第184話 年末パーティーの会場にて



 ◆◇◆◇◆◇



 犯罪組織カルマダの本拠地を壊滅させてから二十日後。

 カルマダのボスである黒の魔塔主エスプリ・ファルファーデの遺体や物的証拠などを行政府に引き渡したり、カルマダの残党を捕まえたりなんなりしていたら、あっという間に帝都エルデアスの皇城で行われる年末パーティーの日がやってきた。


 左右に絶世の美女を伴いながら、パーティー会場である皇城の煌びやか大広間に入場する。

 以前行われた戦争の祝勝パーティーの時に向けられた以上の数の視線を受け流しつつ会場内を進む。

 移動の間によく聞こえてくるのは、皇妹であるレティーツィアと他国の王女であるリーゼロッテの二人とともに入場してきた俺へ対する嫉妬や羨望といった感情が込められた会話内容だ。

 ここまでは祝勝パーティーと同じだが、今回は俺へと向けられる好奇の視線が多い。

 主催者ホスト側の様々な思惑から、既に殆どの参加者が会場入りしてから入場させられた所為で、会場中の視線が俺達三人に集まっている。

 その中でも俺に向けられる視線が多い理由の一つは、先日のカルマダ殲滅の経緯が国から公表された所為だろう。


 カルマダのボスの正体が他国の重鎮であったことを明かすかどうかは、正直言ってかなり悩んだのだが、俺自身の名声に繋がると判断し、アルヴァアインの代官であるクロウルス伯爵に説明しておいた。

 案の定、クロウルス伯爵は頭を抱えていたが、俺から聴取したそのままの内容を国に報告した。

 俺も直接説明するために帝都に呼び出されたりした後に、アークディア帝国から国内外に向けて正式発表がなされた。

 エスプリが所属していた賢塔国セジウムに対して抗議する旨の声明も出され、国家間で色々話し合いが行われているようだ。

 本人の遺体だけでなく、捕縛した側近達ーー彼らの正体は、エスプリの魔塔での弟子やら従者やらの魔法使い達だーーや犯罪行為の証拠品などもあるため、交渉は終始帝国優位に進んでいると、パーティー前にレティーツィアが教えてくれた。



「年の終わりなだけあって、諸外国からの来賓も多いな」


「それもあるけど、皇帝である兄上の快復具合を直接確認しに来たんでしょう。先日の祝勝パーティーでは基本的に国外の賓客は招いていなかったし、公の場での姿は今回が初になるから、まぁ予想通りね」


「なるほど。今後を考えれば確認しに来ない国はいないか。近隣諸国や有名どころの国々は来ているみたいだな」


「そうでもないわよ。近隣でも来ていない国はあるわ」


「近隣……? あぁ、パーティー前に言っていた国か。言われてみれば見当たらないな」



 レティーツィアに言われて目だけを動かして周囲を見渡すと、この前の戦争で旧メイザルド王国に与したウリム連合王国とハンノス王国の人間が参列していなかった。

 同じく旧メイザルド王国に加担したロンダルヴィア帝国からは、異種族へ好意的である第七皇女のアナスタシアが国を代表して参列している。

 これは国力の差ととるべきか、それとも面の皮の厚さの違いと見るべきか。

 敗戦した側である上に、アークディア帝国やロンダルヴィア帝国と比べると小国である二ヶ国は、針の筵になってでも今後の国家間の関係を考えれば参加した方がいいのではと思うのだが……。



「まぁ、この場にいないのはそっちからしたら好都合か?」


「んー、そうね。パーティーでの扱いに気を遣わなくていいという意味では好都合かもしれないわね」



 レティーツィアと話しながら歩いていると、リーゼロッテが掴んでいる俺の腕を小さく引っ張ってきた。



「リオン」


「どうした、リーゼ?」


「会場に叔父が来ています」


「……マジで?」



 リーゼロッテに促された方に視線を向けると、ダンディな髭を生やしたイケオジなハイエルフが此方を凝視していた。



「どうやらユグドラシアを代表して来たようですね」


「視線の圧が凄いな……」


「小さな頃から可愛がっていた姪が、久しぶりに会ったら他国の皇女とともに一人の男にくっついている現場を目撃してしまった、という状況ですね」


「なるほど……それなら、あの視線はまだマシなほうだな」


「見られたのが公の場で良かったですね」



 当事者なのに他人事なリーゼロッテに文句を言いたいのを堪えつつ、パーティーの主催者である皇帝ヴィルヘルムと皇后アメリアに三人で挨拶を済ませてから自分達の席へと座った。

