第44話 Aランク昇級試験



 ◆◇◆◇◆◇



 アルグラートに帰還して三日後。

 事前の約束通り、俺とリーゼロッテは冒険者ギルドのギルドマスターであるカスターの元へとやって来ていた。



「お久しぶりです、ギルドマスター」


「ああ。久しぶりだな、リオン。酒、ありがとな。さっそく呑ませて貰ったよ。肴も良く合っていて美味かったぞ」


「お世話になりましたので。ほんの気持ちですが、気に入ってくださったようで何よりです」


「ギルドマスターとして当然のことをしたまでなんだがな」



 カスターは苦笑しながらそう答えると、視線をリーゼロッテへと向けてきた。



「紹介します。彼女がパーティーメンバーのリーゼロッテです」


「リーゼロッテ・ユグドラシアです。よろしくお願いします」


「うむ。ギルドマスターのカスターだ。ユグドラシア殿でいいかな?」


「リーゼロッテで構いません。敬称も必要ありません」


「分かった。では、リーゼロッテだな。よろしく頼む」



 リーゼロッテは淡々と言葉少なく名前だけを告げる。

 カスターも同様に名前だけを告げて俺に視線を戻した。

 てっきり色々聞いてくるかと思ったのだが、そうではないらしい。

 リーゼロッテが発している人を寄せ付けないオーラのせいだろうか?

 というか、これがリーゼロッテの冒険者時の外向けの顔なんだな。

 表情は殆ど変わらないのに、このクールでドライな感じと、俺と二人の時との落差が激しくて思わず二度見しそうになった。



「さて、今日呼んだのはリオンのAランクへの昇級試験についての話だ」


「はい」



 相槌を打ちつつ、意識を会話へと向ける。



「昇級試験の内容だがこれは通常、実際にAランク冒険者に出されるレベルの依頼を受けてもらう、という形になる」


「それは、Aランクの依頼ですか?」


「ああ。迷宮ダンジョンを除いた各タイプの依頼を達成できたならば、残るは実際にAランクの依頼を達成できるかだからな」


「一つ上のSランクの依頼ではないのですね。意外です」



 Aランクの依頼自体は、Bランク冒険者である今でも一つ上のランクの依頼までは受注できるので何度も受けたことがある。

 だから正直拍子抜けだ。



「ハッハッハッハッハッ‼︎ リオンからすればそうだろうが、普通のBランク冒険者は単独でAランクの依頼を受けたりしないんだぞ?」


「……言われてみれば、Bランク以上の依頼書はパーティー前提でしたね」


「そういうことだ。リオンは実感は無いだろうがな。普通は厳しい試験なんだよ」



 冒険者パーティーのランクは、基本的にパーティー人数の過半数のランクで決まる。

 基本的に、とあるようにその判定基準は厳格には定まっておらず、Aランクが二人にBランクが二人の同数の場合だと、高い方のランクが採用されてAランクパーティーになる。

 他にもAランクが一人とBランクが二人の場合だと本来ならパーティーランクはBになるのだが、そのパーティーの実績やBランク二人の実績次第ではAランクパーティーと認定されることもあるとのこと。

 ちなみに、殆ど無いパターンだが、二つ以上ランクが離れた者同士が組む場合は、二人なら中間のランクを、上のランクが過半数なら上のランクがそのままパーティーランクに、という風になるんだとか。


 さて、依頼書のランクについてだが、通常Bランク以上の依頼からは同ランクの冒険者が過半数を占める三人以上のパーティーを推奨しており、ワンランク下のBランクが、しかもパーティーではなくソロでAランクの依頼書を受注するというのは普通はあり得ないことらしい。

 よくよく思い出してみると、Aランクの依頼を受け出したのは銀鉱山解放作戦後だ。

 つまり竜殺しを果たした後からになる。

 おそらくだが、そのあたりの実績があったから受注しても止められることがなかったんだろう。

 受けた数は少ないし、全て討伐か素材採取の依頼だったというのもあるんだろうけどな。



「では一人で受けるんですか?」


「いや、リオンとリーゼロッテの二人で受けて貰おうと考えている」



 俺はまだしも、リーゼロッテは既にAランクなんだが?



