第142話 アルヴァアインの二大クラン
◆◇◆◇◆◇
「ーーエリアボス三体とは凄い戦果だな。全員で倒したのか?」
背後から掛けられた声に振り返ると、そこには人族の進化先の一つである
燃えるようなオレンジ色の髪、鋭い目付きをした精悍な顔立ちは荒々しさを感じさせるが、その声音はとても穏やかだ。
後ろの方には彼の仲間らしき数十名の冒険者達がいるのが見える。どうやら彼のクランメンバーのようだ。
「いいえ。エリアボス達は俺一人で倒しました」
「……なるほど。噂に違わぬ強さを持っているようだな。俺は〈戦獣〉クランのマスターを務めている、Sランク冒険者ディルク・クティノスだ。噂の〈賢魔剣聖〉に直接会えて光栄だ」
「これはご丁寧に。私はヴァルハラクランのマスターをしています、Sランク冒険者リオン・エクスヴェルです。〈幻獣装躯〉クティノス殿のご活躍については耳にしていますよ」
「活躍?」
「最近、とある不治の病の特効薬になる希少薬草を巨塔内の辺境エリア帯で発見したそうじゃないですか」
「ああ、アレか。初めてみる薬草だったから持ち帰ったら、偶々特効薬だったというだけだよ」
「ご謙遜を。頻繁に魔物が討伐され各種情報も多い主要エリア帯とは違って、辺境エリア帯は情報も少ない危険地帯と聞きます。そのような場所から未発見の資源を無事に持ち帰ったのですから、誇られてもいい実績だと思いますよ」
「称賛の言葉は有り難いが、クランの実績としては些か弱くてな」
「そうなのですか?」
「ああ。他所の神迷宮都市でも同じかは知らないが、アルヴァアインにおけるSランク冒険者が率いるクランの活躍と言ったら、やはり第一に魔物の討伐実績だ。その点、我が戦獣クランの最近の討伐実績は今ひとつだからな」
ふむ……ディルクの背後にいるクランメンバー達の悔しそうな表情を見る限り、どうやら事実らしいな。
「そうでしたか。ところで、用件は挨拶だけでしょうか?」
「いや、挨拶以外にも用はある。実はーー」
「おや? 戦獣の皆さんも来ていたのですね」
「……チッ。やっぱり来やがったか」
ディルク達に声を掛けてきたのは、艶のある赤髪に一対の黒角を持つ、魔人種魔角族の進化先である天魔族の男性だった。
二十代後半の敏腕若手社長といったイメージがピッタリな爽やかな顔立ちには微笑を浮かべており、意識してか余裕のある雰囲気を纏ってから此方に歩み寄ってきた。
「リオン・エクスヴェルさんですね。〈焔輝〉クランの代表を務めております、ヘルムート・エルプティオと申します。そこにいるのと同じSランク冒険者です。お話を途中で遮ってしまい申し訳ありません」
「いえ、構いませんよ。ヴァルハラクランのクランマスター、リオン・エクスヴェルです。〈爆焔焼魔〉の二つ名に相応しい殲滅力の魔法が使えるそうですね?」
「エクスヴェルさんほど多彩な魔法が使えるわけではありませんが、爆炎系の魔法でしたら自信があるつもりです」
「おい、ヘルムート。人が話しているのに横から入ってくるとは、随分と焔輝は礼儀がなってないらしいな?」
「心外だな。礼儀は弁えているとも。ただ単にキミが本題に入るのが遅いだけだろ?」
「そういえばクティノス殿も俺に用事があるようでしたが、エルプティオ殿もですか?」
「ええ、そうです。ああ、それと、同じSランク冒険者でありクランマスターなのですから、私のことはヘルムートと呼び捨てで構いません。私もリオン殿と呼ばせていただきますよ」
「コイツと同じ意見なのは業腹だが、俺のこともディルクと呼んでくれ。口調も楽に喋ってほしい。コイツの口調はこれが素だから気にするな」
「……まぁ、そういうことなら、同じ立場ということで楽に喋らせてもらいましょう。それで? アルヴァアインの二大トップのクランのマスター二人が俺に何のご用件で?」
アルヴァアインに数あるクランの中でも特に有名なクランが戦獣クランと焔輝クランだ。
共にクランマスターがSランク冒険者であり、俺がこの世界に来るよりも前からアルヴァアインで活動している。
そんなツートップクランのマスターが俺にわざわざ会いに来た理由についてだが、二つほど考えられる。
一つは自分のクランへの勧誘という可能性だが、これは俺が既に自分のクランを立ち上げているため、思いつきはしたが可能性としてはほぼ無いだろう。
残る一つの可能性だが……まぁ、製作依頼かな?
