第159話 アルヴァアイン支部のギルドマスター
◆◇◆◇◆◇
二回目の巨塔ダンジョン探索から帰還して二日が経った日の昼過ぎ。
昼前に屋敷にやってきたギルド職員からの伝言を受けて、俺は一人で冒険者ギルドに来ていた。
ギルドに来るのはダンジョンからの帰還時に、二大クランのマスターから受けた討伐依頼の達成報告などをしにギルドに寄った以来なので二日ぶりだ。
「ーーエリアボスの変化、いや新生というべきかしら。不人気エリアのボスとはいえ、ここまでガラッと変わられると挑戦者からしたら最悪よねぇ」
二日前に討伐依頼の達成報告とともにギルドに提出した、巨大魔蟻と人型魔蟻という同一個体かつ別の肉体という稀有な二つのエリアボスの死骸を見上げているのは、この神迷宮都市アルヴァアインの冒険者ギルドのギルドマスターだ。
二メートル近い長身に、白紫色の髪と金色の瞳、一対の黒い鬼角を額から生やした、鬼人族の上位種である天鬼族の美女の名前は、ヴァレリー・シュヴェーア。
ギルドマスター職に就いた時に現役を引退しているので数には数えられていないが、アークディア帝国の元Sランク冒険者だ。
ギルドの仕事で遠方へ出張していたため俺がアルヴァアインに来た時にはいなかったが、昨日の夕暮れ頃に戻ってきており、今日初めて顔を合わせて挨拶を交わした。
彼女はSランク冒険者時代に〈重葬拳鬼〉という二つ名を与えられており、伝え聞く戦闘スタイルにピッタリなので二つ名自体に違和感は無い。
だが、彼女が現役を引退してから行なっている婚活が全く上手くいかない理由の一つでもあるため、彼女の前でこの二つ名に触れるのは
「やっぱり人型の方が手強かった?」
「ええ。指揮と兵力生産の複合型である巨蟻型とは違って、まさに戦闘のみに特化させたような力でした。Aランク冒険者のみでの討伐が不可能なのは勿論ですが、普通のSランク冒険者なら最低でも複数人は必要な強さだと思いますよ」
「でも、リオンは一人で倒したのよね? しかも無傷で」
「まぁ、自分は
「んー、確かに同じ上級の帝都のジジイなら一人で倒せそうだけど、全盛期はまだしも、今だと無傷はどうかしらねぇ……まぁ、そのあたりは若さと装備と能力の違いか」
ヴァレリーが言う帝都のジジイというのは、俺を除けは唯一のアークディア帝国所属の上級Sランク冒険者であり、帝都本部のギルドマスターであるヴォルフガングのことだろう。
聞いた話では、本来ならばギルドマスターになる際には現役の冒険者ならば引退するのが普通なのだが、ヴォルフガングは帝国唯一の上級Sランクであったため、国力の都合上から引退したくても引退出来なかったんだとか。
ただ、上位種兼長命種の基準から見ても既に老体なので、近年ではギルドマスターとしての仕事しかしておらず、実質的には現役を引退しているようなものらしい。
「まぁ、それはいいとして。問題なのは再出現するエリアボスが一体どちらのタイプになっているのか、という点なのよ」
「これまで一度も新生しなかったということは無いと思うので、また元の巨蟻に戻っているのでは?」
「そうかもしれないし、そうじゃないかもしれない。少なくともギルドで管理している資料の中には、魔蟻のエリアボスが新生する能力を持つなんて情報は無かった。だから今回初めて行使した能力の可能性は捨てきれないわ」
確かに、魔蟻のエリアボスことベルレギナは特別戦利品が良いわけでも無い上に、その支配エリア自体も攻略しやすいエリアとはとても言えないほどに難易度が高い。
配下の魔蟻達の数も多いことも踏まえると、これまでにベルレギナのところにまで到達した冒険者の数はかなり少ないだろう。
「リオンの分析では最低でもSランクが複数人必要なんでしょう? 元々がSランク一人とAランクが十人近くいれば倒せる程度の強さだったから、ここまで強さに差があるなら調査をしないわけにはいかないわ。ということで、Sランク冒険者リオン・エクスヴェルには、冒険者ギルドから指名依頼を出させてもらうわね」
