第102話 皇帝からの二つの依頼
◆◇◆◇◆◇
アンデッド組織とその首魁であるアークリッチを滅ぼしてから四日後。
今日は皇帝の御用商人の地位を得るための献上品である皇帝専用魔導馬車の納品日だ。
その納品も無事に済ませて、皇帝御用商人の証であるメダリオンも貰った。
細かいアレコレが記された書類なども貰ったが、取り敢えずこのメダリオンさえあれば事足りるらしい。
商会用と俺個人用の二つがあるので、商会用は帝都支店を任せる者に渡すとしよう。ちなみにメダリオンを受け取った時にジョブスキル【
御用商人の証であるメダリオンも貰ったし、あとは真っ直ぐ帰るだけだと思っていたら、帰る途中で皇女としての貴人らしいドレスに身を包んだレティーツィアに呼び止められて、とある場所へと案内された。
そこでは騎士達を連れたヴィルヘルムが待ち受けており、騎士達とレティーツィアの侍女であるユリアーネとはそこで別れ、三人だけでその場所にあった扉の先の回廊を進んでいく。
「ーーレティから聞いたのだが」
「はい」
「リオンは聖剣を使えるらしいな」
「まぁ、そうですね」
「【
「【
やっぱりレティーツィアはデュランダルが聖剣だと気付いていたらしい。
ま、実兄であり皇帝であるヴィルヘルムに報告が行くのは予想していたので動揺は無い。ある意味予定通りだとも言える。
「ふむ……では、勇者では無いと?」
「少なくとも自分では勇者だとは思っておりません。私はあくまでも冒険者であり商人であり職人ですよ」
俺がステータスを偽装していることも伝わっているだろうし、否定しても信じはしないだろう。
だから、敢えて否定はしない思わせぶりな答えを返しつつ、仮に勇者だとしても国の看板になるつもりは無いことを暗に示しておく。ヴィルヘルムならば言外の意味もたぶん伝わるだろう。
「リオンは掲げている看板が多いのだったな。確かにそれ以上は重荷になるか」
「兄上。欲が過ぎると“亡国の愚者達”の二の舞になるわよ?」
「そんなつもりは無いとも。ただ、為政者として確認しておきたかっただけだ」
「為政者云々を言うなら、早く世継ぎを作ってくれないかしら? じゃないと私の公務が一向に減らないじゃない」
「それに関しては耳が痛いな。だが、リオンのおかげで体調がとても良くてな。快復したその日から毎晩これまでにないぐらいに元気だぞ?」
「ああ、だから義姉上の機嫌が良かったのね。まぁ、兄上が床に伏してからは夜のお渡りが無かったものね?」
「そうだな。そういったことが関係してか、ここ暫くは国内で不穏な動きが多々あったが、その一つは先日解消された。二人とその仲間達には感謝している」
「勿体無いお言葉です」
「リオンがいなかったら他のSランク冒険者を複数人集める必要があったから、早期に壊滅させることは無理だったでしょうね」
「聖剣もありますし、相性が良かっただけですよ」
実際アンデッドとは相性が良いからな。まぁ、あくまでも他のタイプの魔物と比べるならだが。
「仮に聖剣が無くとも、上級Sランクならば容易い相手であろう?」
「剣も良いですが、アークリッチとの魔法の撃ち合いも楽しそうでしたね」
「剛毅なことだ。流石は【
アンデッド組織壊滅後、冒険者ギルド帝都本部にてギルドマスター兼帝国唯一の上級Sランク冒険者であるヴォルフガングに俺がレベル九十に至ったことを明かした。
明かした理由は覚醒称号である〈黄金蒐覇〉のためだ。
上級Sランクなんていう社会的地位と名声にはとても大きな価値がある。
その黄金の価値故に、〈黄金蒐覇〉は今以上に俺に力を与えてくれるのは間違いない。
冒険者ギルドの帝都本部にある情報収集系
その際に今後動き易いように、既にレティーツィアにバレている【剣聖】に加えて【賢者】も一緒に明かしておいた。【
これらの事実と今回の依頼達成により、これまでの慣例ではもう少し期間が必要だったところを覆して、近いうちに俺のSランク昇級が行われることになった。
俺だけでなく、帝国での実績と基礎レベルが充分ということでリーゼロッテも一緒にSランクに上がることになった。俺と一緒に昇級出来て非常に嬉しそうだったのが印象に残っている。
既定路線とはいえ、新たなSランク冒険者の誕生は所属している国にも伝えられるので、皇帝であるヴィルヘルムも当然ながらジョブスキル含めて知っていたわけだ。
今歩いている回廊には要所ごとに門が構えられており、その前には門番として騎士が立っている。
例え皇帝であろうと身元確認を行なってからでなければ先に進むことは出来ないほどには警備が厳重だ。
