第七章

第158話 エリュシュ神教国と神弓使い



 世界を見守る神々と神造迷宮を崇める宗教組織〈神塔星教〉。

 その信仰対象である神の数と、それぞれの神を信仰する信者の総数から世界最大規模の宗教であるため、一言で〈教会〉と言えば神塔星教のことを指す。

 そんな教会と敵対関係にある組織に〈ナチュア聖教〉という宗教組織が存在している。

 ナチュア聖王国発祥の偽りの神を唯一神として崇拝する宗教組織であり、その教義は簡単に言えば選ばれし民族であるナチュアの民を頂点に、その他の異民族や異種族を支配下におくのが当然というものだ。

 実際に存在する神々とその象徴たる神造迷宮を崇める教会にとっては不倶戴天の存在であり、撲滅できる機会を常に窺っていると噂には聞いていた。



『ーーだから、全体的に気合いが入っているのですね』


『大半の戦力を失っているという、まさに絶好の機会だからな。気合いも入るだろうよ』



 遠くに見える戦場では、神塔星教の総本山がある〈エリュシュ神教国〉の神教国軍とナチュア聖王国の軍隊が交戦していた。

 神教国軍を主に構成しているのは、戦闘・軍事系の神を拝する神殿から選抜された高位の神官や神殿戦士に聖騎士達だ。

 一方の聖王国軍は、神教国方面の国境部隊を主体に、各地に派遣されていた全ての部隊を合流させており、これはナチュア聖王国に残るほぼ全ての戦力だと言っても過言では無い。

 これらのことから、開戦前の時点からどちらに余裕があるかは一目瞭然だった。



『舞台を整えた黒幕としては、思ったように状況が動いている今の御感想は?』


『んー、まぁ嬉しいと言えば嬉しいかな?』


『煮え切らない答えですね』


『俺が特別に得するようなことでもないからなぁ……』



 以前、ナチュア聖王国のダンジョンを破壊するついでに首都で暗躍した際に、捕らえられていた異民族や異種族の者達を救出した。

 彼らと同様に捕まっていた神塔星教のエロい、じゃなくてお偉いさんらしき女神官も救い出したのだが、その際に「これからナチュア聖王国は大きく弱体化するからチャンスですよ」的なことを伝えてから、神教国の首都の近くに解放しておいた。

 元よりナチュア聖王国の首都は神教国から常に遠見系の能力で監視されており、その監視から齎された謎のアンデッドの軍勢に聖王国の首都が攻撃されているという情報と、俺に救出された高位の女神官をはじめとした神官達からの上層部への進言などがあった結果、今回のが実現したわけだ。


 聖王国の上層部は俺が大体断罪したものの、国民達は国教であるナチュア聖教の信者のままであり、まだ再興する芽がある状態だった。

 だからといって信者全てを滅ぼすのはやり過ぎだと思ったのと、邪教撲滅のために個人で動くのは面倒だったので、邪教撲滅と国民の救済にやる気を見せているところに任せることにした次第だ。

 そのため、俺にとって殆どメリットは無いので、どうしても曖昧な感想にならざるを得ない。



『それに、今回の主な目的はアレだしな』



 そう言って、俺からレンタルした【神隠れ】で姿を消しているリーゼロッテに、【意思伝達】越しに対象を指し示すイメージを送る。



『……神教国が抱えるSSランク冒険者の一人ですか』


『ああ。そして教会が保有する神器の使い手でもある』



 神教国の本陣から戦場の全域に向かって白い光の筋が次々と放たれているのが見える。

 その光の筋ーー神弓から放たれる光の矢に狙われた聖王国側の兵士達は、殆どの者は自分が狙われていることに気付くことなく矢に貫かれて死んでいた。

 極一部の者達は光の矢に反応し、回避を試みたり防御したりするものの、そのどれもが失敗に終わり命を散らしていた。

 神弓を射っているのは、神教国所属のSSランク冒険者であり、神塔星教に登録されている使徒達の最高位たる〈英雄使徒〉でもある、四十代ぐらいの外見の人族の上位種である戦人ヴァトラー族の男性だ。

 白と翡翠色の戦闘法衣と黒緑色の革鎧という軽装に、銀と翡翠色の神弓を携えている。

 神教国にはもう一人SSランク冒険者兼英雄使徒兼神器使いがいるのだが、古株なのは神弓使いの方らしい。

 エリュシュ神教国は、〈神器〉と呼称される神域ディヴァイン魔導具マジックアイテムを幾つか保有していると言われており、神器と担い手の数は公開されていないが、国を代表する神器使いの一人として、この男性の名も挙げられている。



『あれだけ強いなら、今回のことが無くても彼がいれば普通に勝てたのでは?』


『まぁ、勝つのは余裕だっただろうな。ただし、それだと国際情勢的にはSSランクを使って侵略行為を行ったという判断になってしまう。エリュシュ神教国の中立国としての立ち場が崩れてしまうから、今回みたいな開戦自体が不可能だっただろうな』


『となると……ああ、なるほど。リオンが救出した神官達や異民族に異種族の者達の存在が開戦できた大きな理由ですか』


『そういうこと。元いた場所がエリュシュに近い者達は、エリュシュの首都近くに纏めて送ったからな。神塔星教には相手の真偽を判断する神の奇跡もあるし、彼らの声はナチュアが行ってきた悪業の証明になるため、諸外国に向けての大義名分としては十分だ』


『だから本来そう簡単には参戦できないSSランクまで投入しているわけですね』


『人類を見守る神々を信仰する教会的には、自分達以外を人扱いしないナチュアはまさに邪教国家だからな。大義名分があるから、邪教の矛であり盾である国軍は、後の平定作業を円滑に進めるために、今のうちに出来るだけ削いでおきたいんだろうよ』



