第189話 鉄血の君主



 ◆◇◆◇◆◇



「ーーホントに寄っていかない? 良いお酒があるわよ?」


「お気持ちだけいただいておきます」



 アルヴァアインにある高級料理店の駐車場に停まっている馬車の前にて、冒険者ギルドのギルドマスターであるヴァレリーからの通算何度目かになるお誘いをやんわりと断わる。

 ヴァレリーの目の奥のギラつきを抜きにしても、夜遅くに俺一人で彼女の屋敷にお邪魔するのはマズい。

 正直に言わせてもらえば、色気たっぷりなヴァレリーのドレス姿のせいで凄くお呼ばれされたいのだが……ちゃんと真っ直ぐ帰ってくるとリーゼロッテと約束したからな。


 今日は、巨塔のダンジョンエリア内でのドラウプニル商会の商業活動を認める許可証を、ギルドマスターのヴァレリーに書いてもらう対価に約束していたディナーの日だった。

 そのため、今夜はアルヴァアインの自分の屋敷に泊まる予定になっており、こっちの屋敷に同行しているのはリーゼロッテだけだ。他の仲間達は帝都の屋敷のほうに泊まっている。

 年末パーティーから一週間近く帝都の屋敷のほうで過ごしていたので、なんだか久しぶりの気分だ。



「仕方ないわねぇ。じゃあ、私の家で飲むのは次の機会ね」


「リーゼが許してくれたら考えます」


「うーん、先にそっちを説得しないとダメかぁ……」


「まぁ、凍らされたくはないので」


「線引きをしっかりとしてるのねぇ……歩いて帰るって言ってたけど、本当に大丈夫?」



 欲望に塗れた表情から一転して真面目な顔になったヴァレリーからの問いに、軽く頷きを返す。



「大丈夫ですよ。ここ最近は忙しかったので、久しぶりに夜風に当たって歩くのは、良い気分転換になりそうです」


「……はぁ、ほどほどにね」


「何を言っているかは分かりませんが、善処します。では、おやすみなさい、ヴァレリーさん」


「ええ、おやすみなさい、リオン」



 プライベートな時間だからと強いられた名前呼びで別れの挨拶をしてから、ヴァレリーが乗った馬車の扉を静かに閉めた。

 間も無く走り出した馬車を見送ると、着ているスーツの首元を緩めて、軽く身体をほぐしてから高級料理店の敷地を後にする。

 雪で所々が白く染まっている歩道を歩きながら【情報蒐集地図フリズスキャルヴ】のマップを確認すると、俺の後をつける光点が店に入る前よりも増えていた。

 


「年末パーティー以降、明らかに監視が増したよな……鬱陶しい」



 俺が新たな魔塔主に選ばれたという情報は、様々な勢力に影響を齎したらしい。

 ここ数日間屋敷の外に出ると、毎回こちらを監視する存在が【万能索敵ワイルド・レーダー】に引っかかっていた。

 国内の貴族の手の者などの表の勢力の者達はまだしも、後ろ暗い勢力に所属する者達に関しては物理的に排除する方針なのだが、表の勢力の者達に気付かれる可能性があるため動くことが出来なかった。

 だが、今夜尾行している者達が属する各勢力は、どれも被害を出しても表沙汰にならないところばかり……つまりは裏の者達のみだ。

 勘の良い一部の尾行者達は、ヴァレリーが乗る馬車を見送っている間に監視を切り上げて撤退していったが、入れ替わりにまた別の勢力の尾行者がやってきたので、全体の数は減ることは無かった。



「さて、最近手に入れた力のテストを兼ねて、食後の運動に付き合ってもらおうかーー〈開け〉」



 尾行者達以外の余人の目に俺が晒されていないのと、彼ら全員が能力の有効範囲内に入っていることを確認してから権能【強欲神域】を発動させた。

 次の瞬間、俺と尾行者全員が、異空間にある俺の固有領域〈強欲の神座〉に移動した。

 正確には現実空間を塗り替えたり、位相をズラしたりしたようなモノなんだが……まぁ説明の難しい感覚的な話だから横に置いておく。



「な、なんだここは!?」


「転移魔法なのか?」



 尾行していた者達が騒ついているのをテラスから見下ろす。

 今いる場所は、強欲の神座内に作ったコロシアムだ。

 その周りを白い壁で囲まれた土の地面の上で彼らは狼狽している。

 天井はツルリとした表面の黒い硬質なドーム状になっており、上空からの脱出は出来ないように閉ざされているが、不思議と空間内には光が通っており、視界が闇に覆われることはない。