雑談は門から門への移動の間だけだが、それでも数百メートルはあるため、門の数も相まって結構長い時間歩いている。
そして、最後の門番による検問が終わり、その門を潜ってからやっとここに呼ばれた理由について触れられた。
「時に、リオンは
「はい。先日レティーツィア殿下が使っている剣を修復致しました」
「破損して時間が経っていないからすぐに直せたと聞いているが、逆に破損してからかなりの年月が経っている物を直すことは可能か?」
「破損状態を直接見ないことには断言出来ませんが、おそらく可能かと思われます」
「ふむ、そうか。今の問いで予想はついているであろうが、今回リオンにはとある武器と防具の修復を依頼したいのだ。現在向かっているのは、それが保管されているアークディア皇家の宝物殿になる」
そう言ってヴィルヘルムは巨大な門の前で立ち止まり、皇帝の証である指環を嵌めた手を扉に押し付ける。
すると、指環から扉へと特殊な魔力が流れ、ひとりでに扉が開いていく。こういう前世にあるみたいな認証システムがこの世界にもあったんだな。
人が通れるほどに空いた扉の隙間を通って宝物殿の中に入る。
これまで通ってきた回廊よりも豪奢な通路を歩いていくと、左右には幾つもの重厚そうな扉が並んでいた。
【
小宝物殿、いや、宝物庫と言うべきか。そんな左右の宝物庫には向かわず、通路を真っ直ぐ進んだ先の突き当たりにある、より重厚な扉の前で立ち止まった。
この扉も宝物殿の入り口同様の仕組みらしく、皇帝の指環を押し付けることで施錠が解除された。
ヴィルヘルムを先頭に入った宝物庫内は、予想外にすっきりとしており、見渡す限りの金銀財宝が積まれたりはしていなかった。
「数は少ないですが、年代物が多いようですね」
「ここは主に歴史的な価値がある物が納められている部屋でな。だから数も少ないのだ。その少ない宝物はあのような特殊な保管ケースに納められている」
ヴィルヘルムが指し示す方には、確かに透明なガラスケースに納められた宝物の姿が見える。
空間の広さに見合わない数しかないが、一つのガラスケースの中には一点から数点の宝物が一緒に納めており、年代物が多いこともあって何となく美術館や博物館のような印象を受ける。
このガラスケース自体も魔導具のようで、使われている術式から開閉の仕組みは入り口の扉と同じらしい。
歩きながらガラスケースの中身を眺めていると、ヴィルヘルムが一つのガラスケースの前で立ち止まった。
そこには斜めに大きく裂くようにして砕かれた全身鎧一式と、剣身が幾つもの破片になっている長剣があった。
「二つとも伝説級ですね。しかも上位だ」
「この二つは代々アークディア帝国皇帝に継承されている国宝だ。そして、我らアークディア皇家の先祖である建国帝の伴侶にして“救国の勇者”が使っていた武具になる。今回リオンに修復を依頼したい武具というのはこの二つだ」
救国の勇者。
アークディア帝国を建国した女帝の伴侶であり、自らを召喚した人族の王国を裏切り、その王国と敵対していた魔人族の王国に味方した、劣勢気味だった魔人族の救世主たる
後世に伝わっている名前は偽名らしく、本名は正妻であった建国帝を含めた妻達しか知らないというエピソードが有名だ。
そんな勇者が使っていた剣と鎧がこれらしい。
「……破損してから結構経ってますね」
「鎧の方は四代目が、剣の方は七代目の皇帝が使用した際に破損している。国内に伝説級の武具を修復出来る者がおらず、国宝を他国に持ち出すわけにもいかず、他国から職人を連れてくるにも色々と問題があったため、今日まで修復されることなく宝物殿で眠ったままだ」
「……細部を見たいのでケースを外していただいてもよろしいでしょうか?」
「良かろう」
台座に指環が押し当てられるとガラスケースが開かれた。
直視出来るようになった武具を【
破損が激しい場所の術式は、時間が経ち過ぎて完全に消失していたが、武具のステータスにはスキル名が表示されていたため、名称からどういった能力かは予想がつく。
それを踏まえた上で、これはそのまま復元するのではなく新たな能力にした方が良いと判断したため、そう提案することにした。
「破損している箇所の劣化は激しいですが、それ以外の場所に関しては大丈夫なようです」
「元通りには直るのか?」
「多少時間は掛かりますが、剣も鎧も姿形に関しては間違いなく。ただ、有する能力に関しましては、破損箇所にあった術式が劣化によって消失していますので、かつてあった力をそのままというわけにはいきません」
