第213話 権聖賢主



 ◆◇◆◇◆◇



 ロンダルヴィア帝国の首都ロンムスから一日半の距離にある街道にて、とある大貴族の馬車が横転していた。

 馬車にはツイテナー公爵家を示す家紋が飾られており、車内には当主であるツイテナー公爵本人が乗っていた。

 そのツイテナー公爵は車内にはおらず、馬車の近くで身体の右半身を失った状態で息絶えていた。

 周囲には馬車の護衛についていた公爵家の騎士や兵士達の亡骸も多く散乱しており、一目で生存者がいないことが分かるほどの惨状が広がっている。

 人間の死体以外にも、近隣の森の奥が生息地である蟲系魔物の死骸も大量に転がっていることから、ツイテナー公爵達を襲撃したのが魔蟲であることは誰が見ても一目瞭然だ。



[スキル【領地経営の心得】を獲得しました]

[スキル【懐柔】を獲得しました]

[スキル【先見の明】を獲得しました]

[スキル【黄金律】を獲得しました]

[ジョブスキル【領主リージ・ロード】を獲得しました]



 ユニークスキル【愛し欲す色堕の聖主アスモデウス】の【簒奪の色堕アスモダイ】で森の奥にいる魔蟲達を支配し、ツイテナー公爵達が近くの街道を通るタイミングで魔蟲達をけしかけてみたが、いい具合に相打ちにすることができた。

 殆どの護衛は森の魔蟲達のみで処理できたが、ツイテナー公爵の護衛隊長である騎士だけは頭一つ抜きんでて強く、一人で魔蟲達を返り討ちにできそうだったので、彼だけは俺が【隠神権能】で姿を消して【万毒】で作った猛毒製の針を【射出】して処理しておいた。

 そんな護衛隊長の愛剣である魔剣を肩に担ぎながらツイテナー公爵の死体から色々と回収し、現場に漂う全ての魂へ【霊魂吸喰】と【魂喰いソウルイーター】を行使する。

 護衛達もツイテナー公爵の悪事に加担していたのか、この場にある全ての魂が悪に染まっていることを【審判の瞳】が示していたので、ツイテナー公爵が支援していた第三皇子エルキスと同じ対応をすることにした。



「ふむ。数が数なだけあって結構キャパシティが増えたな」



 暗躍用の分身体グリームニルが被る仮面の下で独り言ちつつ、周囲を見渡す。

 【強欲なる識覚領域】で再度確認するが、これ以上は金目の物は無いようだ。

 損壊が激しい上に魂も処理されているので、周りの死体がアンデッド化することはない。

 真冬だから死体が腐るまで猶予はあるし、そのうち街道を通る誰かが見つけるだろう。


 ツイテナー公爵が右半身を失ってすぐに、魔法で無理矢理延命しつつ【強奪権限グリーディア】で記憶情報を奪った。

 その中には当主のみが知っている隠し財産の情報もあり、それらはこの後にでも回収する予定だ。

 隠し財産が無くとも公爵家に相応しい程度の資産はあるようだが、現在のツイテナー公爵家の興隆は目の前の今代当主の力に依るものが大きく、その息子である次代当主の能力は至って平凡だ。

