第192話 オルヴァとの話し合い



 ◆◇◆◇◆◇



 アークディア帝国の冬が本格化するのは、例年通りならば新年最初の月の下旬あたりかららしい。

 そのため、地方から帝都へ来ている領主達の殆どは、街道がまだ使える上旬のうちに帝都を発つ必要がある。

 ただし、力のある領主、正確には転移魔法使いを雇えるほどの権力と財力を持つ領主の場合は、この慣例に縛られることはない。

 勿論、一言に転移魔法使いといってもその技量には個々人で差がある。

 ただでさえ数の少ない転移魔法使いの中から、優秀な転移魔法使いを雇えているかどうかもまた、領主として、そして貴族としての力を表す指標だと言えるだろう。



「今の時季もそうだが、我々のような遠方の貴族は、転移魔法が無ければ国のまつりごとの中心である帝都と領地を気軽に行き来することができない。実に不便なものだ」



 俺と会話をしている二十代半ばほどの外見をしたハイエルフ族の美青年は、シェーンヴァルト公爵家当主オルヴァ・アウロラ・シェーンヴァルトだ。

 今日はシェーンヴァルト公爵家主催の新年のパーティーに招待されている。

 オルヴァの姪であるシルヴィアを通して招待を受けており、会場である公爵家の屋敷には仲間達とともにやって来ていた。

 シェーンヴァルト公爵家主催なので、周りにいるのは帝国の西側に領地を持つ貴族や、その関係者が殆どだ。


 俺以外では、ユグドラシア王国の王族であるリーゼロッテとシルヴィアの親友であるマルギットが招待を受けていた。

 俺の招待状には、お仲間もご一緒にどうぞ的な文言が書かれていたが、エリンとカレンとセレナの三人の身分は平民だ。

 国内の西側の貴族に多い妖精種系の人類種というわけでもないし、本当に連れて行っていいものか悩んでいたが、リーゼロッテから『オルヴァが直々に招待したリオンの関係者だから大丈夫ですよ』と言われため一緒に連れてくることにした。

 事前に周知もされていたのか、彼女達への不躾な視線も見受けられず、俺も心穏やかに過ごせそうだ。

 シルヴィアの母親であるオリヴィアも催しには参加しており、彼女とともにリーゼロッテ達もパーティーを楽しんでいる。

 そんな中、俺は会場近くの部屋にて主催者オルヴァと談合中だ。

 


「シェーンヴァルト公は、中央の政治からは離れているとお聞きしましたが?」


「確かにその通りだが、立場上完全に無関係というわけにはいかない。我が公爵家は中央から離れていても然程問題は無いが、他の者達は違う。私個人の心情と、派閥の者達のことは別問題だからな」


「ご立派ですね」


「本当に立派だったら、過去のことにいつまでも捉われたりはせず、中央と西部の関わりを深めるために尽力しているだろうよ」


「派閥とおいえの維持だけでなく、西側の国防を担われているだけでも十分だと思いますよ」



 アークディア帝国から西側にある国々は、東側の中央諸国と比べれば野心的ではないものの、それはそれとして国の護りは必要だ。

 その役目をちゃんと果たしているだけでも、公爵家の当主として立派なのは間違いない。



「フッ。皆が皆、リオンのように理解があれば良いのだがな」


「国際情勢の観点からも、これからは平和な世の中というわけにはいかないようですから、シェーンヴァルト公爵家の重要性も再評価されることでしょう。微力ながら私もご協力致しますよ」


