第186話 年末年始の商会事情



 ◆◇◆◇◆◇



 帝都エルデアスにある広大な国営飛行場から、停留していた外国の飛空艇の一つが離陸する。

 その飛空艇の外装には、ロンダルヴィア帝国の代表使節団を示すエンブレムが飾られており、アークディア帝国の小型の飛空艇と飛竜騎士ワイバーン・ライダー達に先導されて東の空へと飛びたっていった。

 夜間に代表者であるアナスタシアが滞在する迎賓館が、謎の集団から襲撃を受けたことで滞在日数が一日延びてしまったが、不測の事態に備えて余裕を持ってスケジュールが組まれているため、ロンダルヴィア帝国の年末行事には間に合うだろう。

 ロンダルヴィア製の飛空艇の実機が動いているのを間近で見れる良い機会だったので飛行場に来たのだが、護衛であるランスロット視点とは違い、外側からだがじっくりと観察することが出来た。

 用が済んだので飛行場内に設けられた貴賓用の観覧室ーー離着陸する飛空艇を屋内から見れる部屋ーーを退室し、外に待たせていたドラウプニル商会の馬車に乗り込んだ。



「アレがロンダルヴィアの最新型の飛空艇か。アークディア製の飛空艇よりも静かな駆動音だな」


「リオン様がお造りになられた飛空艇のほうが音が静かです」


「まぁ、それはそうなんだが……」



 車内で向かい側に座った帝都支店の支配人であるミリアリアの正直な感想に苦笑する。

 現在稼働しているアークディア帝国の飛空艇は数十年以上も前に建造されたもので、その駆動音と飛翔音はかなり大きい。

 ダークエルフ族であるミリアリアのように、聴力に優れた種族からはその騒音が不快で飛空艇自体が不評なんだとか。



「俺が作った飛空艇の御披露目は年が明けてすぐだったな?」


「はい。現在の造船所から先ほどの国営飛行場へと移動させますので、その時が初公開になります。飛空艇事業の開始は冬が明けた春先を予定しています」


「そうか。問題は?」


「今のところはありません。乗務員達の訓練カリキュラムも無事に終わり、現在は最終調整中です。明後日の視察の際にご確認いただきたく存じます」


「分かった。多少ギリギリだったが、年内には無事に準備を終えられたな」


「他社からの妨害がなければもう少し余裕を持って済ませられたのですが……」


「予想通りの動きだっただろう? 皇帝陛下からの口添えも含めてな」



 これまで国内唯一の飛空艇関連会社だったとある会社が、今月に入ってからやっとドラウプニル商会が飛空艇事業へ参入することに気付いた。

 それからというもの、競合他社がいなかったため独占状態だった某会社は、ドラウプニル商会に表と裏問わず色々と妨害を行なってきた。

 その妨害の全てを叩き潰したり、逆に相手側に損害を与えたりなんなりして対処していた時にカルマダ関連のアレコレが起きた。

 それらの報告のために登城し、ヴィルヘルムと直接話した際に世間話がてらポロッと某会社が飛空艇事業を邪魔してくることを喋った結果、翌日には向こうの会社は大人しくなった。



