第八章

第185話 ランスロット



 アークディア帝国の皇城にて催された年末パーティーの翌日の夜。

 大半の人々が寝静まった夜更けの時間帯に、来賓であるロンダルヴィア帝国代表に国が用意した迎賓館にある貴賓用の一室を訪ねていた。

 部屋の前に立つ夜警の女性騎士達に呼び止められる前に自ら立ち止まり、彼女達に用件を告げる。



「夜遅くに失礼。殿下に至急のご報告があり参りました。御目通り願えますか?」


「確認致します。少々お待ち下さい」



 女性騎士の一人が入室し、内扉をノックして声を掛けている音を【地獄耳】が拾い上げる。

 素の聴力では聞き取れないほどの防音性になんとなく感心していると、女性騎士が戻ってきて入室の許可を出してきた。



「失礼致します」


「いらっしゃい。夜這いかしら?」


「随分と堂々とした夜這いですね……」



 揶揄うような物言いに呆れつつ、ナイトガウンを羽織った絶世の美女ーーロンダルヴィア帝国の第七皇女であるアナスタシアに用件を告げた。



「全身黒づくめの謎の集団がこの屋敷に接近中です。じきに敷地内に入ります」


「他国の首都で謎の集団からの襲撃ねぇ……リオンの見解ではどこの勢力だと考えているの?」


「殿下。私の名はランスロットです」


「あら、そうだったわね。寝起きだからうっかりしていたわ」



 悪びれた様子の無いアナスタシアに嘆息しつつ、アナスタシアの身の安全を高めるために生み出した分身体ランスロットで発動させた【情報蒐集地図フリズスキャルヴ】から得た情報を明かす。



「どうやら殿下の兄上と姉上の手の者のようですよ」


「複数なのね。何番目?」


「第四皇子と第六皇子。あとは第五皇女のようです」


「第四と六は同盟関係だから当然として、第五皇女も来たのね。タイミングからいって焦ってるのかしら?」


「おそらくは。日増しに勢力差が無くなってきているので、優位性を失う前に動いたのでしょう」


「私用の時ならまだしも、国を代表して来ている時に襲うとは。国の名誉に傷を付ける行為だと分からないのかしら。なんとも浅はかね」


「同意します」


「数は?」


「合わせて五十ほどが北と南から向かって来ています」



 ロンダルヴィア帝国での活動用に作ったアリアンロッド商会を通じてアナスタシアの支援者パトロンになり、帝位争いに参入してからまだ日が浅いが、他の皇子達が強硬手段を取るほどの影響力があったらしい。

 これまでは資金不足だっただけであることを示すように日増しに勢力を拡大していった結果、今回アークディア帝国で催された年末のパーティーにロンダルヴィア帝国の代表として参加することになった。


 俺はその場にはいなかったので又聞きだが、現ロンダルヴィア皇帝直々にアナスタシアに指名があったそうだ。

 他国の代表達が集まる場に国家を代表して参加することによる影響力は大きい。

 そう考えると、三人の皇子達がアナスタシアの守りが少なくなる異国の地で強硬策に走ったのは必然なのかもしれない。



「ふぅん。アークディアの動きは?」


「まだ動きはありません。警備の穴……というよりも、此方で受け持っている場所をピンポイントで狙って来ているので、気付いてもすぐには動けないかと思います」


「つまり監視の目はあるってことね」


「はい」


「それならお披露目の予定を早めましょう。賊の相手はランスロットに任せるわ」


「よろしいのですか?」


「ええ。アークディア以外の勢力の目もあるでしょうから、私の新しい戦力を自然に明かすにはちょうど良いタイミングでしょう」


「分かりました。随分と楽しそうですね」


「どんな働きを見せてくれるか楽しみだもの。当たり前じゃない?」


「……まぁ、短期的にも長期的にも護衛報酬をいただきますから、その分は働かせてもらいますよ。他の警備の方々には迎賓館の出入り口付近を固めるように殿下のほうから伝えてください。賊には私一人で相対します」