 俺達の後に数組が入場し、予定されていた全ての来賓が会場入りしたのが確認されると、進行役である宰相の口から列席した来賓の紹介が行われていく。

 それも済むと、登壇したヴィルヘルムからの簡単な挨拶がなされてからパーティーが開幕した。


 実家の者と一緒に先に会場入りしていたマルギットとシルヴィアの二人とともにやってきたマルギットの父親であるアドルフと、シルヴィアの母親であるオリヴィアや叔父であるオルヴァと言葉を交わす。

 時節の挨拶もそこそこに、マルギットの家が武官系貴族なのと、オリヴィアは作戦前の話し合いで多少関わったのもあって、話の内容はカルマダの話に移った。



「まさかセジウムの魔塔主が関わっていたとは……もっと国境の警備を厚くせねばならんな」



 アークディア帝国軍の軍務卿であるアドルフとしては、国内で他国の重鎮による犯罪行為の横行を許してしまったのは、国防の観点からすれば失態とも言える。

 まぁ、転移魔法や能力がある世界でどこまで国内への侵入を防げるかは疑問だが、改善に努めようとしているのは個人的には好ましく思う。



「倒した魔塔主は、黒の魔塔主だったか?」


「はい。見ての通りの黒です」



 オルヴァからの言葉少ない問いに答えつつ、懐から賢者の石が嵌め込まれたネックレスを取り出して見せる。

 紅い結晶体である賢者の石以外の金色の台座に黒のチェーンは、全てオリハルコン合金で作られており、このチェーンと台座に刻まれた刻印の色でどこの魔塔主かを判断することができる。

 俺が戦利品として得た賢者の石のネックレスは黒のチェーンに黒の刻印なので、黒の魔塔主を示しているわけだ。



「これが噂の賢者の石か。このサイズで今の主要な魔力炉を上回るほどの魔力生成力があると聞くが、実際のところはどうなのだ?」


「事実だと思いますよ。戦術級魔法を多用し、大量の精霊達を使役していたエスプリも戦闘中に魔力切れを起こす様子は見えませんでしたし、個人で使用する分には魔力切れの心配は無いでしょう」


「そうか。アドルフ、セジウムは何と言ってきているのだ?」


「そりゃあ返還を要求してきているとも。なにせ魔塔主達に魔塔主の証として代々引き継がれているとはいえ、セジウムの国宝であることには変わりない。だが、自分達の重鎮である魔塔主の一人が他国で悪事を働いていたのと、それを正面から討ち取ったのは冒険者という理由がある。盗賊などの犯罪者が所有していた金品は、討伐した冒険者の戦利品になるという慣例は、規模こそ大きいが今回のことにも適用される。重鎮が悪事を働いたという負い目と合わせれば、国宝とはいえ返還を強要することなどできんよ」