 そのため、仮にツイテナー公爵家が第一皇子や第二皇子の派閥に加わったとしても、大して派閥は強化されないと予想している。

 寧ろ、公爵家という大貴族が加わることによる内部分裂が起こる危険性を考えると、二つの派閥からは歓迎されない可能性もあり得るだろう。



「ま、別にどちらでもいいんだがな」



 当初の目的は果たしたので、後は成り行きに任せるだけだ。

 獲得した魔剣を【無限宝庫】に収納すると、【転移無法】でその場を後にした。



 ◆◇◆◇◆◇



 ロンダルヴィア帝国で帝剣争奪戦を観戦した日から五日後。

 観戦後のロンダルヴィア帝国の皇帝との対談だったり、レティーツィアの向こうでの用事に付き合ったりなどの三日間の日程を終えて、昨日アークディア帝国に戻ってきた。

 そして翌日である今日は、アークディア帝国の皇帝ヴィルヘルムの元を訪れていた。

 レティーツィアの護衛を果たした俺に感謝の言葉をかける目的で招ばれたらしいが、その発言の中に気になる内容があった。



「ところで、〈権聖賢主〉とはなんでしょうか?」


「ん? セジウムがリオンに付けた魔塔主としての異名だ。セジウムで決まったのは一昨日だったから、リオンが知らないのは当然だな」


「なるほど……」



 そういえば、魔塔主就任の式典の場で白の魔塔主であるカンナが、そのうち魔塔の主に相応しい異名が決まる的なことを言っていたっけ。

 ヴィルヘルムが言うには、どうやらスキルレンタル業の発表が決め手になったらしく、俺の所属国家であるアークディア帝国には昨日通達があったそうだ。

 決まった時には、俺は他国にいたのでヴィルヘルムを通して伝えることになったとのこと。

 〈権聖賢主〉の〈権聖〉は、Sランク冒険者としての二つ名である〈賢魔剣聖〉の〈剣聖〉とかけてるのかな?



「レンタルスキルと言えば、マモンはとても盛況なようではないか」


「おかげさまでサービス開始以降、商会のほうの売り上げ共々、連日客足が途絶えそうにありません」



 ドラウプニル商会スキル部門〈マモン〉のレンタルスキル用の建物は、神迷宮都市アルヴァアインにある本店だけでなく、ここ帝都エルデアスにある支店の店舗のほうにも併設されている。

 ミーミル社が発行する新聞を通して人々に情報を周知し続けていたため、これまでになかった形態の商品であるレンタルスキルによる混乱は、予想していたよりも最小限に抑えられたと思う。

 二つの都市で住民一人当たりの平均収入は然程変わりはないが、冒険者という危険に身を置く者が多いアルヴァアインにある本店の方がマモンの利用者数は上だ。

 逆に、レンタルスキルを利用するのに必要なレンタルポイントを、金銭で直接購入できるマモン内にある窓口でのポイントの売り上げは帝都の方が上だった。

 これは貴族や豪商といった裕福な者の数の差を表しており、冒険者で彼らに匹敵できる資金力があるのは、Aランク冒険者の一部とSランク冒険者ぐらいだ。

 なので、昨日本店と帝都支店で受け取った、ここ二週間ほどのマモンでの売り上げなどを記した資料に載っている数字の差にも納得がいく。

 


「最初は戸惑うが、一度使ってみると手放し難くなるからな。少ししたら落ち着くだろうが、春になったらまた増えるだろう」


「戦争ですか……春になったらすぐにハンノス王国に宣戦布告を?」


「そうしたいところだが、今回はリオンの飛空艇を使った物資の大規模輸送によって、軍の動きが早められるとはいえ、遠方から来る者達とある程度足並みを揃える必要がある。だから、宣戦布告は雪が解けて一ヶ月後ほどになるだろう」


「それなら春先にエドラーン国に向かっても問題なさそうですね」



 春先にエドラーン国、正式名称〈エドラーン幻遊国〉で行われる大陸オークションに参加する予定だったので、開戦時期が少し遅くなるのは大歓迎だ。

 俺やリーゼロッテ達は大丈夫だが、一緒に行く約束をしていたレティーツィアは皇妹で、ユリアーネはレティーツィアの専属侍女であるため下手したら参加出来なかったかもしれないからな。



「レティも楽しみにしていたな。開戦後は国内外が騒がしくなるから、その前に楽しんでくるといい」


「ありがとうございます」



 それから少し話をしてからお暇をいただいて皇城を後にする。

 別室で待っていた専属秘書である墜天族のシャルロットを伴い、そのままドラウプニル商会の航空部門である〈ヴィゾーヴニル社〉へと向かう。

 ヴィゾーヴニル社は、飛空艇の建造や飛空艇の管理・整備、乗務員の管理・研修など商会が手掛けていた飛空艇関連の全ての事業を統合し再編成した子会社だ。

 帝都の飛行場近くにあるヴィゾーヴニル社に到着後、待っていた社員達と共に敷地内にある造船所へと移動する。

 造船所には俺が開発した新型飛空艇の建造中の物が四隻並んでいた。

 それらを見上げながら、案内してくれたヴィゾーヴニル社の社員達から話を聞く。



「進捗は?」


「予定通りに進んでいます。全艇の内装工事は既に完了しており、あとはご覧のように外装工事と最終チェックを残すのみです」


「そうか。国から派遣されてきた者達の教育は?」


「順調です。こちらも予定通り春までには完了致します」


「ふむ。問題なさそうだな」



 目の前にある四隻の飛空艇は、船体の骨組みや動力室、操舵室、安全装置などといった重要部分を俺がパパッと建造した後に、【魔賢戦神オーディン】の【複製する黄金の腕環ドラウプニル】で複製した物だ。

