第106話 魔力炉
◆◇◆◇◆◇
「リオンさん、ここが私の職場よ」
シルヴィアの母親であるオリヴィアに案内されてやって来たのは、アークディア帝国の宮廷魔導師達の職場である建物だ。
昨日、本邸での夕食の席に招かれた際に、近いうちに購入した屋敷の方に拠点を移すことをシェーンヴァルト邸の主人であるオリヴィアに告げた。
仕事に忙しいオリヴィアとまた面と向かって会えるのはいつになるか分からないので、その場で別邸を貸して貰った礼を伝えたところ、何故かオリヴィアの職場に招待されることになった。
話の流れとしては、俺と色々話したかったけど仕事が忙しくてあまり話す機会が無かった、それなら俺がオリヴィアの職場に遊びにくれば話すことができる……ということらしい。
そんなことを話した次の日には、オリヴィア自身がわざわざ迎えにーー自宅にだがーーやって来て今に至る。
「同じ敷地内ですけど、皇城とは別の建物なんですね」
「皇城にも宮廷魔導師のための場所はあるけど、魔法の実験とかもするから、万が一事故が起こった時のことを考慮して皇城の外に設けられてるの」
「オリヴィアは此処では何をやってるのですか?」
「新旧の魔法実験に部下の実践指導、あとは
いつものように俺に同行しているリーゼロッテがオリヴィアに尋ねる。
現在の俺は二人のハイエルフの間に挟まれている両手に花な状態だ。
同じ上位人類種でもなければパッと見では分からないだろうが、上位人類種が三人並んでいる場面は何気に貴重だと思う。
そんな状況だからか、このデカい建物ーー魔導研究所に出入りする者達からジロジロと見られていた。
まぁ、衆目を集めるのはリーゼロッテで慣れてはいたが、これまでと違って今回は俺がいるのも原因のようだった。
「……リオンに集まる視線が鬱陶しいですね」
「リオンさんが【
「情報が広がるのが早いですね」
「国とギルドから冒険者としての二つ名が発表されてからは一気に広まったわね。帝国の宮廷魔導師ならその日のうちには全員知ったんじゃないかしら?」
「ただのスキルでしかないんですけどね」
「スキルはスキルでも、才能と厳しい条件が満たされなければなれない特殊ジョブスキルだもの。努力だけでは至れない高みに達した者ともなれば注目を集めるのは当然よ」
「そういえばギルドマスターも【賢者】持ちはアークディア帝国では初だと言ってましたね」
「他国にも賢者と呼ばれる者がいるけど、ただ高火力な攻撃魔法を撃つしか出来ない偽者みたいよ。高い製作技能に知識がある正当な“賢き者”は、近隣でも私が知る限りはリオンさんが初めてじゃないかしら?」
「過分な評価ですね……」
前の異世界でも、どこが賢者だ?と思いたくなるような賢者と呼ばれる奴はいたが、この世界にもいるらしい。
【賢者】の取得条件を考えるに、オリヴィアが言う他国の賢者とやらは【賢者】は持っていないと思われる。
俺の【
まぁ仮に変換されてなくても、今の俺ならば取得条件を満たしているので、どのみち遅かれ早かれ習得はしていただろうけど。
魔導研究所の廊下をオリヴィアの案内で歩いていく。
ちなみにオリヴィアの肩書きは宮廷魔導師長兼魔導研究所所長になるそうだ。
有事の際でも無い限りは前者の仕事ーー皇城の魔法関連の警備網構築などーーは殆ど無いため、平時は後者の魔導研究所での業務がメインなんだとか。
「今は平時だけど、所内で取り組んでいる業務内容的には有事なのよね」
「そうなんですか?」
「そうなのよ。近く隣国と戦があるからその諸々の準備に宮廷魔導師は働き詰めよ」
「……それって外部の自分に言って大丈夫なんですか?」
「リオンさんも商会が関わるみたいなことを陛下から聞いたけど?」
そういえば、公的にも俺が隣国との戦争について知っていてもおかしくない立場だったな。
俺が陛下の護衛を秘密裏に行うことは知らないみたいだ。
「ああ、知ってたんですね。まだ国民には発表されてないから黙ってないといけないかと思いました」
「確かに大半の国民はまだ知らないけど、市場の動きから一部の商人達は既に気付いて動いているわよ。たぶん来週中には国から民へ正式に発表が出されるから、それまでは話題に出す場所を選べば大丈夫よ」
「まぁ、そういうことなら」
それから、研究所内を見て回る前に事務局に行って情報漏洩防止の契約書にサインをした。
国の研究施設なので防諜対策はしっかりしているようだ。
契約書へのサインを終えると、オリヴィアから魔導研究所に入るための来客用の許可証を貰った。
許可証を受け取ると、そのまま真っ直ぐ研究所の奥地へと向かった。どうやら見せたい物があるらしい。
「最近準備に忙しいという話でしたけど、宮廷魔導師は今はどんなことをしているんですか?」