「ええ。任せたわ。それと、情報を広めたいから、逃げる者がいたら一人二人程度は逃してちょうだい」


「承知しました」



 部屋を出て、近くのバルコニーから迎賓館の屋根へ飛び移る。


 アナスタシアの派閥の戦力増強用に傭兵として生み出した分身体ランスロット。

 出来る限り万全に動けるように、用いる戦闘スタイルは本体リオンと然程変えていない。

 アリアンロッド商会から派遣された戦力という表向きの顔以外にも、アナスタシアが雇用するに至った理由付けの一つとして、種族はリオンとアナスタシアと同じ超人スペリオル族にしている。

 リオンと同一人物という疑いは浮上するだろうが、本体のような魔法行使能力や製作能力は出来る限り披露せずに、基本的に純戦士スタイルで動くつもりだ。

 容姿は敢えて本体に似せているので、いざと言う時にはリオンの親戚とでも言っておけば、周りが勝手に納得するだろう。



「さてと、北から潰すか」



 北と南からやって来る暗殺者達との距離に戦力、敷地内の地形などから先に対処する方を決めると、北の方角に向かって空中を駆けていく。

 ランスロット用に製作した魔剣〈不敵なる天賦の剣アロンダイト〉を鞘から抜き放つと、敷地内に入ってきたばかりの暗殺者の一人を脳天から真っ二つにした。



「「「ッ!?」」」



 上空からの奇襲によって仲間が死んだことに反射的に硬直する暗殺者達。

 その隙を逃さずに距離を詰め、一薙ぎで更に三人を斬り裂く。



「ーー『掛かって来い』」



 【支配者の言葉】による【挑発】を受けて、残る二十人が一斉に襲い掛かってくる。

 それらを刹那のうちに全て斬り捨て、唯一攻撃に反応できた一人は、盾にした短剣ごと強引に叩き斬った。

 


「次だ」



 来た道を戻り、ロンダルヴィア帝国用の迎賓館を飛び越え、迎賓館の南側に降り立つ。

 先ほどと同じように上空から襲撃しようかと思ったが、こちら側には俺の動きに気付く者がいたため素直に地上に降りて待ち構えることにした。



「『少しは楽しめるか?』」



 【支配者の言葉】と【挑発】のコンボでの煽り効果は絶大で、南側の暗殺者達も足を止めて俺に敵意を向けてきた。



「……見慣れない顔だ。新しい護衛か?」


「そんなところだ。雇われの身として賊である『お前達の相手を俺がする』のは当然だからな」



 コイツらは、どうやらアナスタシアの周りの人間を把握しているようだ。

 そのあたりの情報源は気になるが、他国の監視の目がある中でランスロットの能力を逸脱した力を使うわけにはいかない……逃げた輩を暇な本体で捕らえるか。一人ぐらいなら捕まえても構わないだろう。

 逃がさないようにスキルで惹きつけるのはこの程度にしておくか。



「退くならば追わない。だが、来るなら斬るぞ」


「……やれ」



 リーダーらしき者の指示を受けて他の者達が無言で襲い掛かってくる。

 プロの暗殺集団らしい連携と速さで向かってくるが、本体の総合能力ステータスから劣化している今の俺ランスロット感覚値センスでも余裕で捕捉できるレベルだ。

 まぁ、Sランク冒険者相当の能力値があるから当然なのだが。



「ガッ!?」


「グァッ!?」



 こちらから相手の感知能力を超えた速さで一歩踏み出すと、アロンダイトを横薙ぎに振るって正面の二人を斬り裂く。

 真っ二つになった仲間の姿に臆することなく、毒を塗られた針が大量に投擲されてきた。

 逃げ道は頭上ぐらいだが、誘導されるがまま動くよりかは、正面から圧倒したほうが今回の目的には適うだろう。



「【天鱗纒鎧】」



 魔剣アロンダイトの能力【天鱗纒鎧】を発動させ、身に付けている騎士風デザインの防具の表面に蒼い鱗状の障壁を纏わせる。

 飛来した銃弾の如き威力と貫通力を付与された毒針が、蒼い鱗状の障壁ーー天鱗によって弾かれたのを確認すると、空中の毒針を適当な数だけ掴み取り、暗殺者達に向かって投擲した。



