第188話 アークディア帝国の新年の方針
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「ーー昨日行われた有力諸侯を集めた会議にて、春先に新たな戦端を開くことが本決定した」
ヴィルヘルムからの私信を受け取ってすぐに登城すると、年末で忙しいからか、挨拶もほどほどに本題に入ってきた。
内容は予想通りといったところだ。
「侵攻ですか?」
「正確には奪還戦だな」
「ということは、相手はハンノス王国ですね?」
「ああ。隣接するウリム連合王国とも矛を交えることになるだろう。状況次第だが、おそらくはそのままウリム連合王国まで進軍することになるだろうな」
ハンノス王国とウリム連合王国は、アークディア帝国と旧メイザルド王国の戦争であるイスヴァル戦役ーー戦端が開かれた場所であり、勝敗を決定付けた一戦の舞台でもあるイスヴァル平原から名付けられたーーにおいて旧メイザルド王国側に協力した国々だ。
同じように旧メイザルド王国に助力したロンダルヴィア帝国は、先日の年末パーティーの際に、皇族であるアナスタシアを皇帝代理として向かわせた上に、婉曲な謝罪とともに賠償金と詫びの品々を贈らせていた。
人族以外の他種族に友好的な帝位候補者であるアナスタシアを送り出すことで、旧メイザルド王国に加担したのは一部の帝位候補者の独断であり、国としては積極的に敵対する意思は無いことを示しているらしい。
そういった裏事情は、ランスロットを通してアナスタシア本人から聞いているので間違いないだろう。
そんな一応の謝罪の意を示したロンダルヴィア帝国とは異なり、ハンノス王国とウリム連合王国からはイスヴァル戦役の終結から現在まで何の詫びも無いらしく、年末パーティーにも不参加だったことが決定打になったそうだ。
まぁ元より、先々代の愚帝の時代にハンノス王国に奪われた土地を奪還するつもりだったようだから、ちょうど良い大義名分ではあったのだろう。
ウリム連合王国はハンノス王国の後ろ盾、というか昵懇の仲であるため、必然的にまとめて潰すことになると思われる。
国力の差を比較しても不可能ではないので、イスヴァル戦役での大勝の波に乗って侵攻するのは悪くない手だ。
「それもこれも、リオンのおかげでアメリアが妊娠していることが早期に分かったからだ。でなければ、諸侯も奪還戦には同意しなかっただろう」
イスヴァル戦役から地続きの戦になるのなら、今度もヴィルヘルムが軍の総大将として戦場に赴くのは間違いない。
前回も後継のいない皇帝であるヴィルヘルムが戦場に出ることに対して、諸侯達は難色を示したそうだ。
その点、今回はまだ産まれていないとはいえ、皇后であるアメリアが嫡子を身籠もっているので、以前よりかは賛同を得やすかったことだろう。
俺が気付かなかったら、後二、三ヶ月は懐妊が明らかになるのが遅れていただろうから、その分だけ奪還戦を行うか否かの会議も長引き、戦の準備も遅れることになる。
まぁ、そもそも戦をしなければいい話だが、そこは帝国であるが故に、イスヴァル戦役で強い皇帝像を示したが故に、奪われた土地の奪還に動かないというのは出来ないのだろうな。
「恐れ入ります。有力諸侯の方々に皇后陛下の御懐妊を明かしたということは、近いうちに正式発表をなされるのでしょうか?」
「ああ。年明けの式典の場にて皇后の懐妊を発表する。ハンノスへの宣戦布告のほうはまだ行わないが、新年の抱負の中にそれを匂わせることを含める予定だ。ああ、それから、この式典には魔塔主になるリオンにも出席して貰うことになるから、よろしく頼むぞ」
「……それは急ですね」
「急だとは思うが、アークディアで初の魔塔主だからな。国を挙げて祝うのは当然だ」
年明けにある新年を祝う式典には、基本的に国内の貴族籍を持つ者のみが出席し、俺のような名誉貴族には出席の義務は無い。
だが、年末パーティーの場で賢塔国セジウムの象徴である六人の魔塔主の一人になることを要請しに来た白の魔塔主に対して、その場で俺が承諾したことで出席の義務が発生してしまったらしい。