「話の流れから予想はしていましたが……魔蟻のエリアボスに変化があるかどうかの調査ですか?」
「そうよ。ちなみにこっちが報酬とか細々とした依頼内容ね」
ギルドマスター付きの秘書から手渡された依頼書に目を通す。
あくまでも調査だからか、討伐依頼と比べれば報酬は安い。
ただ、調査対象であるベルレギナを討伐するかどうかは自由な上に、指名依頼であり危険なエリアボスの調査依頼という観点からギルドへの貢献度もかなり高いため、クランランキングを上げるには有益な依頼だ。
うん。特に断る理由はないかな。
「これで構いません。エリアボスが再出現した頃に確認に向かいます」
「ありがとう、よろしくね。っと、これで用事は済んだわよねぇ……」
ヴァレリーが何やらソワソワとした様子で、人型のベルレギナの死骸と俺を交互に見ている。
百八十台の俺が見上げるほどに長身なヴァレリーだが、今の姿はなんとなく小動物感が漂う。
「どうしました?」
「……この魔蟻の素材って全て引き取るのよね?」
「まぁ、そうですね」
俺のスキルで具現化した剣だけでなく、配下である他の魔蟻を捕食したからか、人型のベルレギナの肉体には全体的に変異が起こっていた。
その変異した肉体は、まさに希少な素材と言えるため色々と利用価値がある。
前例の無いと思われる事象ということで、調査のためにギルドに一時的に提出はしたものの、今のところは売却する予定は無い。
「この両方の魔蟻の甲殻の強度の差を調べたいんだけど……一、二枚売ってくれない?」
「……ギルドマスター。また殴って確かめるつもりですか?」
ヴァレリーの発言を聞いた秘書が呆れたような声音で確認をとると、ヴァレリーは秘書から顔を逸らした。
「殴る、ですか?」
「はい。ギルドマスターには珍しい魔物素材を見ると、殴ってその強度を確かめたがる悪癖があるのです」
「悪癖じゃないわよ!? 私はギルドマスターとして希少な魔物に関する情報を集めようと、身を持って調べようとしているだけよ!」
「……そういうことをしているから逸話に信憑性が増して、全く縁談が纏まらないのでは?」
「何ですって!?」
掴み掛かってくるヴァレリーの手をヒラリと避ける秘書。
本気ではなくじゃれ合いのようなモノとはいえ、ヴァレリーの手から逃れる動きからして、この秘書も只者ではないようだ。
それでも元Sランク冒険者からは逃れられず捕まりそうになるが、魔法で障壁を張って防いでみせた。
「事実です。ところで、今日初めて会ったばかりのエクスヴェル卿の前では大人しくしているのではなかったのですか?」
「アンタの所為でしょうが!」
「殴るための甲殻が欲しいなどと女子力の無いことを言うからです。エクスヴェル卿はこんなことを言う女性はどう思います?」
障壁に掴み掛かるだけで障壁全体に亀裂を入れるヴァレリーの姿に冷や汗を流しながら、秘書が俺へと話題を振ってきた。
「まぁ、元冒険者でありギルドマスターならば、そんなことを言ってもおかしくはないのでは?」
「ほら、おかしくないって言ってる!」
「言葉を濁されてるだけじゃないですか」
女二人の姦しい言い争いを放置して、二つのベルレギナの死骸から甲殻を一枚ずつ剥ぎ取っていく。
軽く叩いてみた感じだと、強度の差は三倍ぐらいだろうか。
魔力との親和性にも差があるから、防具系の素材に使った場合は、完成品では更に防御力に差が開くことになりそうだ。
一通りの調査は終わっているそうなので、ベルレギナの二つの死骸を【無限宝庫】に収納してから、ヴァレリーに声を掛けた。
「これでいいですか?」
「そうそうコレコレ。買い取りは二つ合わせてこの金額でいいかしら?」