 助けた女神官の影に潜ませて神教国の中枢に侵入させた眷属ゴーレムからの情報によれば、初めは全ての神器使いを参戦させて邪教徒どもを一人残らず滅ぼす、という過激な意見も大真面目に出ていたらしい。

 そんな過激派もいれば穏健派もいるため、最終的には邪教の戦力は徹底して討ち滅ぼしてから、ナチュアの民に神塔星教の布教を行うという方針に決まった。

 後始末のために利用している俺が言えたことではないが、やっぱ宗教ってのは性に合わないな。



『気のせいでしょうか。何だか神弓使いがこちらを見ている気がするのですが……』


『確かに見ているな。何かがいるとは感じているみたいだが、確証は無いってところか』



 リーゼロッテが言うように、神弓使いが遠く離れた空にいる俺達の方に顔を向けていた。

 目だけは何かを探るように動いていることから、方角だけしか分かっていないのだと思われる。



『近くに潜ませている眷属が拾った側仕えとの会話内容によると、どうやら勘らしいぞ』


『なら、【神隠れ】が破られたわけではないのですね。人外クラスの直感力には困ったものです』



 現在、リーゼロッテは【主従兼能】によって俺から【神隠れ】【天空飛翔】【万里眼】【意思伝達】のスキルをレンタルして発動させている。

 俺もそれらのスキルを発動させて観戦していたのだが、勘で違和感を覚えられたらどうしようもない。



『生物ではない眷属ゴーレムには気付いていないみたいだが、生きている相手ならば隠れていても直感で気付く可能性があるということか。彼我のレベル差を埋めれば通じるかな?』


『レベル差というならば、もしかすると私に気付いたのかもしれませんので、先に向こうに戻ります。リオンはまだ観戦を?』


『ああ。攻撃を仕掛けてくるみたいだから、ちょっと体験してくるよ』



 聞こえてくる会話内容から、覗き見している輩がいる場所に牽制の一矢を放つそうなので、せっかくだからSSランク兼神器の一撃を迎撃できるか試してみることにした。



『言うまでもないことだと思いますが、あまりやり過ぎないように気をつけてくださいね』


『分かってるとも。すぐに戻るよ』



 俺の返事を聞くと、リーゼロッテは【万里眼】を【領域の君主】へと変更してから拠点へと転移して去っていった。

 その直後に神弓使いが光の矢を二発放ってきたことから、気付かれたのにリーゼロッテは関係無さそうだ。

 迫る光矢に対して、〈怠惰の魔王斧槍キングスロウス〉の【衰蝕破断】を発動させてから迎撃した。

 威力を減衰させてから断ち切られた二発の矢が光の粒となって消滅する。

 神器の能力により生み出された矢だとはいえ、基本能力らしき攻撃ぐらいならば伝説レジェンド級中位のキングスロウスでも対処できるようだ。

 強めの迎撃行動を取ったことで【神隠れ】が解除されたが、正体を隠すために全身鎧である〈怠惰の剛鬼鎧スロウストレングス〉を身に纏っているので身バレの心配は無い。


 昏い緑と金色の全身鎧姿の監視者の姿を視認すると、神弓使いはすぐさま次の矢を放ってきた。

 数瞬の間に射られた光の矢の数は最低でも百を超えている。

 怪しい風体なのは事実だが、ちょっと殺意高くないか?



「まぁ、いいか。奪い解けーー【強奪権限グリーディア】」



 【強奪権限】の超過稼働能力オーバー・アクティベート・スキル貪欲なる解奪手グリードリィ・デモリッション〉を発動させ、光の矢の弾幕の強奪を試みる。

 伝説級の武器の能力が通じたのだから、神域権能ディヴァイン級のユニークスキルである【強欲神皇マモン】の能力も通じるはずだ。

 直感に従って発動した【強奪権限】は、期待通りにその真価を発揮する。

 数百にも及ぶ光の矢の全てを分解してみせると、前方に翳した右手にその因子とエネルギーを吸収した。



[解奪した力が蓄積されています]

[スキル化、又はアイテム化が可能です]

[どちらかを選択しますか?]


[スキル化が選択されました]

[蓄積された力が結晶化します]

[スキル【弓神瀑撃】を獲得しました]



「これは美味しいな。おっと、おかわりか」



 狙い通りの戦果に満足していると、より強力な一撃が放たれてきた。

 量よりも質というべき、妖しく黄金色に輝く一矢を右手で分解しようとしたが、片手だけだと分解し切る前に着弾する気がしたので、キングスロウスを収納してから左手も前方へと翳した。



[解奪した力が蓄積されています]

[スキル化、又はアイテム化が可能です]

[どちらかを選択しますか?]


[スキル化が選択されました]

[蓄積された力が結晶化します]

[スキル【彼を滅する弓神の閃撃ディスヒ・アルク・オウラヴァル】を獲得しました]



 なんとなく両手に痺れたような感覚があったので軽く手を振っていると、神弓使いが本格的に戦闘行動に移ろうとしているのに気付いた。

 流石にこれ以上やると完全に敵対関係になってしまいそうだ。

 過ぎた欲で身を滅ぼしては元も子もない。



「スキルは名残惜しいが、ここらが引き時か」



 元々の目的であったSSランクの力量の確認も最低限確認できた上に、予定に無かった神弓由来と思われるスキルを二つも手に入れられたのだから良しとしよう。

 探知追跡阻害効果を持つ特殊な煙を生み出す自作の発煙魔導具を取り出して起動させる。

 自分の姿を白色の煙で覆い隠し、此方を真っ直ぐ見据える神弓使いに軽く会釈してから、【領域の君主】の能力で神迷宮都市アルヴァアインの拠点へと転移した。




 

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