「そうか……ならばどうなる?」
「残った術式を活かしつつ、新たな能力を発現させようかと考えております」
「ほう、新たな能力か。どのような能力を発現できるのだ?」
ヴィルヘルムに今の状態の術式のままでも使える能力と、そこに新たに追加できる能力、そして今ある能力を改変した場合に発現できる能力について説明した。
能力の説明後、武具の能力をどうするか悩んでいるヴィルヘルムに、先ほどから気になっていたことを率直に問い掛けた。
「やはり陛下も戦場に行かれるのですか?」
「……何故そう思う?」
「近いうちに隣国との戦争が起こりそうですので。これらの武具の修復依頼もそれに端を発しているのではと思った次第です」
「ふむ。戦争が起こることを知っているとは耳が早いな」
「市場の一部商品の価格の上昇や、東方から来た行商人や冒険者からの情報、そして今回の陛下からの依頼内容などを踏まえた結果、そう結論を出しました」
「なるほどな。確かにリオンの言う通り、近日中に隣国であるメイザルド王国に宣戦布告を行う。その理由は分かるか?」
「私も関わった違法奴隷の件でしょうか?」
「その通りだ。国で調査した結果、帝国内で行われていた違法奴隷業を裏で主導していたのは、隣国メイザルド王国の王族の一人だと判明した。主犯であるその王族と関係者の引き渡し、並びに違法に奴隷に身を堕とされた者達の返還などを要求したのだが……奴らはそれを拒否した。挙げ句の果てに国王と王太子はクーデターを起こされ、その王族に国を乗っ取られる始末だ」
「東から流れてきた噂の中にありましたが、事実だったのですね」
「ああ。どうにか王太子は救出し保護することができたが、国王は処刑されてしまった」
おそらくだが、救助対象は初めから王太子だけだったんだろうな。
宣戦布告の大義名分と正当性が得られるし、国王よりも若い王太子の方が戦争に勝利した後、帝国としては色々やりやすいのは間違いないだろう。
臣下を戒めることが出来なかった故の結果だから、亡くなった国王に思うことは無い。
勝利後は良くて正式な属国化。悪くてアークディア帝国に併合され、属領化といったところか。
「それはそれは。亡命なされた王太子のためにも偽りの王は打倒しなければなりませんね」
「ほう、よく分かっておるな。正にその通りだ。先の質問の答えだが、此度の戦には余の快復と今後の帝国の繁栄を国内外に示唆する目的もある。故に余が総大将として出陣する必要があるのだ」
「兄上にはまだ世継ぎがいないんだから、出来れば帝都で大人しくして貰いたいんだけどね。私が代わりになれるなら良かったんだけど……」
「皇妹を代わりに出陣させるという情け無い姿を民や臣下に見せるわけにはいかないからな」
「戦場では何が起こるか分からないのよ?」
「レティも分かっているだろう。早世した先代の跡を継いだは良いものの、呪いの所為で即位して早々に倒れてしまった今の余の権勢は弱い。だから、それを払拭するためにも“強い皇帝”としての姿を臣下に、そして世間に示す必要があるのだ」
レティーツィアの言う通り、追い詰められた隣国が何をしてくるかは分からない。
皇城内ならまだしも、戦場に出てきたら危険度は一気に増す。
戦争で負けるにせよ戦場でヴィルヘルムが殺されるにせよ、万が一の事態が起こったら、せっかく手に入れた御用商人の地位や恩恵を失うことになってしまう。
それに、これから起こる戦争は違法奴隷問題が全ての始まりなので、その拠点襲撃に参加した俺も無関係というわけではない。
そう考えると、このヴィルヘルムの安全問題は、俺が関わるのにちょうど良い大義名分と言えるだろう。
「ーー陛下。此度の戦争の間、私を護衛兼戦力として雇いませんか?」
「リオンをか?」
「はい。国力の差を考えれば帝国の勝利は間違いありません。それはあちらも分かっているはずです。その勝敗の決まった盤上をひっくり返すために、Sランク冒険者やそれに匹敵する強者を用意してくる可能性もあります。その場合、通常の戦力では抵抗は難しいかと。また、私は探知能力や回復魔法にも自信がありますので、陛下を狙った暗殺などにも対処が可能です」
「ふむ……確かに普通に戦えば我が国の勝利は揺るぎない。だが、国力で大きく劣るメイザルドが一発逆転の手として、余の暗殺や外部から強者を引き入れるといった手段を取ってくる可能性は否定できんな」
