第112話 ドラウプニル商会の事業展開
◆◇◆◇◆◇
「……凄い建造速度ですね」
「ん、ミリアリアか。もう時間か?」
「はい。お迎えに参りました」
「分かった」
ドラウプニル商会帝都支店を任せているダークエルフの美女であるミリアリアが迎えに来たので、作業を途中で切り上げて空中から地上へと降り立つ。
振り返った背後には見上げるほどに巨大な建造物があった。
その建造物は地上の地面から下に数十メートル下がった大穴である広々とした空間に存在しており、建造物の上部の一部だけが地上に露出している。
露出している部分も大穴を囲むようにして地上に建てられた壁と天井によって外部から隠され、内部の様子が窺えないようになっていた。
空間はこの建造物が軽く三つは置けるほどに広く、地上の敷地面積はそれ以上に広い。
「もう少しで完成でしょうか?」
「いや、外装に関してはほぼ出来上がってるが、内装やらの内部の細かいところがまだだな」
この建造物ーー飛空艇は、皇帝ヴィルヘルムからの武具修復依頼の報酬として得た航空事業の許可証によって建造を許されている。
十日前に皇妹レティーツィアを介して渡されたこの許可証には、飛空艇の建造権だけでなく、その飛空艇による各種運営権や航行権なども含まれており、他社の航空事業の諸々とは別の物だ。
「向こうの航空会社は、こちらに気付いた様子はあるか?」
「監視させている者からの報告によれば気付いた様子はありません。相変わらず旧型の飛空艇を使い回し、港湾都市との交易の利権を怠惰に貪っているようです」
「辛辣だな。まぁ、事実なんだが。このまま順調に事が進んだ場合の予定は?」
「こちらになります」
「ふむ……」
ミリアリアが持っていた鞄から取り出した資料を受け取り、資料を【速読】しながら【
「そういえば、艦長達乗務員の訓練の進捗率はどうだ?」
「七割ほどかと。訓練で大きなミスをすることは無くなりました」
「シミュレーター訓練の進み具合は予定通りか。うん。このまま続けさせるように」
「かしこまりました」
資料をミリアリアに返すと、地上に上がるためのエレベーターは使わずに彼女の手に触れて、【
外へ繋がる通路を歩きながら、【無限宝庫】の瞬間着脱機能で作業着から正装へと一瞬で着替えた。
飛空艇の建造を行う造船所から外に出ると、造船所前で待機していた商会の馬車へと乗り込む。
ミリアリアが御者へ行き先を示し、馬車が造船所の敷地の外に出てから口を開いた。
「最初は工房の視察からだったか?」
「はい。工房にて各種作業工程の確認と、工房長などからの聴取を行なっていただきます。その後は、併設されている工場の建築状況の視察になります」
先ほどの資料とは別の、これから行く工房についての情報が纏められた資料を受け取り、目を通す。
「工房と工場で使う一部資材の仕入れ先を確保したようだな。よくやった、ミリアリア」
「ありがとうございます、リオン様。リオン様が担って下さっている負担を無くすことが出来れば良かったのですが……」
「他の資材は神迷宮都市のダンジョンで仕入れる予定だからな。本店の方の体制が整うまでの期間限定なら、俺が資材を生み出した方が利益も増えるし、仕入前後の方々への調整分が無くなるから楽で良いだろう」
「人材の育成にはまだ時間が掛かりますので、非常に助かります」
「ランクの低い資材だし、同じ物を纏めて生み出すだけだから実際には大した労力ではないさ。それよりも、工場の従業員についてはどうなっている?」
「はい。先日公募を出しましたところーー」
造船所がある区画と、工房がある区画の距離は少し離れており、その移動の時間を無駄にすることなくミリアリアから任せていた事業の報告を受ける。
この場にいるのは俺とミリアリアだけで、普段傍にいるリーゼロッテ達はいない。
リーゼロッテ達はドラウプニル商会帝都支店におり、そこで女性向け商品の開発に勤しんでいる。
正確には開発に取り組んでいるのは〈転生者〉であるカレンだけで、姉のエリンはその付き添い。リーゼロッテは開発された商品の貴人目線の感想や意見をカレンから求められたため同行している。
