣が具現化しており、暗殺者に向かって投擲しようとしていた。
宮廷魔導師長であるオリヴィアも魔法障壁を展開させてヴィルヘルムを守っている。
二人以外にもアドルフやオルヴァなど何名かの貴族も動いていたが、そんなふうに咄嗟に動けたのは全体の一割にも満たなかった。
「へ、陛下っ!?」
「ご無事ですか!?」
集まっていた貴族達がやや遅れて状況に気付き、慌ててヴィルヘルムの無事を確認している。
その間に、謁見の間の壁際に整列していた騎士達が駆け寄ってきて、ヴィルヘルムの守りを固めているのが見えた。
拘束した際に暗殺者が落とした毒塗りの短剣も騎士達が回収していた。
「……落ち着け。見ての通り騎士団長とリオンが対処した。余は無事だ」
ヴィルヘルムは一瞬硬直してはいたが、小さく深呼吸した後に自らの無事を言葉と態度で示す。
「申し訳ございません、陛下。転移阻害の警備に穴があったようです」
皇城という国の最重要施設における転移阻害といった魔術的な方面での警備網の構築は宮廷魔導師達が担っている。
その宮廷魔導師達の長であるオリヴィアが、責任者としてヴィルヘルムに謝罪をするのは自然な流れだ。
だが、敬愛する姉が公の場で頭を下げているのを見て、弟である現シェーンヴァルト公爵オルヴァの機嫌が少し悪くなっていた。
パッと見では分かりにくいが、周りの上級貴族達は勿論のこと、彼らを見渡せる位置にいるヴィルヘルムもオルヴァの変化に気付いたようだった。
ヴィルヘルムが波風を立てないように言葉を選んでいる隙に、横から口を出すことにした。
「お待ちください。今回の転移による襲撃はオリヴィア殿や宮廷魔導師達に落ち度はございません」
「どういうことだ?」
「今回の襲撃者が転移して来れた理由は、その者が所有しているスキルにあります。転移系のユニークスキルのようでして、その力によって転移阻害の警備網を突破できたようです」
「ふむ。余の知識では城に張られている転移阻害の結界ならば、魔法だけでなくスキルであっても転移は防げたはずだが?」
ヴィルヘルムから確認するように視線を向けられたオリヴィアが頷いている。
まぁ、確かにただのスキルならそうなんだが。
今回の襲撃で使用されたのは、【
神造迷宮などのダンジョンの転移阻害領域に匹敵するレベルならまだしも、皇城の既存の対転移警備網では防げないだろうな。
「スキルはスキルでもユニークスキルによる転移なので、ただのスキルや魔法の転移よりも強力です。それでも城に張られている転移阻害の結界や補助術式ならば防げたかと思いますが、今回は更に特殊な転移能力でした」
「それは?」
「マーキング式の転移能力です。ユニークスキルであることも合わさって、既存の対転移術式では防げないかと思われます」
【星叡鑑識】でユニークスキルの詳細を調べたところ、予めマーキングした物に向かって転移できる能力であることが分かった。
今回の場合だと、暗殺のタイミングからしてハンノス王国の使者が持ってきた書状がマーキング対象なのだろう。
マーキング対象という明確な座標が予め認識できているため、通常よりも容易かつ強度の高い転移を行使することができるのが強みのようだ。
「詳しくは……こちらでご確認くださったほうが早いかと」
【無限宝庫】の収納空間の中から、先日の大陸オークションで入手した〈
たった今使用した【星叡鑑識】の能力を持つアイテムだ。
能力の詳細が視れるかは使用者の知力値次第だが、ヴィルヘルムの能力値ならば大丈夫だろう。
「これは?」
「このレンズを通して視た対象のスキルの詳細が分かる
「ふむ……なるほど、確かにな。そしてマーキング対象はハンノス王国からの書状か」
「おそらくは。一度お預かりしても?」
「うむ。書状を渡してやってくれ」
「かしこまりました」
ヴィルヘルムから貸した鑑識具を返してもらっている間に近寄ってきた侍従長から書状を受け取ると、【
「やはり、この書状にマーキングが付与されているようですね。かなり分かりにくいですが、術式解除の処置や術式凍結の処理を施せばこのユニークスキルによるマーキングは機能しないかと思われます」
「そうか。対策があるならば良い。宮廷魔導師長オリヴィアよ」
「はっ」
「此度のことは特殊な事例であるため不問とする。代わりに今の情報を元に警備網の更なる強化に努めるのだ」
「承知しました。陛下の寛大な処置に感謝致します」
「私も微力ながらオリヴィア殿に協力致します」
「うむ、頼んだぞ。ところで、この鎖は?」
「私の能力により具現化されたモノです。コレに拘束されている間は、暗殺に使われた転移スキルは使用出来ません」
【貪り封ずる奪力の鎖】で拘束していれば大抵のスキルの力を封じることが可能だ。
だが、このままだと牢屋に連行できないか。
【貪り封ずる奪力の鎖】の黄金の鎖の一部を分離して暗殺者の首に巻き付かせると、黄金の鎖を黄金の首輪へと変化させた。
「アレクシア様。この首輪は鎖形態の時と同様に、装着している限りは先ほどの転移能力が使えなくなります。一度外してしまうと首輪自体が消滅しますのでお気をつけてください」
「分かりました。皇帝陛下、この者を連行してもよろしいでしょうか?」
「ああ、任せた。宰相よ。背後にいるのが何処かは予想はつくが、第三勢力の可能性もある。情報を吐かせておけ。ついでに王国の使者からの聴取もな」
「承知しました」
ヴィルヘルムの許可を得たアレクシアが、騎士達に暗殺者を牢屋に連れて行くよう指示を出し、同じように宰相も部下に諸々の指示を出している。
この暗殺者の所属欄には、幾度か見たことがある世界的に有名な暗殺組織の名があるので、その組織に属する暗殺者のようだ。
依頼人は匿名だろうし、少なくとも暗殺者自身からは依頼人の情報は探れないだろうな。
そんなことをぼんやりと考えていると、ふと各種感覚系スキルが囁いてきた。
「……少々お待ちを」
「どうかしましたか?」
「少し嫌な感じがするので……失礼します」
暗殺者の身体に触れてから【生体操作】を発動させる。
すると、暗殺者の胸の中心が盛り上がり、皮膚が裂けて体内から赤い球体型の人工物が排出されてきた。
「これは自決用の爆弾タイプの
「そんな物が……助かりました。ありがとうございます、リオ、エクスヴェル卿」
「いえいえ。これも証拠品として持っていかれますか?」
「そうしたいところですが、いきなり爆発する可能性はありますか?」
「体内から取り出す際に起爆設定をリセットしたので大丈夫ですよ。どうぞ」
「ありがとうございます」
爆弾魔導具〈炎滅爆弾〉をアレクシアに渡してから元の位置へと戻る。
上級貴族達から様々な感情が籠った視線を向けられながら、宰相の話が再開するのを待った。
ちゃんとした宣戦布告前から物騒だが、暗殺も含めて各所で様々な思惑が渦巻いているようだ。
魔塔主という公的な賢者の肩書きはかなり便利ではあるが、そのせいで前回以上に前線に出難くなったのは少し痛い。
まぁ、今更のことだし戦うことに執着していないので別に構わないのだが。
他にも色々とやりたいこともあるし、暫くは様子見でいいかな。
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