 二階部分から突き出ているテラスから降り立つと、動揺していた尾行者達が此方に気付き、各々の武器を構える。



「お察しの通り、オマエ達を此処に連れてきたのは俺だ。俺が死なない限りは脱出出来ない仕様になっている」



 権能【強欲神域】の基本能力により構築された固有領域〈強欲の神座〉は、【祝災齎す創星の王パンドラ】の内包スキル【迷宮創造】で創造したダンジョンと非常によく似ているが、ダンジョン以上に俺とは密接に繋がっている。

 故に対策を取らない限りは俺の死と共に崩壊するようになっているものの、その分この領域内での俺は〈神座〉とあるように、神にも似た万能に近い力を発揮することが可能だ。

 そのため、今から行うのはただの神の戯れおあそびでしかない。



「近頃オマエ達みたいな輩が多くてな。煩わしいから、見せしめのためにオマエ達には犠牲になってもらう」


「……確かに凄い力だが、そう簡単にいくと思うか?」



 この中で最も基礎レベルの高い尾行者ーー高レベル尾行者と呼ぼうーーが会話に応じてきた。

 だが、その物言いには思わず苦笑が洩れてしまう。



「思っているとも。それだけの実力差があるからな。おっと、まだ言いたいことがあるようだけど、殺し合いの場で長話をする趣味は無いんだ」



 まだ言葉を紡ごうとする高レベル尾行者の動きを言葉で制し、着ていた上着を【無限宝庫】へと収納する。



「取り敢えず、各勢力ごとに一人だけ虫の息にしておけばいいかな?」


「っ! 来るぞぐっ!?」



 高レベル尾行者との距離を一瞬で詰めると、腹部を強打して悶絶させる。

 そのまま頭部を鷲掴みにして【強奪権限グリーディア】を発動させた。



「ギ、ギィ、ア、アガガガッ!?」


「まずは一人」



 敵陣の中で堂々と記憶情報を奪っていると、四方から他の尾行者達が武器を振りかぶって襲い掛かってきた。

 高レベル尾行者の頭部を右手で掴んだまま、左手に【鉄血の君主】の能力【鉄血武装ブルート・ヴァッフェ】によって、自分の血で構成した〈血喰いの王鎌〉を生み出す。

 そのままコマのように身体を一回転させながら身の丈以上の大きさの真紅色の大鎌を振るい、四人の尾行者の身体を真っ二つにした。

 相手が反応する間も無く両断した鎌による斬技は、我ながら中々のモノだ。


 斬りつけた断面から溢れ出た四人分の血液が独りでに浮かび上がると、血喰いの王鎌に吸い込まれていく。

 王鎌が血を喰らうごとに【鉄血の君主】の力が高まっていくのを感じる。

 更に、周囲に血が流れ出たことで【流血の支配者】の身体強化効果が自動発動した。

 ユニークスキル【殺戮と不可視の魔権グラシャラボラス】の内包スキル【殺戮の極技】と【流血の支配者】の効果に満足しつつ、他のスキルもテストすべく動きだす。



「そらっ!」



 血喰いの王鎌を上空に放り投げて破裂させると、王鎌を構成していた血の量だけ血の針を全方位にばら撒く。勿論、俺には当たらない。

 飛散した血針は、尾行者達が身に付けていた防具を易々と貫通し、その下の肉体へと突き刺さる。



「ぐっ、こ、これは?」


「毒かっ!?」


「いや、これ、は麻痺、だ」



 倒れ伏した者達に突き刺さった血針には、ユニークスキル【狩猟と看破の魔権バルバトス】の内包スキル【失墜の射手】の効果によって麻痺の状態異常が付与されている。

 射出物に任意の状態異常を付与できる【失墜の射手】は思っていたよりも使えそうだ。

 毒の効果に限定すると、純粋な効力では【万毒】などの特化型には劣るようだが、ユニークスキル由来なだけあって充分すぎるほどに強力な力を持っている。

 何より、毒以外の状態異常も付与できるので一概に比べることは出来ないだろう。

 


「次は……あー、これかな」


「喰らえっ!!」



 血針の雨を避けた尾行者の一人が短剣型の低位魔剣で斬りつけてきたのを、そのまま身体で受け止める。

 肌が剥き出しになっている首を狙った一撃だったのだが、【鉄血の君主】の能力の一つ【錬鉄血装ブルート・リュストゥング】によって強化されている身体の皮膚を斬り裂くことは出来なかった。