「はい。それで構いません」
代金として一枚百万オウロである蒼銀貨を二枚提示してきたので、首肯して受け取った。
エリアボスの素材であることと、片方の希少性から甲殻二枚なら大体それぐらいだろう。
「では、そろそろお暇させていただきます」
「今日はありがとうね。また珍しい魔物素材が手に入ったら持ってきてくれると嬉しいわ。あと、調査依頼もよろしくねぇー」
ベルレギナの甲殻を抱き締めた状態で手を振るヴァレリーと会釈する秘書に見送られて、ギルドを後にした。
◆◇◆◇◆◇
「……まぁ、噂は大体合ってたな」
実際の戦闘力を見てみたい気もするが、神迷宮都市の冒険者ギルドの長という立場だと難しそうだ。
ま、機会と時間があればダメ元で手合わせを願ってみるとするか。
「ん、あれは……あの時の子供か」
屋敷に向かって歩いていると、視界の端で何かを抱えた見窄らしい姿の子供が路地裏へと走っていくのが見えた。
どうやら、以前初回探索に向かう俺にスリを仕掛けてきた子供のようだ。
アレからも変わらずスリで生計を立てているらしい。
「……今日は時間もあるし、直接見に行くか」
アルヴァアインの方々に放っている眷属ゴーレムが集めている情報から、大体の事情は知っていたが直接は見ていない。
あれから十日とちょっと経つが、時季的にもそろそろ動き出す必要があったのでちょうど良い機会だ。
介入の理由なんざいくらでも作れるし、公的な理由もこないだダンジョン内で拠点開拓部隊を助けた報酬として貰えば解決するだろう。
「治安も良くなるし行政府からしても渡りに船だろうしな」
【意思伝達】でドラウプニル本店の支配人であるヒルダに、行政府にアポイントを取るように連絡をしつつ、【神隠れ】を発動させてからスリの子供の後をつける。
スリの子供を追ってアルヴァアインの南東部に向かうにつれて、段々と周辺の治安が悪くなっていく。
そんな悪環境な路地裏の中を子供は慣れたようにマシな道を選んで駆け抜けていっている。
時折、道を引き返す時もあるが、その時は進路上の先に何者かがいる場合なので、おそらくは普段はこの道にいない者がいたから用心のために避けたのだろう。
実際、その何者かを【審判の瞳】で視てみると魂が黒かったので、重犯罪行為を重ねた悪人なのは間違いなく、近くを通らなかったのは正しい判断だ。
「最低限の危機察知能力と直感力はありそうだな……運に関しては微妙だが」
「ぐ、げっ、がはっ」
スリの子供が避けた重犯罪者の首と身体を【強欲王の支配手】で締め上げながら独り言ちる。
道を引き返したのはいいが、その動きがこの男の興味を引いてしまったらしく、スリの子供の後をつけようとしていたので、目の前を通った時に捕まえておいた。
誰が見てるか分からない場所なため、身バレ防止のために全身を黒ローブで覆い隠し、【
捕縛行動に移り拘束し続けたことで【神隠れ】が解除されて姿が露わになる。
すぐ近くに俺が現れたことに男が驚きながら暴れているが、念動力による拘束は解けることはない。
「まぁ、偶々俺がいたことを考えると運が良いのかもな。そしてお前は運が悪い。あの子を追わなければ、そして俺がカルマダの情報を欲していなければ少しは長生きできたものを……」
「っぐ、がっ!?」
何かしらのスキルを使おうとしていたので腕を折って中断させると、男を人目が無い物陰へと連れて行く。
そこで暴食のオーラで血の一滴も残さず男を捕食し、強欲の力で記憶情報を奪い尽くした。
奪った男の記憶情報からカルマダについての情報を多少得たが、行動に移すにはまだまだ足りない。
今回得た情報を元に後で何人か捕まえることを決めつつ、【神隠れ】を発動させてから姿を元に戻すと、子供の後を再び追った。
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