第116話 戦場への道中
◆◇◆◇◆◇
此度の戦争における戦力の半数を占めるのが貴族諸侯軍ならば、残りの半分はアークディア帝国の正規軍である帝国軍になる。
宣戦布告の五日後に帝都エルデアスを発った軍勢は、その殆どを帝国軍が占めており、職業軍人である彼らによる行軍は一般人の歩みよりも速い。
そんな帝国軍の主力は歩兵であり、当然ながら軍全体の速度は最も遅い歩兵に合わせる必要がある。
本来ならば遅くなるその歩みは、今回に限っては訓練時よりも軽やかだった。
「ふむ。想定よりも進みが速い。全体に
「恐れ入ります、陛下」
今回のために追加で発注された空間拡張式魔導馬車〈スパティウム〉の車内に併設された会議室にて、ヴィルヘルムから称賛の声をかけられた。
この車内会議の場には、今回帝都から出征した諸侯が全員集められており、スパティウムを攻撃でもされたらかなり危険だ。
だが、周りを近衛騎士団に護衛されながら常に移動しているのと、内部にも近衛騎士達が配置されていたりと、対策は何重にも取られている。
俺がこの場に呼ばれているのもその一環だ。
Sランク冒険者兼名誉公爵だからか、皇帝であるヴィルヘルムに近い位置に席を与えられており、いざとなったらこの場にいる者達を守る役割がある。
そのことを面白く思わない者もいるようだが、周りの目があるからか何も言って来ない……何か言ってきたら秘している醜聞を暴露してやったのに、残念だ。
「魔力炉による軍団魔法は戦場でのみ使うのが当たり前でしたからなぁ」
「魔力炉自体もですが、支援系軍団魔法の開発にもエクスヴェル卿が関わっているそうですな?」
「どちらもオリヴィア様や魔導研究所の方々が研究していたものに少し手を加えただけですよ」
他の貴族達からの称賛を受け流しつつ、街道を走る帝国軍全体を【千里眼】にて俯瞰する。
街道に沿って縦に伸びている出征軍の中には、魔力炉を積んだ荷車が等間隔になるように配置されている。
その魔力炉の周りの四隅には塔型の
今回発動された軍団魔法には、筋力強化、脚力強化、持久力強化、疲労軽減の四つの効果がある。
これらの
効力は本来の倍である二時間は保つため、その間の全体の行軍速度は向上し、結果、当初の予定よりも早く戦場に到着することができる。
「アドルフ、兵士達の様子はどうだった?」
「先ほどの休憩時に兵種別に兵士達の体調を確認したが、訓練時よりも余裕があるように見えたな」
「ふむ。ならば休憩時間を減らして距離を延ばすか?」
友人であり軍務卿であるアドルフ・ヴォン・アーベントロート侯爵からの報告を聞き、ヴィルヘルムがそう意見を述べるが、アドルフは暫し熟考してから首を横に振る。
「いや、やめておこう。軍団魔法による支援を受けての行軍は今回が初めてだ。今のところは大丈夫だが、後になって何らかの不調を訴える者が出ないとは言い切れん。だから、現状では兵士達の体調を鑑みて、休む時間は予定通りの方が良いだろう」
「なるほど」
「後で悪化する可能性があるならば、今のうちに距離を稼いでおくべきではないのかしら?」
「遅れているならそれもアリですが、今のペースでも当初の予定よりも大幅に距離を稼げています。慣れないうちから無理をさせては兵が潰れてしまいます。下手すれば本番で使い物にならない可能性があるので、現状ではコレが最良だと判断します、フォルモント公よ」
アドルフとヴィルヘルムの会話に横槍を入れてきたのは天翼人族のマキア・マルキス・フォルモント公爵だ。
戦場に向かうとは思えない蠱惑的なドレス姿で出席しているため、戦装束の者が多いこの会議の場ではかなり浮いている。
本人が醸し出す色香と大胆に開いた胸元などの肌の露出が多いため、室内の者達は否応にも視線が惹きつけられる。
その視線の先が顔か肉体かの違いはあるが、衆目を集めているのには変わりはない。
そういった俗物的な理由以外にも、フォルモント公の発言に皆の意識が向けられるのは、彼女自身の武力と国境を守護する兵力に裏付けされた権威故だ。
帝国の国境の中でも重要地点を守護する三公の一人の発言というだけでなく、フォルモント公は今回の戦場になる東部の守護者でもある。その意見を蔑ろにするわけにはいかないようだ。
俺が座っているちょうど向かい側にはそんなフォルモント公の席があり、その魅惑的な身体がよく見えていた。
ここは夜会ですか、と言いたくなるようなドレス姿の腰の辺りからは、折り畳まれた状態の天使の羽を彷彿とさせる翼が生えている。
常識的に考えれば、あの翼があるから腰や背中が露出している衣装なんだろうが……たぶん違うな。
まぁ、理由がどうあれ、男二人に左右を挟まれている現状では心のオアシスなので、そのエロい身体と美貌を自然な流れで視界に入れるようにしよう。
そんな雑念に思考を回していると、フォルモント公が此方に視線を向けてきた。
「エクスヴェル卿は開発に携わったのよね。この支援魔法の検証はなさったのかしら?」
「ええ、限られた時間の中で出来得る限り検証を行いましたところ、問題は何一つ起こりませんでした。ですが、各種族の年齢性別ごとの検証データを揃えるには時間が足りませんでしたので、開発者の一人としましては、私もアーベントロート侯爵閣下の意見に同意致します」
「そう。実際の開発者がそう言うなら、そうなのかしらねぇ。遮って悪かったわ。続けて頂戴」