「リーゼロッテは確かにAランクではあるが、そのランクはあくまでも他国の冒険者ギルドによる評価だ。各国のギルド間で冒険者の評価基準はある程度共通してはいるんだが、やはりそこは人が判定するからな。国や地域によって結構なバラつきがあるんだ。所属はそのままで、一時的に他国に来て依頼を受けているのならばランクに干渉は出来ないが、所属を変えるとなるとそうはいかなくてな。ギルド側としては、そのランクが実力に則った正当なモノかどうかを見定める必要があるわけだ」



 確かに、同じランクの冒険者でも国によってその実力に差はありそうだな。

 極端な例だが、貴族の力が強い国の冒険者ギルドなら、甘く見積もってもCランク程度の実力しかない上級貴族の子息を、実家からの賄賂や忖度した結果、不相応にBランクに認定したりしていそうだ。



「なるほど。確かに必要ですね」


「こうして直接会ってみた感想としては、正当なランクだと感じられるんだがな。規則だから仕方ないのだ。通常は同一ランクの依頼を受けてもらうのだが、ちょうど良いからリオンの昇級試験と纏めて受けてもらうことにした」


「えっと、いいんですか? 現役AランクをBランク冒険者のAランクへの昇級試験の依頼に混ぜちゃったりして」



 それって現役Aランクに依頼を任せて、楽して昇級試験をこなすことが出来てしまうのでは?

 


「言いたいことは分かる。普通なら駄目だ。普通ならな。だが、今回に限って言えば問題ない」



 一体どうしてだろうか?

 思わず首を傾げていると、横合いから小さく「可愛い……」という呟きが聞こえてきた。

 何かがリーゼロッテの琴線に触れたらしい。



「リオンは単独で竜殺しを果たした暫定Sランクだぞ? アルグラートの民は勿論だが、ギルド間で言えば、少なくとも冒険者ギルドと商業ギルドの内部ではリオンの実力は大まかにだが知れ渡っている。だから、他国の現役Aランク冒険者を再評価するために混ぜてもズルだと判断する者はおらん。おったらソイツが情弱な無能というだけだ。逆に、今回の昇級試験には暫定Sランクのリオンがいるから他の受験者を混ぜることが出来なかったから、むしろ渡りに船だったぐらいだ」


「あー、何だか苦労をかけたようで……」


「まぁ、ギルドの規則上、例え実力があっても一人で受けさせるわけには行かなかったからな。最悪の場合、職員であるガリアスを同行させようかと考えていたところだ。ということで、リーゼロッテ。アークディア帝国の冒険者ギルド基準でランクを再評価するために、リオンと共に昇級試験を受けてくれるかな?」


「構いません」


「それは良かった。よし。では、試験の内容について説明しよう」



 そう言うとカスターは一つの地図を持って来た。



「これは、リュベータ大森林の地図ですか?」


「その表層付近だけだがな。見ての通り今回の試験の場はこのリュベータ大森林になる」



 ふむ。勝手知ったるとまでは言わないが、未知の環境ではないだけ気が楽だな。

 チラッと聞いたところによると、リーゼロッテの故郷は森の中にあるようだし、エルフのイメージ的にも森という環境は苦にはならないだろう。

 実際、昨日はリーゼロッテを連れて軽く大森林に足を踏み入れたのだが、リーゼロッテは特に気負うこともなく険しい森の中をスイスイと進み、薬草を採取したり魔物を狩ったりといったこともそつ無くこなしていた。

 その姿を見て、改めてエルフで上級冒険者なんだということを試験前に再確認できたのは僥倖と言えるだろう。

 俺を主人と仰いで以降、どうも発情気味というか、静かにテンションが上がっている姿しか見ていなかったから、ちゃんと有能な上級冒険者な姿を見れて正直安心した。



「二人にはこの大森林にてある魔物の巣の調査をして貰いたい」


「調査ですか?」


「ああ。一ヶ月と少し前の話だが、リオンは二人の冒険者を助けたことがあったそうだな?」


「ええ。カイルとミリーの二人ですね」



 それぞれの両親がアルグラートを拠点にしているAランク冒険者パーティー〈巨獣の盾〉のメンバーであり、二人は幼馴染であり共にユニークスキル持ちという稀有なDランク冒険者だ。