「ぎっ」


「ぐあっ!」


「うぐっ」



 【射出】した毒針が命中した三人の身体が血を吐いて倒れるのを横目に、他の暗殺者達を斬り伏せていった。



「チッ。撤退する。足止めしろ」


「こちらも撤退する」



 形勢の不利とアナスタシアへの襲撃が失敗したことを悟ったリーダーともう一人が、それぞれ近くの二人を連れて撤退しようとしている。

 リーダーがいる方が第四皇子と第六皇子のグループで、もう一方が第五皇女の手の者のようだ。

 さっさと撤退してくれ、と思いながら、次から次へと決死の攻撃を仕掛けてくる暗殺者達を撃退していった。



「やっと退いたか。うーむ……掃除は他の者に任せるか」



 血や臓物などを撒き散らす暗殺者達の死体が転がる凄惨な現場を見渡す。

 いつものように【戦利品蒐集ハンティング・コレクター】や暴食のオーラで片付けられないのは面倒だな。

 何か方法でも無いだろうか……今後のために事後処理用のアイテムでも用意するべきか?



[保有スキルの熟練度レベルが規定値に達しました]

[スキル【魔権覚醒の兆し】がユニークスキルへと変化します]

[スキル【魔権覚醒の兆し】が消費されます]

[ユニークスキル【兵站と補給の魔権ハルファス】を取得しました]



 ◆◇◆◇◆◇



「ッ!?」 



 追手を巻くために散り散りになって撤退していた六人の暗殺者達のうち、彼らのリーダーである暗殺者の前へと仮面を着けて本体で転移した。

 突然現れた俺に誰何もせず、躊躇い無く毒針を飛ばしてくる。

 飛来した毒針をマント形態の【墜天喰翼顕現ベルゼビュート】で全て呑み込むと、暗殺者は攻撃が防がれたことに動揺することなく煙玉を地面に投げ付けると、踵を返して逃げようとしていた。



「判断が早いな。まぁ、逃げるには遅すぎるけど」



 左腕に刻印された風の大精霊との契約の証である〈大精霊紋〉が活性化するのを感じつつ、大気を操って麻痺や暗闇効果などを含んでいる煙幕を霧散させ無害化する。

 同時に、逃げようとした暗殺者の周りの大気を一時的に固定化して動きを止めると、その隙に距離を詰めて、【強欲王の支配手】による念動力でしっかりと拘束した。



「さて、色々と見せてもらおうか」


「くっ、離ーーーーッ!?」



 叫び声が辺りに聞こえないように暗殺者の頭部の周りに空気の膜を作ってから、【強奪権限グリーディア】で記憶を強奪した。

 絶叫しているようだが、空気の膜は遮音結界と同じ効果があるため何も聞こえてこない。

 全ての情報を吸い盗り終えると、用済みになった暗殺者の首を片手でへし折ってから死体を回収した。



[ユニークスキル【狩猟と看破の魔権バルバトス】を獲得しました]



 最近、魔権系ユニークスキルによく遭遇する。

 魔権系ユニークスキルやその前提スキル持ちは、アークディア帝国より東側の国々に多いため、それらの国の者達を倒せば獲得できるのは当然のことだろう。

 四方で争いが絶えないロンダルヴィア帝国だけでなく、アークディア帝国にも次の戦の兆しが見えているし、今後も新たなユニークスキルを獲得できる機会がありそうだな。



「でも、そろそろキャパシティが一杯なんだよな……早くレベルが上がって欲しいものだ」



 今のキャパシティの空き具合を再度確認し、キャパシティの空きを作るために新たなスキルの合成を考えながら、転移で屋敷へと戻った。



[スキルを合成します]

[【親愛】+【友愛なる心証】+【交感】=【親愛なる好感】]

[【物質干渉強化】+【精神干渉強化】+【術式干渉強化】=【万物干渉強化】]

[【貪喰の竜血グラトナス・ドラゴンブラッド】+【天使長の神理パワー・オブ・ロード】+【竜血祝聖】=【真聖竜血】]

[【錬血】+【血戦武操】+【加速】+【暗黒闘技】+【戦士の歌】+【戦場の支配者】=【鉄血の君主】]




 

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