先日、居間で新装備のデザインをしていた際に、カレンが自分もやってみたいと言うのでやらせたところ、個人的にセンスが良いように見えたので、商会の女性用衣類のデザインを任せることにした。
幾つかテーマを挙げてから描かせてみると、前世の現代ファッションを彷彿とさせながらも、この世界に合わせた部分もあるデザインで、エリンとリーゼロッテからも好評だった。
カレンがボソッと呟いた発言から推測するに、仕事か趣味かは不明だが前世でも似たようなことをしていたようだ。
女性向けの商品は正直言って門外漢だが、事業展開はしたかったので渡りに船だった。
俺は約束の時間まで造船所で作業を行う予定だったので、その前に帝都支店に三人を送っておいた。【千里眼】で視る限り楽しそうにやっているみたいだ。
それからもミリアリアから商会の話を聞いたりしていると、やがて目的地である工房に到着した。
工房は帝都支店や俺の屋敷から程近い場所にあるのだが、貴族街がある方角とは真反対の平民達の住まいなどがある方角に位置している。
帝都支店や屋敷から近いとは言ったが、馬車でも十分以上かかるほどには離れている。
周囲の建物の建築様式も煉瓦やらの建材で造られた高級感ある建物が減り、一般的な木造建築の普通の家屋が多い。
そんな中にある工房ーー商会内での通称だーーの建物は、無骨な鉄筋コンクリートで造られた、巨大な箱を彷彿とさせるデザインをしている。カレンならすぐに工場という言葉が思い浮かぶであろう意匠だ。
その建物前で、工房長であるドワーフ族のデニスとその妻、そして工房の主要メンバー達が待っていた。
「よ、ようこそお越しくださいました、エクスヴェル商会長、ミリアリア支配人」
「待たせたな、デニス工房長。今日はよろしく頼む」
「こ、こちらこそよろしくお願い致します。では、ご案内致します」
ドワーフ族の大きく屈強な身体を小さくしながらぺこぺこ頭を下げる姿の通り、このデニスという男は身体の大きさに反比例するように気が小さい。だが、鍛治の腕は確かなので、少し前まではとある大商会と取り引きのある工房主兼筆頭鍛治師だった。
しかし、その大商会のトップの自殺と、そこから大商会の不祥事が明るみになった結果、大商会は取り潰された。
取引先である大商会が潰れたことによって新しい取引先を探したようだが、都合よく鍛治師などの多数の職人を抱える工房を必要としている商会は無く、このままではデニスのところの工房は経営難に陥るところだった。
そんな時にデニス達を拾い上げたのが俺だ。正確に言えば俺の指示を受けたミリアリアによってデニスの工房を丸ごと買収した。
下請けとしてではなく買収だったため最初は渋っていたが、従業員をそのまま雇用することと、任せる予定の事業内容を伝えたらあっさりと承諾した。
デニスの鍛治工房以外にも三つの職人工房を買収し、計四つの工房を合併したのがこの〈ドラウプニル商会生産部門工房部〉である。各々が持っていた工房は既に売却しており、住まいに関しても希望者には社宅を用意した。
帝都や帝都近辺の奴隷商館で売られていた元鍛治師などの職人も購入して雇用しているため、結構な数の職人達がこの工房で働いている。
「ふむ。良い仕事だな」
「あ、ありがとうございます」
「設備に問題は無いか?」
「は、はい、問題ありません。問題があるどころか、以前使っていた炉よりも火力調節が細かく出来る上に具体的な数値まで分かりますし、安定して高出力を出せるので、大変使いやすいです!」
「それは良かった。ここで作られた製品だが、市場にあった物よりも使いやすそうだな。どの製品からも丁寧な仕事振りを感じられる」
「ありがとうございます!」
現在の工房では、日常生活で使うフライパンなどの金物や、ネジといった金属製の建材などを作らせている。鍛治師以外の職人がもっと増えたら金物以外も作らせる予定だ。
件の潰れた大商会が健在の時は、デニス達はその大商会の主要商品である武具の大量生産を行なっていた。
元々は調理器具といった金物雑貨を生産する工房だったそうだが、色々あって大商会にその技術力に目をつけられて領軍向けの武具の生産を行うようになったらしい。