「社屋は開店休業状態と言っていい雰囲気でしたね……」


「国のトップから睨まれたんだ。しかも、よりによって人が多く集まる年末の時にな。噂が拡散するのは当然だろう」


「予定通り、ということですか」


「さてな。まぁ、向こうの会社に情報が伝わるタイミングを調整したのは事実だが」


「自業自得とはいえ、ちょっとだけ同情します。本当にちょっとだけ、ですが」


「ミリアリアも辛辣だな」



 そんな雑談に興じていると、ドラウプニル商会帝都支店前に到着した。

 商会の馬車から降りた途端、帝都支店前で待ち構えていた多くの人々が群がってきた。



「エクスヴェル様! アルームナ新聞です! レティーツィア皇女殿下との関係についてお話を!」


「ユグドラシアの姫とのご関係についてもお願いします!」


「ミリアリア支配人とも深い関係との噂ですが?」


「セジウムの新たな魔塔主に選ばれたとの話ですが、事実でしょうか?」


「黒の魔塔主の突然の死に関わっているのでしょうか?」



 国内外の新聞記者からの質問の嵐に対して、【無表情ポーカーフェイス】で微笑を浮かべたまま、【万物干渉強化】と【傲慢の君主】による補正を受けた【上位種の威厳】【君臨する者】【帝王魅威カリスマ】【親愛なる好感】を発動させ、商会の警備員達に接近を阻まれている記者達に軽く手を振りながら店内へと入る。



「年末パーティー以降、分かりやすいぐらいに記者が増えたな」


「それだけ衝撃的な情報が多かったですからね」


「というか、ミリアリアの話もあった気がしたが?」


「気のせいですよ」


「実家の力を使ったな?」


「……いらっしゃいませー」


「誤魔化したな。いらっしゃいませー」



 店内の客に声掛けをしながら上階にある応接室へと移動する。

 ノックをしてから応接室の一つに入り、待たせてしまっていた相手に挨拶をした。



「申し訳ない、お待たせしました」


「いえ、つい先ほど来たところですので、お気遣いなく。お久しぶりです、エクスヴェル会長」


「ええ、アリスティアお嬢様もお久しぶりですね。お元気そうで何よりです」



 応接室で待っていたのは帝都の大商会であるゴルドラッヘン商会の商会長の一人娘のアリスティアだ。

 金色の長髪の竜人族であるため、何となく金運が上がりそうな感じがする。

 以前、地方から帝都に向かう最中に、ひょんなことから護衛依頼を受けることになり、帝都に着いてからはアリスティアを通じて父親のベルン商会長とも知己を得た。

 帝都エルデアスから神迷宮都市アルヴァアインに活動拠点を移す少し前ぐらいに、アリスティアは商会の仕事で西の方に向かったため、会うのはそれ以来になる。

 互いに仕事中なので、相手の呼び方は外向けのモノだ。



「ゴルドラッヘン商会を代表して、此度の魔塔主への就任をお喜び申し上げます」


「ありがとうございます」



 アリスティアとミリアリアが挨拶を交わした後、少しの世間話を挟んでから新たな魔塔主に選ばれたことを祝われた。

 年末パーティーには大商会であるゴルドラッヘン商会も招待されており、アリスティアも会場にいた。

 俺が賢塔国セジウムを代表してやってきた白の魔塔主から、先代黒の魔塔主エスプリが引き起こした悪事に対する俺個人への詫びの品々を受け取った時も、周りのギャラリーの中に混じって彼女も話を聞いていた。

 その後の、次の魔塔主にならないかという勧誘を受けていた際も現場にいたので、外にいた記者達とは違って魔塔主に選ばれたのが事実であることを知っているのは当然だ。


 白の魔塔主に幾つかの質問と確認をした後に、黒の魔塔主への就任を承諾し、戦利品として得ていた魔塔主の証の一つである〈賢者の石〉のネックレスの所有を公的に認めるセジウムからの書状と、魔塔主専用らしきローブも貰った。

 専用ローブのほうはエスプリの【異空間収納庫アイテムボックス】の中にあったーーエスプリが最初に纏っていた認識阻害効果のローブとは別の物ーーので既に持っているのだが、基本的には貰える物は貰う主義なのでコチラも貰っておいた。

 


