第165話 食糧事情



 ◆◇◆◇◆◇



 神迷宮都市アルヴァアインの南東エリア。

 そこのアルヴァアインを囲む外壁近くにはスラム街が形成されており、外壁に近ければ近いほど貧しく治安が悪いエリアになっていた。

 つまりは全体的に土地代が安いエリアということになる。

 前々から目をつけていたエリアであり、治安面を改善でき次第買収に向けて動く予定だ。



「ちゃんと列になって並びなさい」


「順番を守れないヤツには配給は無いからなぁ」



 南東部の大通りに隣接する小さな通りの広場にて、ドラウプニル商会の警備部門の従業員達の声が響き渡る。

 彼らの声に従って、炊き出しにやってきた者達が三つある列のいずれかの最後尾に並んでいく。

 時折現れる順番を守らずに横から入ってくる者が物理的に排除される以外は、比較的平和に炊き出しが進む。

 掌握した裏社会の一部を使って噂という形で事前に告知したからか、炊き出しに並ぶ者達の数は多い。

 日雇い仕事にあぶれた貧困層の子供や老人達だけでなく、駆け出し冒険者の少年少女達までもが並んでいた。

 食べることもままならないほどに貧しいようで、貧困層の住民に負けず劣らず炊き出しの料理に目を輝かせている。

 

 炊き出しの料理は露店も含めた飲食店に配慮して大したモノは用意していない。

 ただし、人寄せを兼ねた炊き出しであるため教会などで実施されている分と比べると多少豪華ではある。

 ダンジョンの低階層でも大量に入手できるような素材を使っており、一食分のコストを他所のと然程変わらないレベルに抑えつつ具沢山を実現している。

 ダンジョンで採れる硬い木の実の殻を真っ二つに割って作った容器には、出汁と具を兼ねた魔物のスジ肉と葉野菜のスープを、その木の実が生える樹の葉っぱを折った器にはイモ系穀物を潰したモノを盛っている。

 調理の容易さと満腹感を重視したので、個人的には味は微妙なのだが、食べた者達は皆満足そうな表情だ。

 

 

「やはり高いんだろうな」


「何がでしょうか?」


「食材関連の価格の話だよ。都市内の人口密度の高さと、働き盛りで食べ盛りな冒険者が多い土地柄もあって、帝都よりも需要があるから価格が高めだ。貧困層や金の無い駆け出しには手を出し難いレベルでな」



 中央方面から伸びる大通り側にある炊き出しの調理場にて、エリンと共に食材を切りながら雑談を交わす。

 仲間内だと他にもセレナが炊き出しの場にいるのだが、彼女は少し離れたところでイモを潰している最中だ。

 他のリーゼロッテ、カレン、マルギット、シルヴィアの四人はドラウプニル商会本店で女性向けの新商品の選考会に参加していてこの場にはいない。

 生まれながらの貴種である四人がこの場にいたら無駄に注目を集めていただろうが、今のところは大した混乱が起こることなく第一回目の炊き出しは進行している。

 今はダンジョン探索から帰還した後の休息期間なのだが、皆暇を持て余しているようだったので、人手不足の商会の手伝いを頼んでみた。

 彼女達にとっても良い暇つぶしになるようで、二つ返事で承諾してくれた。


 初回だから念のため参加したが、この様子だと俺が常に参加しなくても大丈夫だろう。

 今日炊き出しに並んだ者達のピックアップは済んでいるが、次回は更に人が増えるだろうから、次の炊き出しまでは参加した方がいいかもしれない。



「……農作物関連に手を出すのも良いな」



 ダンジョンによってアルヴァアイン食糧自給率は高いものの、その内の農作物に関しては少し低い。

 これは、美味で高価な農作物が収穫できるエリアがダンジョンの中層以降にあるのと、一般的な農作物が収穫できる上層エリアには魔物がいる上に買取価格が安いからだ。


 中層以降の農作物は高価ではあるが、奥地にあるため移動に時間がかかるので、大抵の場合は探索目的を農作物のみに絞らなければならなくなる。

 加えて、魔物素材と宝箱の財宝の回収が一般的な冒険者の感性からすると、農作物回収のみというのが人気が無いのは当然なのかもしれない。

 入り口に近いエリア帯で収穫できる一般的な農作物に関しては、魔物と戦ってまで回収しに向かうメリットがない上に、アルヴァアインの外から比較的安定供給出来ているため需要が低く、危険度と収入の両面からしても割に合わないので、奥地以上に人気が無かった。

 まぁこっちのほうも、冒険者になってまで農民の真似事をしたくないから、というのが一番の理由なのだが。


 奥地の高級農作物はまだしも、入り口付近の一般農作物に関しては商会の迷宮事業やクラン活動の一環として、レベル上げがてら収穫させるつもりだ。

 だが、それはまだ先の話だし、アルヴァアイン内の食糧価格を下げるほどの供給量はない。

 となると、地上で大規模農業でも行うのが理想的なのだが、そのための広大な土地が無いのが現状でもある。

 


「スラム街の土地は別のことに使いたいけど……予定より買収する土地を増やすか?」



 横にいるエリンに聞かせるように声に出しながら考えを纏めていく。

 農作業はスラム街の老人達などの働き口が無い者達やゴーレムを使えばいいし、農地開墾のための区画整理はメリットの数々を語り聞かせれば、代官のクロウルス伯爵は説得できるはずなので、その費用は行政府に出させることも可能だろう。