「俺の用件についてだが、リオンのドラウプニル商会所属の武器職人ヴェルンドに依頼をしたくて声を掛けさせて貰った」
「私の用件も同じですね。先日からドラウプニル商会の店頭に飾られている
〈ヴェルンド〉という名は、俺の世間一般向けの職人用ビジネスネームだ。
皇帝ヴィルヘルムや皇妹レティーツィアなど一部の者達には、俺が
国内外から製作依頼が直接殺到するのを避けつつ、高位の武具製作や修復によって大金を稼ぐために用意した偽名だ。
商会員には、一部の顧客に対してのみ俺が唯一の取引窓口だと教えるように指示を出している。
今回ヴェルンドの名が表に出たキッカケだが、ヘルムートが言ったように商会の店頭に並べられていた複数の武具が原因だ。
メイザルド王国との戦争から俺が帝都に凱旋したタイミングで、アルヴァアイン本店の店頭に自作の武具を並べさせた。
ドラウプニル商会のトップが無事に帰還したことを祝って、という名目で商会専属職人であり展示物の製作者であるヴェルンドの名前とともに、
帝国軍が帝都に凱旋した日のミーミル社アルヴァアイン支部発行の朝刊にて告知した結果、商会本店には連日多くの人々が七点の武具を観に訪れていた。
その中にはSランク冒険者であるディルクとヘルムートもいたようで、製作者について質問されたと対応した幹部娘達から報告が上がっていた。
Sランク冒険者ならば、ダンジョンからこの等級の武具を手に入れることも出来るだろう。
だが、叙事級はボス級魔物討伐時に出現する宝箱からしか手に入らない上に、必ずしも叙事級のアイテムがあるわけでもない。
しかも、その武具の種類や能力は完全にランダムであるため、彼らが望む仕様の物が手に入る確率は低い。
入手したアイテムを売却し、他者が同じように売却したアイテムの中から自らに合うアイテムを探して購入するというのが、高位の装備品の一般的な集め方になる。
「Sランク歴が長いお二人なら、叙事級を作れる職人との繋がりがあるのでは?」
「リオン殿。私が知る限りでは、叙事級の武具を作れるほどの腕前の職人は、大陸内には片手の指で足りるほどしかいません。そしてその全てが国や個人の専属職人の地位に就いています。ヴェルンド殿もドラウプニル商会の、いえ、リオン殿の専属職人だと言えるでしょう。なので、彼らに製作依頼をするとなると、先ずその雇用主や所属国家との交渉を始めとした幾つものハードルを越えなければならないのです」
「コイツが今言ったように叙事級が作れるレベルの職人は超希少だ。そして俺らにはそんな国外の職人とのコネは無い。各々付き合いのある職人はいるが、どっちも遺物級が作れるかどうかの腕前止まりだ。叙事級の武具を修復するぐらいなら出来るが、それも完璧じゃない。一から作るに至っては無理だそうだ」
そういえば、似たような話をレティーツィアから聞いたことがあったな。
今は俺がいるが、以前はレティーツィアが使用している
伝説級の武具の修復ほどの難易度では無いだろうが、国家間の軍事バランスにも繋がるような叙事級武具の製作を、国外の職人に依頼するのが容易では無いことは想像に難く無い。
その点、俺こと謎の職人ヴェルンドはアークディア帝国内の商会所属である分だけ、製作依頼を出すハードルは一気に下がる。
唯一にして最大の壁は、同じSランク冒険者でありクランマスターの俺ぐらいだ。
まぁ、ヴェルンドが俺のビジネスネームだと知っている者達からすれば、少し滑稽に映るような状況だが。
「ドラウプニル商会の店頭で製作された叙事級武具を見た時は驚いたな。そんなダンジョンから手に入るアイテムにも劣らない完成度の武具が、普通に透明のガラスケースに納められているのを見た時は、一体何の冗談かと思ったぞ」
「あれは見た目以上に強度があるから問題ありませんよ。他にも色々対策をしているのでセキュリティは万全です」
「まぁ、Sランク冒険者がオーナーの店で強盗を行う命知らずはいないと思いますがね」
それが少し前にいたんだよなぁ……まぁ、当時は俺が戦場に向かっていたというのもあるんだろうけど。
今は俺自身がアルヴァアインにいるから抑止力になっているようだが、明確にアルヴァアインを離れているタイミングで動く可能性がある輩はチラホラといる。
人の目が無い営業時間外には特別な警備員が店内を徘徊するようになっているため、仮に展示物狙いの強盗が侵入したとしても、何の問題もなく対処することが出来るはずだ。
「では、二人とも製作依頼ということで間違いありませんね?」
「ああ」
「ええ」
「依頼を受けるか否かは内容次第ですが、この場で詳細を尋ねるのは不適切でしょう。後日、店舗の方で聞かせて頂こうと思うのですが、直近の予定で都合が悪い日はありますか?」
「俺は明日から三日は時間が取れる」
「私は明後日と明明後日は都合が悪いですね」
「ヘルムートは明日、ディルクは明後日の昼過ぎに本店にて話を聞こうと思いますが、構いませんか?」
「問題無い」
「大丈夫ですよ」
「では、昼過ぎ最初の鐘が鳴る頃に本店にいらしてください。従業員には話を通しておきます」
「当日は秘書を連れてきてもいいだろうか?」
「一人までなら同伴を許可しましょう」
それから少し話をしてから、ディルクとヘルムートは各々のクランメンバーを引き連れて去っていった。
「レベル的には私よりも少し上といったところですか?」
二人と話をしている間は我関せずの姿勢で少し離れたところにいたリーゼロッテが、近くに寄ってきて開口一番、彼らの力量をそう判断していた。
「それぐらいだな。成長系スキルが無いからそんなもんだろう。それなりに長くSランク冒険者をやっているようだから、伝説級の武具の一つぐらい身に付けていると思ったが、そうじゃないんだな」
「まぁ、こればかりは運ですから。伝説級や叙事級は資金と実績があれば手に入る物ではありませんし、手に入っても自分の戦闘スタイルに合わない武具であることだってあるでしょう」
「それでも、神迷宮都市にいるのに全ての装備を叙事級で揃えられていないのは予想外だがな。俺がダンジョンから戻ったのに合わせてやってきたのも納得だ」
「更に上を目指すためには、装備を整えるのは必須事項でしょうからね。ま、リオンがいる私達にはあまり関係ありませんが」
「ふむ。トップクランのマスターでこれなら、それより下の冒険者達の装備事情はお察しだな……金の匂いがするな」
「つまり、いつも通りですね」
「まぁな。さて、ちょうど査定が終わったようだから窓口に行こうか」
「はい」
それから素材を売ったりキープしたりしてから屋敷へと帰宅した。
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