実際、ロンダルヴィア帝国などのアークディア帝国と友好的な関係ではない国々が、今のメイザルド王国に手を貸す可能性がある。その戦力次第では、為す術もなく敗走することになるかもしれない。
そうなれば名声を高めるどころではなくなるのは確実だ。
「それに……レティーツィア殿下も私が陛下を護衛するなら少しは安心出来ませんか?」
「リオン……」
「勿論、護衛依頼ということで報酬はちゃんと頂きますが」
「……そこは報酬には触れずに私のためと言って欲しかったわね」
若干拗ねたように口を尖らせるレティーツィアの姿は新鮮だな。
「ふむ、報酬か。なら、褒美にレティを娶るか?」
「えっ⁉︎」
「それは大変光栄ですが、今の私では些か名声や力が足りないかと。あと、そういうことになったら帝都を氷漬けにしかねないほどに荒れる者がいますので、彼女を説得する必要もあります」
「確か……ユグドラシアの王女だったか?」
「はい」
「愛されているな」
「身に余る好意を受けております。最近は嫉妬心も見せるようになり、彼女の違う一面に魅せられる毎日です」
「仲が良いのは良い事だな」
平然とした顔で話す俺達にレティーツィアが何か言いたげだが気にしない。
「話を戻すが、余の護衛を依頼するとしても、先ほども言ったように此度の戦争には余の名声を高めるという目的がある。開戦の頃にはリオンは名実共にSランクに昇級しているだろうから、相手がSランク冒険者やそれに匹敵する戦力を用意していると判明しない限りは、正体を隠して参戦してもらうことになるだろう。先にこちら側の戦力にリオンがいると分かった場合、相手に強力な戦力を引き入れる口実を与えてしまうからな」
「構いません。私が帝都にいると思わせる偽装工作の一環として、仲間達には帝都に残ってもらうつもりです。私自身は当商会の従軍商人として変装した上で同行しようかと考えております」
「従軍商人か。直近に御用商人の地位を得たことと合わせれば、同行していても不思議ではないな。騎士や兵士などではない理由は?」
「新たな護衛の存在は、既存の警備体制の妨げになると考えたからです。あとは、いきなりやってきた正体不明の護衛に対して、本来の陛下の護衛を務めている騎士達は良い顔をしないでしょうから……」
「それもそうだな。すぐに相互に連絡を取れる体制などは整えておく必要はあるが、従軍商人の方が却って動きやすいか……」
帝都には【
「最後に確認だが、隣国が何処ぞからSランク冒険者などの切り札を用意してきた場合は、その相手はリオンにしてもらうことになるが、本当に構わないか?」
「他国のSランクがどれほどの実力か気になるので構いません」
戦場ならば合法的にSランク冒険者と戦うことができ、勝てば相手のスキルと装備が手に入る。
他国のSランク冒険者に勝利したとなれば知名度も上がり、〈黄金蒐覇〉の効果もグンと上がるに違いない。
「そうか。ならば、此度の戦で確実な勝利を掴むために、リオンには秘密裏に余の護衛と、敵の切り札へ対処する役割を依頼するとしよう」
「かしこまりました。全力を持って陛下を御護り致します」
それから修復する剣と鎧の能力や、修復依頼と護衛依頼の報酬について話し合った。
依頼の情報が漏れないように、
報酬も魅力的だし、今すぐ戦争が始まるわけでは無いが、これから色々と忙しくなりそうだ。
☆これにて第四章終了です。
国の中枢と関わることになりましたが如何だったでしょうか?
基本的にリオンによる一人称で進むので、登場人物達のバックボーンが描写し切れていません。個人的には閑話を書くべきか何度も悩まされた章でした。
今章の内容的に仕方ありませんが、オリヴィアやヒルダなどは初登場時だけの出番になってしまいました。彼女達の本格的な出番は次の章からになります。
次の更新日に四章終了時点の詳細ステータス(偽装ではない)を載せます。
良ければご覧ください。
五章の更新はステータスを掲載する次の更新日の、その更に次の更新日からを予定しています。
五章では引き続き帝都での話になると思いますが、隣国との戦争関連の話になっていく予定です。
ついに百話を達成しましたが、まだまだ続きますので、引き続きお楽しみください。
ここまで読んで、この作品を面白い・面白くなりそうと思われましたら、フォローや評価の★を付けて頂けると大変ありがたいです。
更新を続ける大きな励みになります。
どうぞよろしくお願い致します。
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