 ヴィゾーヴニル社が建造に携わったのは、今言ったように内装と外装の工事のみで一気に作業工程が短縮したため、こんな短期間での建造を可能にしていた。


 この新型飛空艇は、〈フレースヴェルグ型〉という低速タイプの大型輸送艦なのだが、今後は中速タイプの中型輸送艦である〈ヴェズルフェルニル型〉などといった別タイプの飛空艇の建造も考えている。

 大型輸送艦フレースヴェルグ型はそこまでの数は必要ないーーデカいのが理由だーーが、ちょうどいいサイズと速さの中型輸送艦ヴェズルフェルニル型は需要があると思われる。

 こちらに関しては、動力炉などの生産は俺が担当するが、それ以外の部分は最初の一隻目から全ての工程をヴィゾーヴニル社に任せるつもりだ。

 なので、彼らにはこのフレースヴェルグ型で経験を積み、ヴェズルフェルニル型の建造に活かしてもらいたいところだ。


 ヴィゾーヴニル社の視察を終え、次の視察場所へと魔導馬車で移動しながら資料を読んでいると、対面に座るシャルロットが口を開いた。



「リオン様、少しよろしいでしょうか?」


「構わないが、どうかしたか?」


「実は、リオン様がロンダルヴィアに赴かれている間に、教会の方々からご連絡がありました」


「……神塔星教から?」


「はい。フフフ、リオン様は本当に宗教がお嫌いなのですね」



 反射的に眉間に皺が寄ってしまったが、それを見たシャルロットが可笑しそうに微笑んでいた。



「嫌いというよりも、苦手と言った方が近いけどな」


「大丈夫ですよ。教会の方々も自分達がリオン様からに思われていることは承知しておられるようですから」



 シャルロットの意味深な言い方から、こちらの言い分を全く信じていないことが分かり、軽く嘆息する。



「はぁ……それで、用件は? まぁ、想像はつくがな」


「はい。ご想像通り、特殊徘徊主ワンダリングボス神の使影アンブラムアポストル〉による試練を達成なされたリオン様の偉業を讃えたいので、是非ともアルヴァアインにある大神殿にお越しいただきたいそうです」


「別に頼んでないんだがな」


「お越しいただければ、偉業を讃える祝辞とともに、教会秘蔵の霊薬などのアイテムを祝いの品として贈られたいそうですよ」


「……詳しく聞こうか」



 特殊徘徊主であるアンブラムアポストルは、一度討伐されるとその支配領域内では丸一年間出現することがないらしい。

 そのことを、救出した双華クランのマスターとサブマスターから地上へ帰還する道中で教えられたので、下層のダンジョンエリアの一時的な難易度低下を知らせるべく、渋々冒険者ギルドに討伐報告をした。

 冒険者ギルドからアルヴァアインにある教会に連絡がいき、そこから総本山であるエリュシュ神教国に連絡がいくといった流れを踏んで今に至るのだろう。

 まぁ、過去の神の使徒の再現体であるアンブラムアポストルを倒し、そのことを報告した時からこうなることは分かっていたので驚きはない。


 唯一悩んでいるのは、今も着ている神器〈星坐す虚空の神衣ステラトゥス〉について明かすか否かについてだ。

 神域にまで力の上限が上がったアンブラムアポストルを討伐した報酬として神造迷宮がくれた物だが、おそらくこれは普通のことではないと思われる。

 この神器についてはリーゼロッテにしか明かしていないが、目の前のシャルロットはどうも気付いている節がある。

 初めてステラトゥスを着てシャルロットの前に現れた際に、一瞬だけ目を見開いていたからな。

 それがシャルロットが培ってきた経験によるものなのか、彼女が有する【聖者セイント】のおかげなのかが分からない。

 【聖者】は俺も持っているが、俺とシャルロットとでは色々前提条件が異なるため参考にならないだろう。

 シャルロットに直接尋ねれば分かることだが、藪蛇になる可能性があるから尋ねることができないでいる。

 どうしたものかなと思いながら、シャルロットからの説明に耳を傾け続けた。





 

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