 農作物の供給量が急激に上がると値崩れするだろうが、そんなことはやるつもりはないので多少安くなる程度に落ち着くと思われる。

 仮に予想以上に農作物の市場価格が下がるようなら、余剰分は市場には流さずに、収納物の時間が止まる俺の【無限宝庫】に保管していれば済む話だ。

 その余剰分は他国に輸出しても良いし、そのまま保管し続けて飢饉などへの備えにしても良いのだから、この事業では損失が出ることはない。



「前世ではあり得ない話だな。まさにスキル様々だ」


「ご主人様だからこそ現実的な話になっているのだと思います」


「農地を枯らさないようにしたり、資金面のことを考えると、確かに他の者には難しそうだ。まだ構想段階だが、商会の大規模農園事業について、皆はどう思う?」



 一般農作物である葉野菜を切りながら、先ほどから耳を傾けている調理場の他の者達にも尋ねてみる。



「人手は基本的に現在のスラム街の方達なんですよね?」


「ああ、基本的にはな。他の区画にも個々の事情から働き口無い者もいるだろうし、単に農業をやりたいって者もいるだろうから、人手には困らないと思うぞ」


「管理側は商会の者達ですよね?」


「当然だ。作業員達の管理監督をしてもらうことになるだろう」


「警備はゴーレムですか?」


「夜間はゴーレムのみで、昼間は警備部門との混合体制の予定だ」


「福利厚生はどのくらいのレベルなんです?」


「商会の一般従業員と同じだな」


「うわぁ。それって農家出身としては信じられないぐらいに破格の条件ですよぉ」


「そうなのか?」


「農民は自作農だったり小作農だったりですからね。日々の生活のためには福利厚生なんてものはありませんでしたよ」



 そんな一生が嫌だったから生まれ故郷を飛び出したんですけどねー、と元冒険者である警備部門の女性が笑いながら軽く話す。

 人を雇用して行う事業的な大規模農園自体が珍しい上に、超優良商会のような福利厚生まであるのは、彼女が知る限りでは初耳らしい。

 わざと下げる理由も無いし、基本給の方は商会従業員よりも低いのだから福利厚生のレベルはそのままで良いだろう。



「ふむ。特に問題は無いし、このまま事業企画書を作っておくか」


「支配人の顔がまた引き攣りそう」


「アレは会長に頼られて喜んでるのよ」


「ヒルダさんもだけど、幹部の人達って大変なんだね」


「ウチ頭使わない仕事で良かったわぁ」


「アンタはもう少し使いなさいよ」



 俺の思いつきによる新たな事業計画はヒルダ達の心身にダメージを与えるかもしれないが、その分だけ高給取りなのだから頑張ってもらおう。

 まぁ、働かせ過ぎな気もしないでも無いので、これまでの労いも兼ねてヒルダ達幹部娘それぞれの頼みを俺に可能な範囲で叶えてやるのも良いかもしれないな。

 この大規模農園事業の企画書を渡す時にでも伝えておくとしよう。



 ◆◇◆◇◆◇



 本体のほうで次の事業展開について思案している頃。

 ダンジョンエリア内で商業活動を行うオーズという名の分身体のほうは、周囲の視線を集めながら巨塔のエントランスエリアを歩いていた。

 【盗聴ワイヤタッピング】で聞き取った人々の会話内容によると、二日前に告知したばかりだが、ちゃんとオーズが何者かは冒険者達に周知できているようだった。



「我ながら人気者だな……」



 総合能力ステータスが本体と比べて弱体化していても、その能力値はSランク冒険者に遜色ないレベルを維持している。

 常人を逸脱した感覚機能は、他人の視線や感情をしっかりと感知し拾い上げてしまうので、正直言って煩わしい。

 ドラウプニル商会所属とはいえ、肩書きが一商人であるため、本体の時に向けられる視線とは中身が異なっているのも理由の一つだ。

 自分で整えた状況に自嘲混じりの不満を漏らしつつ、ダンジョンエリア入り口である巨大門に向かう。


 現在の〈迷宮商人〉オーズとしての姿は、アークディア帝国内では珍しくない人類種である魔角族の青年姿だ。

 屋敷で働く魔角族のメイドから摂取した因子を使い、種族特性含めて【変幻無貌フェイスレス】で完璧に変装している。

 ドラウプニル商会のロゴマークである『黄金の円環と鐘』の意匠が大きく描かれた外套を纏っており、遠目からでもドラウプニル商会所属であることが分かるはずだ。

 それ以外は普通の平服に革鎧を身に付けているぐらいで、一見して剣や盾といった武具の類いを装備していない。

 腕環系魔導具マジックアイテムこそ装備しているが、一目でどんな能力を有しているか分からないため、武器のような威圧・牽制効果は期待出来ないだろう。

 オーズとしての容姿も本体とは違って優男風にしたのだが、あからさま過ぎたかもしれない。



「商人だから構わない気もするが……少し変えとくか」



 顔を変えるなら近距離での目撃者が少ない今のうちだろう。

 巨大門を通るタイミングで少し精悍さを増した顔立ちに変更してから、エントランスエリアからダンジョンエリアへと足を踏み入れた。


 特に目的地もなくぶらついて営業を行う予定だったが、せっかく現地にいるのだから、上層にある一般農作物が収穫できるエリア帯の確認でもするかな。

 商人として新たな商材を探すのは普通なのと、なんだかんだでダンジョンエリアに近いエリア帯の実地調査はこれまでしていなかった。

 本体の方でやろうとは思っていたが、どんどん後回しになっていき今に至っている。



「ふむ。人が多いところを通って顔見せをしておくべきかな」



 既に発動していた【無表情ポーカーフェイス】【礼儀作法】に加えて、【親愛】【友愛なる心証】の二つも追加発動させると、擦れ違う者達に愛想良くしながら、出入り口である第一エリアから人気エリア帯へと移動した。



[経験値が規定値に達しました]

[スキル【交感】を習得しました]


[スキルを合成します]

[【盗聴ワイヤタッピング】+【聴取】=【地獄耳】]




 

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