 この二人に出会ったから親である巨獣の盾の面々と知り合い、お礼として岩石に覆われた状態のエクスカリバーを手に入れ、前世の相棒と再会することができた。

 首から下がっているネックレス形態のエクスカリバーの存在を感じながら、意識を試験の内容へと戻す。



「ああ。その二人だ。彼らはオークに襲われていたのは間違いないな?」


「はい。間違いありません」


「そうか。……実はその一件以外にもこの一ヶ月でオークと遭遇したという報告が何件も上がっている。リオンは知らないだろうが、これまでリュベータ大森林でオークの姿は確認されていない。いや、いなかったというべきか」


「つまり、他所から流れて来たと?」


「おそらくな。この少数が群れから出奔したり、壊滅した集落コロニーの生き残りである〈ハグレ〉なら、そのうち冒険者や森の魔物に全て討たれるだろうから問題ないんだが、アルグラート側に来てるのが何処ぞにある拠点からの偵察だったら厄介なことになる」



 ふむ。偵察だった場合はリュベータ大森林の何処かにオークのコロニーが出来ているというわけか。

 今解放されているリュベータ大森林のマップは、アルグラートから見て北東の方角、精霊水が湧く巨大岩を中心とした一帯だけ。

 精霊水を採取がてら魔物を狩っていたのと、今まで受けた依頼が偶々そっちの方角だけで達成できるモノばかりだったからだ。

 北東部のマップ解放の進み具合を十とすれば、北部は六、北西部は二といったところ。

 それらのマップ上にオークのコロニーは確認できない。

 カイルとミリーの一件以来オークは見ていないので、北東部は候補から外していいだろう。

 東西の川沿いならとっくに見つかっているだろうから、よって残るは北か北西になる。



「ということは、昇級試験はオークのコロニーの発見、又は壊滅ですか?」


「その通りだ。本来なら発見だけのところだが、早急に対処できるならした方が良いからな。二人で殲滅できる規模ならそのまま殲滅してくれ。無理な場合はコロニーの場所の情報を必ず持ち帰ってほしい」


「まるでコロニーがあるのを確信しているように聞こえるのですが?」


「……これはまだ内密の話だが、ここ一週間で大森林の表層部付近に出没するオークの数が急激に増えている。一向に数が減らないどころか増えているのがコロニーがあると確信している理由だ。経験上、この数と動きは個々がバラバラに行動するハグレではない。おそらく危険な森の中よりも安全な土地を探しているのだろう」



 そう言って地図上のオークの出現地点に赤いピンを刺していく。

 この分布を見るに断定は出来ないけど北かな?



「目標はアルグラートですか」


「そういうことだ。基本的にAランクの昇級試験ってのは、Aランク冒険者が受けるような依頼を二、三人の受験者で達成する、っていう内容なんだ。それに比べ、今回の試験は変則的かつ緊急性と危険性の高い内容だ。リオンの能力を見越して昇級試験に絡めた形にしたのは俺の判断だ。すまない。どうかこの試験内容で受けてくれないだろうか?」