 アドルフの言う通り、今回のことは自業自得であるため、戦利品である賢者の石の返還を無理強いすることは出来ない。

 このあたりのこともカルマダのボスの正体を国に正直に明かした理由だ。

 こうすれば公的に賢者の石を使用することができるし、賢者の石関連の研究などを行なった際には、その成果を発表してもおかしくは思われないなどのメリットがある。

 デメリットは賢塔国セジウムとの関係性がどうなるかが不透明なことぐらいだが、セジウムの今後の対応としては三つの道が考えられる。


 一つ目は、賢者の石を諦めること。

 これは、国宝であることや国の威信などを考えると、可能性としては最も低い。

 二つ目は、返還交渉を続けること。

 例え諦めが悪くても、根気強く返還交渉を続けることは可能性とはあり得るだろう。

 そして三つ目は、賢者の石ごと俺をセジウムに迎え入れること。

 魔塔主の条件がジョブスキル【賢者ワイズマン】を持っていることなので、俺が公開している保有スキル情報的に条件は満たしている。

 他の五人の魔塔主の中には、セジウムではない他国に籍を持つ者もいるので別に珍しいことではない。

 魔塔主になれば、研究成果と引き換えにセジウムから予算も貰える上に、魔塔主にはセジウムがこれまでに培ってきた叡智を一部を除いて自由に閲覧できる権利などが得られる。

 幾つか面倒なこともあるが、利点はそれ以上に多いため、損をすることは無いだろう。

 意外にも後進の育成などは義務には含まれておらず、セジウムの魔塔の門を叩いた魔法使い達は教えを受けたいのならば、自分達で魔塔主と交渉しなくてはならないらしい。

 エスプリの側近達も、そういった経緯でエスプリの配下になった魔法使い達であることが奪った記憶情報から分かっている。



「となると、セジウムがとる手段はリオンの魔塔への誘致でしょうね」


「殿下の仰る通りかと思われます。ちょうど一つ空きができましたし、現在の大陸に魔塔主達とリオン以外に【賢者】持ちであることを明かしている者はいなかったはずです」


「宮廷魔導師団のほうの調査でもリオンさん以外には確認できていないので、可能性としては十分にあり得るかと思われます」


「シェーンヴァルトとしましても他に該当者は確認できておりません」


「そう。それぞれの情報網で確認できていないならほぼ間違いないでしょうね。オファーが来るかは確実ではないけれど、リオンとしてはどう考えているのかしら?」


「魔塔主の肩書きは得られるものが多いようですし、提案があったら乗っても良いと考えていますよ」



 周りの目があるので口調には気をつけつつ、レティーツィアに言葉を返す。



「もっと楽に話していいのよ?」


「国外からの来賓もいますから……」


「だからこそよ」


「なるほど……ま、そういうことなら構わないか」



 チラッとアドルフやオルヴァに視線を向けると、それぞれ小さく頷いて了承の意を示してきたので、少なくともアーベントロート侯爵家とシェーンヴァルト公爵家からは非難されることは無いらしい。

 何やら内々に話がついている気配を感じつつ口調を崩して言葉を続ける。



「セジウムの使者とは話がついているんじゃないか?」


「仄めかされてはいるけど、具体的な話はまだよ。リオンの誘致は向こうの都合でしかないんだから、国としてちゃんと賠償は支払って貰わないとね」


「まぁ、そうだろうな。賢者の石は正当な戦利品だし、魔塔主として誘致される代わりに賢者の石が実質返還されてしまうなら、俺も何か別途貰うべきか?」


「身内の悪行を止めてくれた御礼という形では得られるかもしれないわね」


「報奨金か……セジウムが所蔵するなんらかのアイテムでもいいかもな」


「……噂をすればセジウムの使者が此方に向かって来てますよ」



 リーゼロッテの言葉を受けて、その場にいる全員の視線が近付いてくる儀仗用のローブに身を包んだ一団に向けられる。

 先頭を歩く魔法使いの首からは白のチェーンに繋がれた賢者の石が下げられており、ステータスには〈白の魔塔主〉という肩書きが表示されていた。

 今日話しかけてくるにしてもパーティーの終わり間際だと予想していたが、結構大胆な人のようだ。

 何を言ってくるつもりかは分からないが、最大限の利益を得られるように努力するとしよう。


 

 


☆これにて第七章終了です。

 リオンの様々な飛躍に繋がる章でしたが如何だったでしょうか?

 今章の途中から更新間隔を変更したので、執筆時間には余裕ができたのですが、やはり今後の展開や内容に頭を悩ませるのは変わりませんね。

 特にエスプリとの戦闘の中身には結構悩まされましたが、良い塩梅に出来たかと思います。


 次の更新日に七章終了時点の詳細ステータスを載せます。

 八章に先行して称号には六大精霊関連のモノを記載していますので、良ければご確認ください。


 八章の更新はいつも通りステータスを掲載する次の更新日の、その更に次の更新日からを予定しています。

 八章では色々と周囲の情勢が動く予定です。

 引き続きお楽しみください。


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 どうぞよろしくお願い致します。


 


 

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