第六章
第126話 凱旋
「「「アークディア帝国、万歳!!」」」
「「「皇帝陛下、万歳!!」」」
よく晴れた青空の下、帝都エルデアスの大通りの沿道からアークディア帝国と皇帝ヴィルヘルムを讃える歓声が上がっている。
帝都外壁の東門から皇城まで続く大通りを往くのは、国軍と貴族諸侯軍などの混成軍である帝国軍だ。
現在、隣国メイザルド王国との戦争に勝利した帝国軍による凱旋パレードが行われており、沿道から溢れんばかりに集まっている人々からの歓声と、宙に舞う色取り取りの紙吹雪が、帝都に帰還した帝国軍を歓迎してくれている。
全兵士が参加するとなると人数が多すぎるので、実際にパレードに参加しているのは帝国軍の一部のみだが、その身に纏う戦装束と勇ましい佇まいは人々を熱狂させているようだった。
「凄い
「普段の帝都以上に人がいるみたいだな」
「近隣の町からも集まってるのかもね」
俺の背後にいるマルギットとシルヴィアが、今回の凱旋パレードを見に来た人の多さに驚いていた。
パレードのために用意された豪華な二階建て馬車の上部から、沿道に集まる人達に手を振りつつ背後の二人に話しかける。
「前もって、今日帝都で凱旋パレードが行われることを新聞で告知していたからな。新聞は近隣の町でも発行されているし、それが原因だろう」
「なるほど。リオンが原因だったか」
「宣伝していたのはウチの新聞社だけじゃないんだがな」
まぁ、最近の新聞の売れ行きトップはミーミル社の新聞みたいだから、シルヴィアの言うことも間違ってはいない。
合戦の舞台であるイスヴァル平原へ向かって帝国軍が帝都を発った時から、戦場までの道中に戦場での戦況、そして今回のパレードの告知に至るまで。
その全てを追いかけ、危険な戦地にて得た情報を発信し続けていたことが、発行部数がグンと伸びた理由の一端だろう。
特に、戦場にて聖剣を振るう皇帝ヴィルヘルムの勇姿を収めた写真を、新聞の一面にカラー掲載したのが大きかったようだ。
自分達が住まう国の君主の姿を知らない国民も珍しくなく、皇帝陛下の姿を見るために初めて新聞を購入した者も多いようだと、ミーミル社を任せている社長のメルルから報告が上がっていた。
大国の君主としての威容を示しつつ、偉大にして美しき建国帝と救国の勇者の子孫であることを証明する聖剣を振るう姿は、国民の心に強く印象付けられたらしい。
俺が乗る馬車の前方を行く同型の馬車にて手を振るヴィルヘルムを、人々は歓喜と崇敬の念を持って讃えていた。
「「「賢魔剣聖、万歳!!」」」
「「「リオン様ー!」」」
「「「若様ー!」」」
ヴィルヘルムに次ぐぐらいの頻度で俺の名前も呼ばれているので、その都度声の発生源に向かって手を振っていく。
【親愛】【上位種の威厳】【貴種の威光】などのスキルも発動させているので、名声に見劣りするような姿にはなっていないはずだ。
「リオンも大人気ね」
「まぁ、俺自身の戦果も新聞には載っていたからな」
新聞に記載した戦果は、戦場での味方の援護に、ロンダルヴィア帝国の機甲錬騎団の掃討、敵側Sランク冒険者三名の撃退、王弟の長子にして将軍であるグロムの討滅……とかだったかな。
メインとなるヴィルヘルムより目立つわけにはいかないため、細々とした戦果に関しては除いたものの、覚醒称号〈黄金蒐覇〉による能力値増大のためにある程度は掲載したのだが、客観的に見ても中々の戦果だ。
メルルが独断で載せた俺の特集記事も相まって知名度が一気に上がったらしい。
まぁ、ミーミル社は社長のメルルに任せているのと、ヴィルヘルム以上の注目度にならないように俺の写真は載せていなかったーーつまりは確信犯だーーので、軽く苦言を呈するだけにしておいた。
「というか、若様?」
「若き商会主であり、名誉公爵位でもあるからみたいだぞ」
若様呼びで思い出したが、今回の戦で知名度が上がったことによって、Sランク冒険者としての二つ名である〈賢魔剣聖〉以外にも、非公式ながら俺には渾名が付けられた。
元々呼ばれていた〈竜殺し〉に掛けて、同じ英雄級たるSランク冒険者を一蹴したことによる〈英雄殺し〉。
数多の魔剣を雨霰の如く放ち消費する戦法から付けられた〈千魔剣葬〉。
数多の魔弾を撃ちまくりながら騎馬で疾走する姿から付けられた〈魔弾王騎〉。
開戦初期の黒弓による援護射撃の様子から付けられた〈黒閃弓〉。
剣聖であることと、戦後の負傷者への治療行為を行なっている姿から付けられた〈剣の聖者〉……etc。
何というか……よく思い付くなぁ、というのが正直な感想だ。
全部人目がある中で使った力だから皆の記憶に残るのも分からんでもないが……二つ名は〈賢魔剣聖〉だけで大丈夫です。
一つだけ嬉しかったのは、惜しみない治療行為と人々の間に噂が広まったことによって、帝都へ帰還する途中で新しいジョブスキルを手に入れたことだ。
[特殊条件〈多人救済〉〈救済流布〉などが達成されました]
[ジョブスキル【
戦後に治療した人数が多かったのと、これまでも攫われた人などを救ったりしてきたことも加味されているんだろう。
称号〈救済の英雄〉があるため救いを求める者とはよく遭遇するし、救う方法があるのに見て見ぬフリをするのは気分が悪いので、結果的に人を救い続けてきた。
そう考えると、【聖者】を取得したのは、ある意味では必然だったのかもしれない。
「……そういえば、リオンは外見通りの年齢だったわね」
前を向いたまま【