「此度は当商会からお祝いの品をお持ちしました。お納めください」



 アリスティアの言葉を受けて彼女の秘書兼護衛であるダークエルフ族のラーナが、収納系魔導具マジックアイテムの中から取り出した小さな箱を差し出してきた。

 ミリアリアが受け取り、俺の前に小箱を置いて蓋を開ける。

 箱の中には小さな小瓶が二つ入っており、霊薬に分類される希少なアイテムだった。

 【情報賢能ミーミル】で詳しく調べたところ、霊薬の時点で予想はついていたが、どうやら迷宮秘宝アーティファクトに分類されるアイテムのようだ。



「これは、霊薬ですね」


「はい。以前、父がわたくしの護衛の報酬としてお渡しになった霊薬とはまた別の品になります」


「ゴルドラッヘン商会には霊薬の販路があるようですね?」


「フフフッ、そちらの品は今回西方に赴いた際に仕入れた品とだけ申しておきます」



 アリスティアが西のどのあたりに商談に向かったかは知らなかったが、西方なんて言い方をするのだから、おそらくは国内ではないのだろう。

 そういえば、アークディア帝国よりも西の国々には神造迷宮こそ無いが紛い物である幻造迷宮が多かったな。

 その中の何処ぞのダンジョンから出土した霊薬などを仕入れてきたのかもしれない。



「このような貴重な品を頂けるとは嬉しく思います。ベルン商会長にも大いに喜んでいたとお伝えください」


「承知しました」



 今回の事前の来訪理由として伝えられていた魔塔主就任内定の祝いの品の贈呈は済んだが、用事が終わってすぐに帰すのも礼儀知らずの謗りを受けてしまうので、近いうちにベルン商会長に話をする予定だった商談を娘のアリスティアにすることにした。

 間に少しの雑談を挟んでから、その商談に入る。



「そういえば、アリスティアお嬢様が以前お話しになられていた各地の迷宮都市の冒険者向けの戦闘用魔導具の件は解決しましたか?」


「……よく覚えていましたね?」


「現在の活動拠点は神迷宮都市ですので、冒険者としても商人としても無関係な話ではありませんから」


「確かにそうですね。お恥ずかしながら、そちらの件は未だに手付かずの状態ですね。前にも話したかと思いますが、魔導具職人の人口自体が少ないですし、更に戦闘用ともなると生活用とはまた要求される技術が異なりますから……」



 事前の情報収集通り、やはり特に進展は無かったようだ。

 ゴルドラッヘン商会は生活雑貨といった日常生活関連の商材を取り扱って大商会へと成り上がった経緯から、そちら方面よりかは人脈などは少ないだろう。

 アリスティアも言っているように職人自体が少なく、その中からどことも契約していない一流の職人を見つけるのは一体どれほどの難易度になるのやら。



「そういうことでしたら、当商会の戦闘用魔導具を取り扱いませんか?」


「ドラウプニル商会のですか?」


「はい。つい最近のことですので帝都まで情報が広まっていないため存じ上げないと思いますが、当商会では冒険者達を主なターゲットにしたリーズナブルな戦闘用魔導具を試験的に販売しています」


「……詳しくお聞かせ願えますか?」


「勿論です」



 巨塔内での販売を経て冒険者達が求める安価な戦闘用魔導具のラインは大体理解した。

 神迷宮都市であるアルヴァアインでこれだけ需要があるならば、神造迷宮ではない幻造迷宮がある各地の迷宮都市でも需要があるだろう。

 現在のドラウプニル商会では各地の迷宮都市に支店を置く体力は無いので、流通させて更なる利益を得るために何処かの商会に卸すことを検討していた。

 そこで、各地に多くの支店と販路を持つゴルドラッヘン商会に白羽の矢を立てたわけだ。

 元々似たような提案をしようとは考えていたので、ちょうど良かったという理由もある。

 そんなことを考えていた矢先に年末パーティーに合わせてアリスティアが帰国し、今日祝いの品を持ってやって来たのは、何というタイミングの良さだろうか。


 俺もそうだが、アリスティアの金運も中々に高いらしい。

 お互いの商会が更なる利益が得られるように、アリスティアを介してベルン商会長にしっかりと伝わるようにプレゼンを開始するのだった。





 

 

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