「戦争で使う魔力炉などの軍用魔導具の製造と整備が主な作業かしらね。あとは、従軍する者は魔法訓練もしているわね」
「やっぱり宮廷魔導師からも出るんですね?」
「軍の魔法兵とは違って、従軍する宮廷魔導師の主な職務は皇帝陛下の護衛だけどね」
「場所以外は普段とやることは変わりませんね。そういえば、オリヴィアさんは従軍するんですか?」
「私まで参戦したら帝都の守護が疎かになるから、私は帝都に居残りよ。皇女殿下がいるけど、皇族としての身分を明かした状態で力を示し過ぎるわけにはいかないから、代わりに宮廷魔導師長である私が表に立つ必要があるの」
「なるほど。政治ですね……」
「そうね。今回の戦で皇帝陛下が力を示して立場を磐石にすれば、皇女殿下も今よりも自由に動けるようになるでしょうね」
皇帝であるヴィルヘルムもだが、皇妹であるレティーツィアも中々に複雑かつ不安定な環境下に立たされているよな。
斜陽だった皇族の権威と兄の命を守るためにSランク冒険者にまで上り詰めたのに、その力が兄から皇帝の地位を奪いかねないというジレンマ。
不幸中の幸いは二人の仲が良好であることと、レティーツィアは帝位に興味が無いことか。あとは周りがそのことを理解していることもだな。
それでも世間や地方の貴族達がどう考えるかは分からないので、正体を隠して冒険者業を行なっているわけか。
「戦後も忙しくなりそうですね……アレですか。見せたい物というのは」
案内された研究室には高さ五メートル近く、直径三メートルほどの円柱型の魔導具〈魔力炉〉があった。
その魔力炉の周りには統一されたデザインのローブ姿の者や白衣姿の者達がいた。
ローブを着ているのが宮廷魔導師で、白衣を着ているのが宮廷魔導師ではない魔導研究所の専任研究員とのこと。
宮廷魔導師は魔法のエリート集団ではあるが、彼らの中にも向き不向きがある上にその人数は少ない。
そのため魔導研究所に属している研究員の殆どは宮廷魔導師では無いんだとか。
魔法の行使能力こそ高くはないが、皆が魔法や魔導具への造詣が深い者達であり、その知識と技術を出し合って国の為に尽くしている。
「魔力炉ですね」
「リオンさんは魔力炉についてはどのくらい知っているかしら?」
「魔力炉とは、魔力炉内部の加工された魔晶石から魔力を効率的に引き出し増幅させる動力系魔導具の一種です。引き出された魔力は個人の魔力では使用が困難な大型魔導具や大規模魔法を発動させるために使用される……っという認識ですね」
「流石ね、その通りよ。アレはその魔力炉の更なる小型化と高出力化を研究しているところよ」
「では、あそこにあるのが最新型ですか?」
「いいえ。正式採用されている最新の魔力炉はもう少し大きいわ。あれは試験型の一つよ」
「ここから魔力の動きを視るに、出力が安定していないみたいですね」
「そうなのよねぇ……錬成された魔核から想定される量の魔力が引き出されるレベルまで出力が上がらないのよ。術式を色々弄ったりもしてるけど、中々成果に結び付かないのよねぇ」
「……オリヴィア。さては、初めからリオンに解決策を提示させるつもりでしたね?」
「そんなことないわよー」
困ったわね、というような態度を表していたオリヴィアが、リーゼロッテから指摘されて微笑を浮かべたままスッと顔を逸らした。
まぁ、薄々そんな気はしてたから良いんだけどね。ただし、貰う物はちゃんと貰うけど。
俺はタダ働きはしない主義なんで。
「手伝って完成した暁には俺の分も利権をいただけるなら助言しますよ」
「勿論よ」
「どのくらい頂けるんです?」
一応尋ねてみると、オリヴィアから今回の新型魔力炉の開発が成功した際の諸々の利権について説明してくれた。
その一割を俺個人にくれるらしい。成果次第では最大で三割まで増やすことも可能だそうだ。
思ったよりも貰えるようだし、今の型のまま考えられる最高効率の術式を提示するとしよう。
「そういうことなら手伝いましょう」
「助かるわ。期日まで余裕が無かったのよ」
胸を撫で下ろしている様子を見るに、新型の開発に行き詰まっていたのは本当らしい。
そんなオリヴィアを先頭に魔力炉の元へと向かう。
オリヴィアが部下達に話をつけている間は、改めて目の前の魔力炉を解析する。
この魔力炉に使われている制御術式は、全てが連なっている連続型を採用しているようだ。
連続型は出力を出すには有効的だが、安定感は術式以外の要素に左右されやすい。
少なくとも要求されている出力を出すには、この装置自体の材質と構造を変更しなければ不可能だろう。
そのため、今の型のまま要求スペックを満たすには術式を変更するしかない。
「良い案は浮かんだかしら?」
部下と話をつけたオリヴィアが問い掛けてくる。