 深々と頭を下げるカスター。

 アルグラートを守りたいからこその合理的な判断なんだろうが、確かに危険度は通常の試験内容よりも段違いに厳しい。

 通常のAランク冒険者だと達成出来たとしても犠牲が出るだろう。

 ここ一週間で急激に増えたということは、他所からAランク冒険者を多数呼ぶような時間的猶予は無いかもしれない。

 そうなるとアルグラートの外壁を使った防衛戦になる。

 大森林とアルグラートを隔てる河川も渡る手段が無いわけじゃないからな。

 防衛戦にまでもつれ込んで勝ったとしても確実に被害は出る。

 それならば暫定SランクであるBランク冒険者のAランク昇級試験に、コロニーの調査と殲滅を結び付ければ、それにより生まれるメリットは計り知れない。

 ギルドとアルグラート側の利点は一言で言えば被害を未然に防げること。


 一方で、俺がこの条件の試験を受ける現時点での利点は、幾つかある。

 一つ、何処かに昇級試験で離れている間にアルグラートが被害を受けるかもしれないのを未然に防げること。

 一つ、アルグラートを守るために昇級試験を先延ばしにする必要がないこと。

 一つ、昇級試験とオークの問題の対処を一纏めにするため、時間を大幅に短縮出来ること。

 一つ、防衛戦だと獲得できる経験値もスキルも大きく減ってしまうが、この条件の試験ならリーゼロッテと二人で丸ごとゲットできること。

 一つ、共に試験を受けるのがリーゼロッテだけなら、ほぼ隠さずに力を行使できること。

 一つ、俺の冒険者としての偉業が一つ増えること。

 パッと思いつくのはコレぐらいか?

 これらの内、幾つかはカスターもこちら側の利点だということを理解していると思うが、それに触れて言葉巧みに此方を説得せず、真摯に頭を下げ続けるあたりは誠意なんだろうな。或いは単にそういう性格だからか。

 正直言わせてもらえばメリットだらけなので受けないという選択肢は無い。

 通常の昇級試験よりも遣り甲斐がありそうだ。

 後は、報酬の話だな。



「顔を上げてください、ギルドマスター。聞きたいことがあるのですが、いいでしょうか?」


「何でも聞いてくれ」


「今回は試験という形ですが、内容を纏めると、広大な大森林の中でオークのコロニーの発見、または殲滅になりますよね?」


「ああ。そうだ」


「報酬の方はどうなるのでしょうか?」



 これで昇級だけとかだったら著しくヤル気が削がれるんだがな。

 都市の安全と試験を考えるとやらないという選択肢は無いけどさ。



「試験の形式上、依頼の形を取るからその点は安心してほしい。出来るだけ報酬は捻出したつもりだ。これが依頼書になる」



 渡された依頼書をリーゼロッテと共に確認する。



「なぁ、リーゼ。俺は経験が浅いから判断が難しいんだが、この報酬って適正なのか?」


「二人で行う魔物の拠点調査と見れば破格ですが、普通に考えた場合、場所の危険性を差し引けば妥当なラインだと思います」


「ふむ」



 普通に考えた場合、ね。

 つまり普通ではない能力があるなら危険性の差し引きは除外されるということ。

 つまり調査だけでも破格の報酬か。

 一方のコロニー殲滅だが……。



「コロニー殲滅の証明として、おそらくいると思われるリーダー種や上位種の討伐証明が必要とのことですが、この証明は各種の個体の死体丸ごとですか?」


「出来ればその方が良いが、鑑定系能力で判別できるように頭部だけでも構わない。これで形成されていたコロニーの危険度を測り、追加で報酬を出させてもらう」


「素材は強制買取りですか?」


「いや、出来れば買取りたいが、売ってくれるのか?」


「オークの上位種は希少で美味だと聞きます。なので難しいですね」


「だろうな。残念だ」



 カスターは本当に残念そうに肩を落としている。

 たぶん、以前食べたことがあるからこその反応だろう。

 そんな美味しい食材を売るなんて、〈暴食〉的にも〈強欲〉的にも難しい相談だ。



「殲滅の基本報酬額もかなりの額だと思うんだが、どう思う?」


「コロニーの規模次第ですね。どのくらいの規模にせよ、私達二人だけなのでどのみち高額報酬になるのは間違いありません」


「だな。素材も売れば更に増額だしな。……うん。時間的猶予は無いけど、失敗の際の違約金が特別に免除か。俺は受けるのに異存は無いが、リーゼはどうする?」


「リオンが受けるなら私も問題ありません」


「そうか。ギルドマスター、私達はこの条件で構いません。試験を受けさせて貰います」



 こうして俺達は、この変則的なAランク昇級試験を受けることにした。

 今日の残りの時間は休息に充てて、明日朝一番で大森林に向かう。

 どのくらいの規模のコロニーかは知らないが、戦い甲斐のある数がいることを祈るばかりだ。

 スキル的にも経験値的にもな。




 

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