「ほう、頼もしい言葉だが、それは姪のためか? それとも姉上のためか?」


「お二方とも親しくさせていただいているので、二人のため、と答えさせてもらいます」


「正直だな。まぁ、国のためなどと言われるよりは信用できる。話を戻すが、さっそく協力してもらいたいことがある」


「なんでしょう?」


「リオンの商会で建造している飛空艇があるな。その航路に我が公爵領と帝都を行き来する便を加えて貰いたい」



 ここで最初の、地方は移動が不便という話に繋がるわけか。

 どうやら、これがパーティーに招待された本題のようだ。

 派閥の者達に俺とシルヴィア、オリヴィアの関係性を見せる目的もあったようだが、あちらが私人としてなら、こちらは公人としての目的といったところか。



「公爵領と帝都を結ぶ航路ですか。確か、公爵領には国営飛行場は無かったと記憶していますが?」


「今は無いが、建設するように中央に働きかける用意は出来ている」



 飛空艇が離着陸する飛行場は国の管轄なのだが、どうやら既に根回し済みらしい。

 だが、それだけで頷くにはこちらにメリットが少ない。

 少し引き出してみよう。



「なるほど。飛行場については理解致しました。しかし、協力するとは申しましたが、無償で協力するには規模が大きすぎるのはシェーンヴァルト公もご存じだと思います」


「分かっている。シェーンヴァルト公爵領内でのドラウプニル商会への関税の支払いを向こう三十年免除しよう」


「関税だけでなく領内での全ての税を免除していただるならば、期間は十年で構いません」


「全ての免除は不可能だ。関税のみ免除し、それ以外は減税で、期間は十五年でどうだ?」


「そうですね……分かりました。その条件でしたら構いません。帝都と公爵領を結ぶ航路を新しく設けましょう」



 アリスティアから西側諸国の話を聞いて、国内に西側との交易拠点が欲しかったところだったから、オルヴァからの提案はちょうど良かった。

 これまでは物理的な距離がネックだったが、帝都と公爵領間の物と人の往来が盛んになれば、帝都の人々にとってシェーンヴァルト公爵領は今よりかは身近な存在になることだろう。

 財政的な観点からも中央にとっては悪い話ではなく、話はトントン拍子に進みそうだ。

 航路が増えることで商会の飛空艇部門の負担がその分増すことになるが、時季的にも今日明日動きだすような内容ではない。

 動き出す頃には人員も増えている予定だから、どうとでもなるだろう。



「やっと戻ってきましたか。話は終わりましたか?」



 オルヴァと別れて会場にいる仲間達の元へと戻ると、リーゼロッテが代表して声を掛けてきた。



「ああ。また商会が忙しくなりそうだよ。そっちは楽しめてるか?」


「それなりには。こちらにはオリヴィアとシルヴィアがいますから過ごしやすくはありますね。あとは、スキルレンタル業に興味津々なのも友好的な理由の一つでしょうか」


「ま、理由はどうあれパーティーを楽しめてるなら良いさ」



 それから訪れる貴族達との談笑を挟みつつ、マナー違反にならない程度に飲み食いをしていると、脳内に水の大精霊であるウンディーネの声が聞こえてきた。



『ねぇねぇ、マスター』


『どうした?』


『マスターが今いる場所って妖精種系の人間が多いのよね?』


『そうだな。エルフ族が一番多いが、それ以外にもダークエルフ族やドワーフ族などがいるぞ』


『そこならワタシ達クラスは無理でも、下の子達と契約できる人間がいそうじゃない?』


『ふむ。まぁ、血筋的にも一般人じゃないし、その辺で探すよりかは確率は高いだろうな。全員こっちに来たいのか?』



 声の気配的にウンディーネ以外の五体の気を感じるから問い掛けると、すぐに他の五体からの反応があった。



『同意』


『ボクも行きたいかなぁ』


『契約の効率が良さそうに見える』


『オイラ達はご主人がいるし大精霊だから大丈夫だけど、下の奴らにとって契約は死活問題だしなぁ』


『ワタシ達をそっちに召喚した後は、下の子達を喚ぶわ。だから、そのための交渉を頼みたいの。お願いできる?』



 大精霊よりも下位の精霊達は、人類種との繋がりが希薄化すると、次第にその個としての存在が弱まっていき、やがて自然へと還ってしまう。

 人類種であれば誰とでも契約を結べるわけではないが、エルフなどの妖精種系の人類種は精霊との相性が比較的良いほうらしい。

 精霊達は、自らの属性に満ちた場所以外には自力で地上世界に現れることは出来ず、未契約状態ではその領域の外を自由に移動することが出来ないため、今回は貴重な機会なんだそうだ。



『六大精霊と契約していることは秘匿していたんだが……まぁ、別にいいか。ちょっと待ってろ』



 その後、どこぞの貴族と談笑していたオルヴァに話しかけて事情を説明した。

 オルヴァは半信半疑ながらも、パーティー会場にいる者達にこれから起こることを説明してくれたが、他の者達はオルヴァ以上に耳を疑っているように見える。

 困惑する会場の者達の視線を受けながら、身体に刻まれている契約の証である大精霊紋を道導に、屋敷にいる大精霊達をパーティー会場へと召喚した。



「本当に六大精霊とはな……ん? もしかして私と契約してくれるのか?」



 会場に召喚した通常形態の六大精霊達が、各々の属性の下位精霊達を召喚する。

 下級、中級、上級の順に数は少なくなっていくが、それでも千体を超える数の精霊達がパーティー会場の天井付近を飛び回っている。

 公爵家のようなデカい屋敷じゃなかったら、もっと数を絞る必要があっただろう。

 六大精霊の存在と幻想的な光景に呆気に取られているオルヴァの元に、風の上級精霊の一体が纏わりついているのが見える。

 やがて、オルヴァと上級精霊の間に契約の光が生まれたのを眺めながら、各方面への説明が再び待っていることにふと気付いてしまい、思わず軽く溜め息をつくのだった。

 



 

 

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