そのため、作るのが武具ではなく雑貨へと原点回帰させてもらえるというのが、デニスの工房が買収に応じた理由だ。
ま、そのあたりの事情は情報収集で知っていたので買収、というよりスカウト交渉は楽だったな。
武具などは俺個人による小規模の商いでのみ行う予定だ。
特に大きな理由は無いが、件の大商会ーー俺が自殺に見せかけて暗殺したハッサダ会長のダラーム商会のことーーのような魔導具ではない普通の武具の大量生産はいつでも実行が可能だ。
これは【
魔物がいる世界なので前世よりは武具の需要は高いものの、一回使ったら壊れるわけでも無いので、魔導具でも無い武具が売れまくることは滅多に無いだろう。
逆を言えば、戦闘用魔導具だったら売れまくる可能性があるわけだが、デニス達では魔導具の大量生産は出来ないので不可能だ。
俺ならば可能だが、戦闘用魔導具を大量生産したら高い確率で犯罪者の手にも渡るため、現状では戦闘用魔導具の大商いは考えていない。
治安の悪化も理由だが、短期間で戦闘用魔導具を大量生産出来ることが明るみになることにより起こる問題を考慮したからだ。
国内外から危険視される可能性が高まるのは間違いなく、非常に動きづらく、そして生活し難くなるだろう……。
そのため、戦闘用魔導具の販売をするにしても一部の顧客のみを対象とした受注生産という形になると思われる。
ま、このあたりはケースバイケースで対応していく予定なので、今は横に置いて置くとしよう。
それからデニス達から簡単に聴取を行い、特に問題は無かったので工房の視察を終了した。
工房の視察後、工房の目と鼻の先にある工場建設現場を視察する。
俺が一から建設した工房の建物とは違って、工場に関しては帝都の建設業者に任せた。
ここは工房のように特別な処置が必要な建物では無いので、普通に依頼した次第だ。
現場監督から色々話を聞いてからその場を後にする。
「次は……ミーミル社か」
「はい。こちらが三社の買収合併後から今日までの業務資料になります」
「うむ」
先ほどと同様に、目的地に移動するまでの間に最新の資料に目を通す。
ミリアリアに命じた買収案件の一つが、この帝都エルデアスに本社を持っていた三つの新聞社になる。
航空事業展開のために造船所兼飛行場用に広範囲の土地を購入したことと同様に、三社の新聞社はマスメディア事業を展開するための足掛かりとして買収した。
帝都には二大新聞社があるのだが、今回買収したのはその二つには一段二段劣る中規模の新聞社であることと、各々が何かしらの弱みを持っていることが共通事項だ。
その弱みを握って強請ったり、解決してやったり色々した結果、買収を成功させて三社をドラウプニル商会の傘下に加えた上で合併させた。
新生した新聞社の名前はドラウプニルと同様に俺のスキルから取って〈ミーミル社〉とした。
ミーミル社にはカメラやコピー機などの俺お手製の社内備品が揃っている。
カメラ型魔導具は大手新聞社でも数台しかないほどに希少なので、それが十台もあることは大手に対して大きなアドバンテージになるだろう。
ただ、情報というデリケートなモノを扱う手前、ミーミル社の記者達は念入りに
「第一陣に中央広報の縁者がいたのは僥倖だったな」
「はい。彼女なら上手くやってくれるでしょう」
「ああ。隣国への宣戦布告が行われた際に発行する紙面のレイアウトも出来上がっているようだし、本当に上手くやってくれているよ」
「直接面と向かってお褒めの言葉をいただければ、より一層精進すると思います」
「そうか? では、そうしよう」
ドラウプニル商会の従業員の内、初期メンバーである貴族出身の女性達、通称第一陣の者達の中に、生家がアークディア帝国の中央行政、つまり皇城の広報部署に関わりのある者がいたので、彼女を〈ドラウプニル商会情報部門マスメディア部〉である〈ミーミル社〉の責任者に任じた。
既に生家と連絡をとって情報網を整えているあたり仕事が早い。
彼女ならば俺からのプレゼントを喜んでくれるだろう。
その後、俺からの
涙目だった気がしないでもないが、貴重な機会なので彼女には頑張って貰いたいものだ。
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