元々はリーゼロッテ達とともに内々で屋敷にて祝おうと考えていたのだが……分身体を一体増やせばいいだけか。
式典の日はドラウプニル商会の新年の営業開始日とは被らないから、商会のほうには顔を出せそうだな。
「新年の式典に、商会関連の挨拶回りに、飛空艇の御披露目からのセジウムへの顔出しと、年明け早々忙しくなりそうです」
「白の魔塔主から空間魔法の魔導書を贈られていたから、少なくとも移動時間に関しては問題無かろう?」
「まぁ、長距離移動に関しては楽になりましたね……」
白の魔塔主は、俺への魔塔主への就任要請以外にも、先代黒の魔塔主エスプリが起こした悪行に対する俺とアークディア帝国への謝罪も兼ねて年末パーティーに出席していた。
そんな公の場で、俺はセジウムから贈られた詫びの品々を白の魔塔主から受け取っていた。
その中には【空間魔法】スキルを取得できる魔導書もあり、この魔導書だけは周囲の者達にも見えるように手渡しで渡された。
距離が遠いからといった理由で就任を辞退するのを防ぐためなのか、これだけ貴重な品を渡すのだから承諾するよう圧力をかけるのが目的なのか、ただ単に白の魔塔主が天然なのか。
理由はさておき、衆目に晒されている中で空間魔法の魔導書を受け取ったことによって、俺が【空間魔法】を使えることは周知の事実になった。
これからは周りを気にせず【空間魔法】に属する転移魔法を使うことができるが、自分で意図したタイミングでは無いので正直言って複雑ではある。
空間魔法の魔導書を手渡す時の白の魔塔主の、あのロリバ……幼女な外見をした魔塔主の自信満々な笑みからして、天然っぽいんだよなぁ。
「どうした?」
「いえ、他の魔塔主達の人となりは分かりませんが、先日お会いした白の魔塔主のことについては少し分かったような気がしましてね」
「ああ……彼女は、まぁ、な。うむ。余が幼い頃に会った時から変わっておらんよ。色々とな」
なるほど。昔からあんな感じか。
悪気の無い笑みとあの容姿は、ある意味では外交向きかもな。
アレで現魔塔主の中で最古参というのだから世の中分からないものだ。
「おっと、時間も迫っているからそろそろ話を戻そう」
「分かりました……奪還戦でしたか?」
「そうだ。次の戦は前回とは異なり長期戦になることだろう。従って動員する人員や資材も膨大な数になる」
「そうでしょうね」
過去にハンノス王国に奪われたアークディア帝国の土地の奪還が求められる戦果の最低ラインだろう。
ヴィルヘルムの話しぶりからして、帝国上層部が目指しているのはハンノス王国の滅亡までかな?
ハンノス王国を占領した後の残りの体力次第で、ウリム連合王国に攻め入る度合いが異なるのだと思われる。
「リオンが開発・建造を行なった飛空艇の仕様書を読ませてもらったが、かなりの量の物資を運ぶことができそうだな?」
「大量の物資と人員の輸送を目的としたモデルですので。察するに、陛下は此度の戦で当社の飛空艇を徴用なさりたいのでしょうか?」
「徴用というと語弊があるが、ドラウプニル商会には飛空艇による人員と物資の輸送に協力を要請したいと考えている」
なるほど。私信で呼び出して、密室で二人だけで話しているのは、どうやらヴィルヘルムなりの配慮のようだ。
他人の目がある中で同じ内容のことを要請した場合、皇帝として協力することを命令せざるを得なくなるだろう。
それこそ正に語弊ではなく徴用そのものだ。
正式な要請は後日だろうから、事前にこうやって私的な場を設けて段階を踏むほどに、俺は重要人物らしい。
まぁ、結局その日が来たら命じることには変わりないが、事前に話を通すことによって、前もって報酬の相談ができるのが何よりも重要だ。
いざ本番になって要らないモノを報酬として下賜されたり、報酬自体が少なかったりしたら嫌だからな……。
「使用なさりたいのは、二隻ともでしょうか?」
「いや、国で保有している収納系
「ふむ。予備機は無くなりますが、一隻あれば最低限の運航は可能ですね」
年明けから春までに更に一隻を建造出来てもおかしくはないだろうか……。
「物資等の輸送に使うほうにも予備機は必要でしょうし、念のため更に建造しておきます」