「えっ、ぎゃ!?」


「はい残念でした」



 指先から生み出した血の刃で逆に首を刈って返り討ちにする。

 ついでに、記憶を奪い終えて痙攣している高レベル尾行者の体内の血液を操り、全ての血液を体外へと排出させた。

 カラカラに乾いたミイラになって死んだ高レベル尾行者の死体から手を離すと、浮遊している血液の塊に手を翳す。



「【血騎顕現ブルート・リッター】」



 【鉄血の君主】の三つ目の能力を行使して、〈血濡れの紅騎士〉を生成する。

 使用した血液次第で強さが上下するのだが、今回使用したのは尾行者達の中で最も基礎レベルが高い者の血液なので、残りの動ける輩を相手にするには充分だろう。

 俺の意思に従って残党に襲い掛かっていく血騎士けっきしを横目に、辺りに散らばっている血に干渉して、血騎士を更に三体生成し戦闘に参加させた。



「さてさて、色々見せてもらおうか」



 血騎士達が戦っている間に、麻痺で動けない尾行者達から記憶を奪い取る作業を行う。

 他国の王侯貴族に、犯罪組織、暗殺組織に秘密結社など様々な勢力の手の者から、各勢力の情報を吸い上げていく。



「うーん、興味深い情報が幾つかあったが……少し穴があるな。今年のうちに拠点を襲撃して情報を集めておくべきか?」



 情報の吸い出しが終わって少し悩んでいると、残党を倒し終えた血騎士達が戻ってきた。

 四体の血騎士達の姿は、送り出した時よりも強そうなデザインの甲冑姿に変化していた。

 血騎士こと血塗れの紅騎士には倒した相手の血を取り込み、自らを強化する能力がある。

 敵を倒す度に強くなるので、まさに〈戦場〉向きの力と言えるだろう。



「……そうだな。戦力を増強する意味でも裏組織を襲撃する価値はあるか」



 血騎士達は、冒険者活動時だけでなく今度の戦争でも使えそうだ。

 今のうちから数と質を増しておくのは良い案だと言える。

 情報を奪い終えた尾行者達の首を【強欲王の支配手】で一纏めに捩じ切ると、それぞれの死体の血液から血騎士達を追加生産していく。

 九体追加されて、現在の血騎士の数は合計で十三体。

 一先ずはこの十三体をある程度強化してから数を増やしていくか。



「えっと、出来るかな……こうか」



 血騎士達に手を翳すと、血騎士達が指先サイズの紅色の結晶体へと形を変化させた。

 流石に人間大サイズの血騎士達を保管するのは邪魔なので試してみたのだが、意外と出来るものだな。

 今の〈血騎結晶〉とでも言うべき形態ならば、【無限宝庫】や【異空間収納庫アイテムボックス】に収納しておくことが出来る。

 血騎士形態では生物扱いになるらしく収納は出来なかったが、これなら他にも利用価値がありそうだ。



「影の中に潜む戦闘用眷属ゴーレムとは違う方向性だが、成長できる点は面白いな」



 そういえば、血騎士が血液を吸って成長するならば、俺の血を吸わせ続けていたらどうなるんだろうか?

 ふとした思い付きだが、面白そうなので両腕に血騎結晶を埋め込み、普段は余剰分の血液を吸わせておくことにした。

 せっかく収納空間に保管できるようにしたのだが、まぁ保管は次の機会だな。


 血騎結晶達が血を吸っているのを感じつつ、戦闘後の後始末を済ませていく。

 今夜尾行していた者達が全員行方不明になれば、各勢力の動きは自然と慎重になるはずだ。

 これで暫くは静かになるとは思うが、後顧の憂いを断つのと血騎士量産のために、幾つかの裏組織は近日中に壊滅させるとしよう。

 綺麗になった強欲の神座内のコロシアムから、アルヴァアインの屋敷内へと直接転移すると、出迎えてくれたリーゼロッテを抱き上げて大浴場に直行した。

 戦闘の汚れを落とす名目で、ヴァレリーのドレス姿とその後の戦闘で昂った本能を鎮めさせてもらおうと思う。

 事前にリーゼロッテに連絡しておいたからか、周りには屋敷内の全ての使用人ーーアルヴァアインの屋敷には女性しかいないーーが待機しており、彼女達もぞろぞろと大浴場にまで同行してきた。

 中にはまだ男女の関係になっていなかった者達も混ざっているが、どうやら彼女達も同行するらしい。



「サプライズプレゼントです」


「なるほど……」



 リーゼロッテからの一言に納得する。

 リーゼロッテは俺が無理強いは趣味じゃないのを知っているので、彼女達のほうからリーゼロッテに願い出たのだろう。

 ま、答え合わせは彼女達に直接聞けばいい。

 取り敢えず、長湯し過ぎないようにして、さっさと寝室に移動するとしよう。

 今年を締め括るに相応しい長い夜になりそうだ。

 

 


 

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