その背後にいる研究員達の表情は、部外者に弄らせるのが不快そうなプライドが高い者や、良案があるわけが無いと嘲笑を浮かべ侮る者、何と答えるか興味津々な者、俺が何者かに気付き驚いている者など様々だ。
ま、彼らがどう思おうと、俺は求められた成果を出すのみだがな。
「その前に確認ですが、今の術式の形式でなければならないとかはありませんよね?」
「ええ、無いわよ。出力強化のために今の形式になっただけだから、最終的に求められる出力が出せれば何でも構わないわ」
「それなら良かった。では術式を弄りますね」
一言だけ断ってから魔力炉の制御部に張り巡らされた術式に干渉し、一度表層部に現出させる。
浮かび上がった術式の内、必要な部分だけを残して、それ以外を大胆に全て削除する。
「おい何をーー」
研究員の一人が何か言ってるが無視して、残った術式の変数箇所などの細部を書き換える。書き換え終えると、その部分を横にコピーしていく。
制御部の術式容量からすると、第一術式群は八つが限度なので、全部で八つの同一の出力制御術式を並べて、それらの術式の前と後ろを繋げる。
それらの連なった術式群と同一の物を更に三つコピーする。
元になった術式群を起点に、コピーした三つをその後に繋げて、それぞれを第二術式群、第三術式群、第四術式群とする。
第一術式群から出力を分担して上げさせることで安定化させ、次の術式群に魔核ーー魔晶石を圧縮加工した物ーーの制御が移ったら前の術式群の出力制御術式を束ねて出力を向上させる。
流れとしては、第二第三と内部の出力制御を司る術式を、第一の八つから更に四つ二つと減らしていく形だ。
元が同一の制御術式により安定化された魔力なので合一は容易く、出力が上がっても安定化しやすい。
次の術式群に移る度に術式群内は前の物よりも空きが出る。その空いた部分に制御と出力強化の術式を間接的に補助する役割の術式を継ぎ足していく。間接的に補助するのでメインの術式回路の速度に影響は出ないはずだ。
そうして段階的に出力と安定性を上げていった最終段階は、特に変わった術式は展開せず、元々の術式とほぼ変わらない末尾の術式で終了だ。
「ーーこれで要求通りの出力が出ると思いますよ」
「……」
作業が終わった頃には、初めの方で騒がしかった外野が静かになっていた。
そんな外野とは違って終始興味深そうに横で俺の術式構築作業を眺めていたオリヴィアは、納得するように何度も小さく頷きながら、まだ表層部に浮かび上がったままの術式に隅から隅まで目を通していく。
「……なるほど、並列式ね。最初こそ出力は低いけど、使われている術式が同一の術式群を連ならせることで出力を上げやすく、そして安定しやすい環境を意図的に作り出したのね。各術式群内部でも余剰空間を活用して更に出力と安定性を高めてから次の術式群へと渡していき、最終的に目標の出力と安定性を得る、っと」
「互いに使われてる中身の術式が同じだったら齟齬は起きづらいですからね。容量が今よりも小さい場合は使えない手ですが、今の環境下ではこれが最適解でしょう」
「なるほどなるほど……これは? リオンさん! この部分は初めて見る術式だけど、これはどういう効果があるのかしら?」
ま、これぐらいは明かしてもいいか。
決して目を輝かせながら尋ねてくるオリヴィアが可愛かったからではない。
「それは共鳴術式ですね。メインには使い難いんですが、周りの補助部分に配置することでメインとサブの回路の同一の術式が使われている部分が強化されるんですよ。強化幅は微量ですが、数が増えれば増えるほど効果が上がるので、差し込めるところには差し込んでいるんですよ」
「ふむふむ。見た限りでは、その共鳴術式が無くても目標は達せられそうだけど、更に高水準を満たせるならその方が良いものね。さっそく起動してみましょう!」
興奮した面持ちのオリヴィアに促されて完成した術式を制御部に同化させると、オリヴィアからの指示を受けた部下達が動き出し機材の最終チェックを行なっていく。
それから手順通りに魔力炉の起動が行われ、検出された出力は目標の三割り越えを達成した。
最終段階に達するまでの時間こそ目標ギリギリだが、魔力炉が動いていない時間が無いように複数機用意するので、速度に関しては実際のところ目標を下回っても何も問題無いそうだ。
報酬である利権も三割貰えるそうだし手札を晒した甲斐はあったな。
魔力炉関連は別のことで国に明かす予定だったが、いきなり発表するよりも今の方が自然な流れだろう。
他の魔導具も持ってくるよう指示を出しているオリヴィアを見ながら、現在進行中の各種開発計画を脳内でもう一度見直すことにした。
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