マルギットとシルヴィアの二人は同年齢だが、俺とは外見と精神年齢はまだしも、実年齢に関してはわりと離れている。
今のステータスの年齢に前世の年齢分を加算したとしても、彼女達の方が年齢は少しだけ上だ。
実年齢と外見に差があるのは、長命種であればよくあることなんだが、女性としてはやはり気になるらしい。
「昔からよく老けてるって言われるからなぁ。逆に若様とか言われるのは正直新鮮な気分だよ」
「確かに、リオンって若者感が薄いよな」
「落ち着いていると言ってくれ、シルヴィア」
そんなたわいもない話をしながらも、終着地点である皇城に向かって進んでいった。
その後、皇城前にて宮廷貴族や官僚、留守を預かっていた近衛騎士団の一部や他の騎士団の騎士達などの出迎えを受けてから、凱旋パレードは終了した。
◆◇◆◇◆◇
凱旋パレードが終わると、遠征の疲れを癒すために、そのまま解散となった。
従軍した殆どの者達は、今日から数日の間は休暇が与えられる。
主要戦力ではあるが、あくまでも皇帝からの依頼を受けた身でしかない俺も当然ながら休みだ。
後日登城する必要があるが、それまでは好きに過ごすことが出来る。
「ーーでは、次の登城日は七日後の祝勝パーティーになるのですか?」
帝都エルデアスでの住まいである屋敷に帰宅して一息ついた後、二階のリビングにて寛いでいる俺の右隣に座っているリーゼロッテが直近の予定を尋ねてきた。
今はメイザルド王国との戦争に勝利したことを祝うパーティーについて話したところだ。
「いや、その前に護衛依頼の報酬の受け取りと、フェインを一度陛下に謁見させる必要があるからその付き添いのために、三日後と四日後に登城する予定だ。どちらも一人で行くから大丈夫だ」
「分かりました。念の為確認しておきますが、祝勝パーティーの際の同行者は私ですよね?」
「ああ。前もって城の方にも伝えてるし、変更は無いよ。追加で人を連れていくなら今のうちなんだが、エリンとカレンは本当に行かないのか?」
「お気持ちは嬉しいのですが、リーゼさんとは違って私達の社会的身分は低いので……」
「奴隷の身じゃ無くなったとはいっても、名誉貴族とかじゃないもんね」
うーん。確かに、場所的にも参加者的にも気後れするか。
「ご主人様に面と向かって言う者はいないと思いますが、国主催の祝勝パーティーの場に今回の戦に何も関わっていない平民の私達がいるのは相応しくないでしょう。ですので、お気持ちだけ受け取らせていただきます」
「まぁ、そういうことなら分かった。代わりというわけじゃないが、今日はエリン達が作ってくれた料理を楽しませてもらおうかな」
「はい!」
リーゼロッテとは反対の左側に座っているエリンと、近くの別のソファに座っていたカレンが示しあわせたように無言で頭を向けてきたので、促されるままに撫でておく。
久しぶりにゆっくりとエリンとカレンの二人を愛でていると、その様子を黙って眺めていたリーゼロッテが思い出したように口を開いた。
「三日後と四日後については分かりましたが、それ以外のご予定は?」
「んー、明日はちょっと遠出してくるよ」
「本体でですか?」
「ああ」
「行き先は?」
「ナチュア聖王国だ」
「今回の戦に参戦予定だった人族至上主義の国でしたか?」
「正確には、人族の中でも自分達の民族のみを特別視し、同じ人族の異民族や他種族を隷属することが当たり前な民族至上主義の宗教国家だな」
「うわぁ……ヤバそうなところね」
撫でられていたカレンが話を聞いて嫌そうな声をあげる。
他種族だけでなく、異民族ならば同じ人族すらも人間扱いしないのは誰が聞いてもヤバい宗教だと分かるだろう。
「そんなところへ何をしに行くのですか?」
「うーん、先々を見越して破壊活動をしに、かな?」
「疑問系ですね」
「まぁ、異民族である俺や、他種族であるリーゼ達、あとは拠点にしてるこの
同じ人族至上主義国家でもロンダルヴィア帝国は、ナチュア聖王国とは似て非なるスタンスを掲げている。
ロンダルヴィア帝国は人族優位の国ではあるが他種族も人間扱いはされるーー扱いに個人差はあるがーーし、実績を積めば他種族でも成り上がりが出来る実力主義の国家でもある。
その一方で、ナチュア聖王国は自分達の民族のみが神に選ばれた人間であり、異なる神を崇める異民族と他種族は人間ではないという教義の宗教を国教としている宗教国家だ。
ロンダルヴィア帝国の国是はまだ理解できるのだが、ナチュア聖王国の方は個人的にも世界的にも害悪でしかない。
別に何の怨みも無いが、存在自体が気持ち悪く不快な国なので、俺の快適かつ平和な生活を送る為にも今のうちに潰しておくのが良いと判断した。
「では、また暫く離れるのですか?」
少し寂しそうな声音で尋ねてくるリーゼロッテの肩を抱く。
「初動だけは本体でしときたいから、離れるのは明日の午前中だけだよ。後は分身体に任せて昼には戻るつもりだ」
「……リオンは働き過ぎです」
リーゼロッテの物言いに苦笑しつつ、宥める目的で彼女の頭も撫でておく。
「個人的な事情だし、能力的にも俺自身が動くのが最適だからな」
おかげで怠ける暇が無いから【
周りの安全と心情的な理由以外にも、ナチュア聖王国を攻める理由があるのだが、わざわざ説明するようなことでも無いので、それらに関しては語らずに、そのままゆったりとした時間を過ごした。
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