「ゴホン。では、行軍と休息に充てる時間は現状のままでお願いする。進むのが軍団魔法の効果時間の間だけという点が気になる方もおられるかもしれないが、これもまた検証中ということでご理解いただきたい。今のままでも当初の予定よりも大幅に早く到着すること出来るため、敢えて無理をする必要はない」
軍務卿であるアドルフから念を押すように告げられた言葉に反対する者はいなかった。
議題であった軍団魔法とそれに伴う進行スケジュールの変更の周知が終わり、そのまま次の議題へと移る。
それから幾つかの議題を話し合っていると、【
「会議を中断して申し訳ありませんが、ご報告があります」
「敵か?」
「はい、陛下。街道の右にある森の中から真っ直ぐ向かってくる魔物の一団があります。数は百はいますね。動きがおかしいので、薬か魔法で誘導されたか、使役されている魔物だと思われます。このままの速度だと一分足らずで列の後方あたりに接敵するかと」
「アドルフ!」
「全体停止ッ! 右方の森より魔物の一団が接近中! 数は最低でも百体!」
アドルフが手元に置かれていた魔導具を操作してから声を発すると、馬車の外にも声が伝達される。
室内が僅かに揺れると乗っているスパティウムが停止した。【千里眼】で視るに軍全体も止まったようだ。
外で警備にあたっていた近衛騎士団団長アレクシアが指示を出しているのを【
「如何致しますか?」
「リオンの見立てでは軍は被害を出さずに撃退出来そうか?」
「確認出来る範囲内ではAランク魔物もいますので難しいかと思われます」
「Aランクか……では、リオンに任せよう」
「かしこまりました。では、失礼します」
貴族達の視線を受けながら退室し、軍用スパティウムから降りる。
「索敵班から報告が入りました。数は二百近いとのことです」
「分かりました」
「ご武運を」
「ありがとうございます。では、行ってきます」
馬車の外で待っていたアレクシアからの報告を受けてから地面を蹴り、一度の跳躍で兵士達の頭上を飛び越える。
街道と森の中間地点に降り立つと同時に、森に向かって聖剣デュランダルを数度振るう。
横向きに放たれた複数の斬撃は、先行して森の中から飛び出してきた狼系魔物達の身体を真っ二つにしていった。
「士気向上のためには派手にした方が良いんだよな。となるとーー」
狼系魔物に少し遅れて大小様々なタイプの魔物達が森の中から駆け出てきた。
先ほどまでマップ上の隣接するエリアにいた術者は、既に帯同していた魔法使いの転移魔法にて脱出している。
残って成果を監視している者はいるので、敵側にも伝わるような方法が良いだろう。
「ーーやっぱりコレだよな。『
戦術魔法により大地が隆起して形成された槍衾が、森の中から現れた百体以上の魔物達を下方から串刺しにする。
形成された大地の槍衾の穂先は、森の木々よりも高く突き出ており、その槍に貫かれて死す魔物の姿は遠くからもよく見えることだろう。
「「「ウォオオオオオーッ!!」」」
軍全体から聞こえる歓声を背中で聞きながら森の方を注視していると、森の入り口に作られた大地の槍衾を破砕しながら巨大な魔物が現れた。
ティラノサウルスのイメージが自然と湧くような形をした、深緑色の外皮で覆われた地竜系の亜竜〈
以前戦ったアンデッド恐竜に似ているので、おそらくはその生前の近縁種と思われる。
そんな亜竜が三体も現れたことで背後から聞こえていた歓声が止み、再び緊迫した雰囲気が漂い始めた。
「グルルルッ!」
「グォオオオオーッ!」
「グオッ、オォ?」
【狩猟神技】と【縮地】にて瞬時に距離を詰めると、一番手前のテラーフォルウスの太い首に向かって【首狩り】を発動させたデュランダルを振るった。
他の二体が気付く前に亜竜達の足元を駆け抜けながらデュランダルを更に二度振るっていく。
最初のテラーフォルウスの頭部が地に落ちると、数瞬後に他の二体の頭部も地に落ちていき、襲撃してきた魔物の殲滅を終えた。
[スキル【暴竜咆哮】を獲得しました]
[スキル【竜種の眼光】を獲得しました]
ズズンッという地響きを立てながら三体分のテラーフォルウスの胴体が倒れると、俺の姿が帝国軍からも見えるようになる。
静まり返っている帝国軍に対して、デュランダルを天に掲げて勝利を示すと、先ほどのを上回る爆発的な歓声が上がった。
「数が数だけに凄い声量だな……よっと」
帝国軍がいる街道側からは見えない左腕のみを使い、【無限宝庫】から取り出した適当な短剣を森の中へと投擲する。
【射出】された短剣は、【強欲王の支配手】によって精密操作されて森の木々を避けながら飛んでいく。
やがて、飛翔した短剣は監視者が乗る木枝の幹へと突き刺さった。
元々の勢いに【衝撃裂傷】も追加されたことで、短剣が突き刺さった大樹が耐えきれずに爆散する。
飛び散る木片の雨に降られながら、監視者は慌てて逃げ去っていった。
「これでバレていることに気付いた筈だから、二度目を起こす気は起きないだろう。起きたら起きたらで構わないんだけどな。さて、戻るか」
【
開いたままのアイテムボックスの収納空間に、他の魔物の死体を吸い込むようにして収納しつつ、兵士達に手を振り返しながら街道へと戻った。
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