「頼む。追加建造分の飛空艇の費用は一部国からも出そう。利権は全て変わらず商会の物でいい。これも報酬の一つとする」
お、それはラッキーだな。
少なくとも二隻分は補助金が出そうだ。
「ありがとうございます。余裕を持って四隻建造しようと考えておりますが、よろしいでしょうか?」
「許可しよう。ただし、追加建造分の一隻に関しては、権利は商会に帰属したままだが、今後いつでも国の方で使用できるように別枠での管理を頼みたい。今回使用する分の飛空艇についても同様の処置を求める。二隻分の維持管理費は国のほうで支払おう」
「かしこまりました。飛空艇を動かす人員につきましてはどうなさいますか?」
「商会所属の者達を戦場に赴かせるのも忍びない。運用に必要な人員については国のほうから手配しよう。飛空艇運航の経験者を選出するが、新たな飛空艇の慣熟訓練は必要だろう。後日、人員を送るので訓練を施してやってくれ」
「承知致しました」
年明けから忙しくなりそうだが、その分だけ利益も大きい。
飛空艇自体は【
飛空艇の質量や使われている技術から、一隻あたり戦略級魔法数回分の魔力を要求されるだろうが、今の俺なら一分前後で回復できる程度でしかない。
そういえば、【
質量兵器扱いで武器に分類されるなら出来そうだが、流石に無理かな。
【増殖する武器庫】は【複製する黄金の腕環】の下位互換の能力でしかないが、低ランクの武器に限定すれば魔力のコスパが良い。
そのため、【複製する黄金の腕環】を使うよりも誤差レベルではあるが優れている面もあるので、場合によっては多用することになるだろう。
「国から提案できる報酬はこんなところだが、リオンから他に望むモノはあるか?」
「そうですね……カルマダ絡みでも色々と便宜を図っていただいたばかりですし……」
少し前に、犯罪組織カルマダ壊滅の功績の報酬として、国からアルヴァアインのスラム街がある場所の土地を貰った。
元々はカルマダと関わりがある者が地主であり、その者も本拠地の包囲網時に摘発された結果、スラム街の土地の権利は行政府に渡っていた。
その広大な土地の権利を報酬として貰うーー総面積は広くても地価はかなり低いーーとともに、事前に計画していたスラム街の再開発の許可も得た。
廃屋の解体や家屋の新築などはドラウプニル商会で行うが、スラム街の全ての住人の招集とその中にいる重犯罪者の摘発は行政府に任せており、この手配も報酬として皇帝の名で兵士達を動かして貰ったりもした。
現在は重犯罪者の摘発も済み、元住人達は社会復帰も兼ねてそれぞれが出来る範囲で再開発計画に従事している最中だ。
「スラム街の再開発と元住人の雇用は国としては利しかないからな。あの程度のことは気にしなくていい」
「……それでは、スラム街があった土地の固定資産税と再開発に伴う各種税の軽減か免除を報酬としていただきたく思います」
報酬は皇城の宝物殿にある魔導具でもいいが、長い目で見ればコッチのほうが得だしな。
「流石に長期の減税と免税は無理だぞ?」
「分かっております。最低でも土地関連の税の軽減か免除を数年ほどいただけましたら幸いです」
「ふむ。担当の者に聞かねば断言は出来ないが、少なくとも土地の税に関しては余の名前で約束しよう」
「ありがとうございます」
まだ他にも話したいことがあるようだったが、急ぎ話し合う必要がある内容は話し終えたので、談合を切り上げてヴィルヘルムは仕事に戻っていった。
皇帝ともなると行事の多い年末年始は本当に忙しそうだ。
魔人種の肉体が頑丈とはいえ、戦の前に過労死しそうなほどのハードスケジュールに見える。
「……俺もハードスケジュールだけどな」
「どうかなさいましたか?」
「いえ、なんでもありませんよ。出口まで案内を頼みます」
「かしこまりました。此方でございます」
部屋の外で待っていた侍従長に案内されて皇城を後にする。
今年も色々忙しなかったが、来年も忙しい年になりそうだ。
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