第11話 北の大森林の前に


 ◆◇◆◇◆◇



 グリッドル盗賊団を討伐した翌朝。

 宿泊している宿屋〈白銀の月花亭〉の一階で朝食を食べていると、一人の大男が俺のテーブル席にやってきた。



「リオン。これが昼食の弁当だ」


「エディルさん。調理場を離れて大丈夫なんですか?」


「お前が最後だったから離れても問題ない。中身はこれで大丈夫か?」



 宿の主人であり料理人であるエディルが持って来たバスケットを開けると、そこには食欲を唆る料理の数々が並んでいた。



「美味しそうですね。大丈夫ですよ。ありがとうございます」


「リオンに教えてもらったやり方で炊いたらふっくらとなった。中身の具は俺の方で選んだが、“おにぎり”の加減はこれであってるか感想をくれ」



 そう言うと、バスケットを持っていた手とは逆の手に持っていた皿に載っていた三つのおにぎりを差し出してきた。



「帰ってくるまで待っていればいいでしょうに」


「昨日食わせて貰ったのが美味かったからな。これで合格貰えたら今日の昼食に客に出すつもりなんだよ。それで米の評判が良かったらパンの代わりに皿に盛って出してみるつもりだ」


「なるほど。……うん。塩加減は辛すぎず薄すぎず良い塩梅ですね。握り過ぎていないようで何よりです。中の具材も米に良く合う。これは川魚ですか?」


「ああ、北の大河で釣れるヤツだ。今の時季は大量に捕れるし美味いからな。塩も握りも大丈夫なようで良かったぜ」



 厳つい顔でニカっと笑うエディルに頷きを返すと、残り二つにも手を出す。

 一つは名前は知らないが漬け物らしき具材で、高菜っぽい感じだ。

 もう一つは先程の川魚を甘辛く味付けした物のようだ。

 どちらも米によく合う味でとても美味しい。

 海苔は無いが、異世界に来て間も無く米を手に入れられたのは運が良かった。


 昨日の帰りに立ち寄った商会で、大量に売れ残っている見覚えのある物を見つけた時は驚いた。

 項垂れている店主に詳しく話を聞くと、その正体は予想通り米だった。パンよりご飯派な俺としては逃すわけにはいかなかった。

 何でも以前から付き合いのある東方からの隊商キャラバンが持ってきた物で、地元では主食としてパンよりも食べられているらしい。

 昔は違う名前だったが、気付いたらコメと呼ばれるようになったとか。

 今まではアルグラートまでの道中で卸していたそうなのだが、相手側に諸事情あって売れずにアルグラートまで運んだそうだ。

 そんな珍しい物を安く大量に仕入れることが出来たのはいいが、これが全く売れなかった。

 売れていない理由は単純に見慣れない物で食べたことも使い方も知らないからだ。

 ただの商人である店主も勿論食べたことはなかったが、料理人なら誰かしら知っているだろうと思ったから仕入れたらしい。

 一応、付き合いのある料理人が朧げながら聞いたことのあるやり方で作ってくれたようだが、出来たのはベチャベチャしたペースト染みたもので、とてもパンに代われるような物ではない。

 東の商隊の者に聞こうと思い至った時には、既にアルグラートを出立した後だった。

 店主の話を聞きながら【情報賢能ミーミル】と、前世で一度見た知識や情報を閲覧できる特殊系スキル【異界の知識アナザー・レコード】で調べたところ、前世で食べていた米ほど出来は良くないが、種類としては近縁種のようなので知識通りに使うことが出来そうだった。

 これは買いだな、と【交渉】と【説得】を併用して、まとめ買いするからと仕入れ値以下で購入することが出来た。

 個人で一トン余りを買うのには驚かれたが、B級冒険者の証明証ライセンスの提示に現金一括払い、【異空間収納庫アイテムボックス】に全て収納するのを見た後の店主は何故か納得した様子だった。

 

 そんな経緯で手に入れた米を、夕食後に宿の厨房を金を払って使わせて貰って炊いてみた。

 これなら問題ないと、何を作っているか気になってチラチラ見ていたエディルを呼んで米の炊き方や注意点、あとはおにぎりの作り方を教授した。

 この世界の衛生面が不安なので、おにぎりを作る際は手洗いは勿論だが、市場にあった調理用のビニール手袋のような物を装着してから握った方がいいと言っておくのも忘れない。

 そんな風に持てる知識と経験の範囲内で教えていたら【指導】と【料理人コック】を習得していた。


 炊き立ての米で作ったおにぎりをエディルは甚く気に入ってくれたようで、米を支給してくれればその時の昼食の弁当を半額で作ってくれることになったのだ。

 つまり米以外の代金は半額。宿の宿泊費に含まれているのは朝と夕だけで、昼は別料金だったのでラッキーである。

 早速今日の分の昼食用に米を前日に渡していたので、バスケットの中にはおにぎり以外に、地元の素材を使ったサラダやおかずが敷き詰められている。

 昨日米を買った商会は教えているのでこの後買いに行くのだろう。


 此方の感想に満足そうな笑みを浮かべてから厨房に戻っていくエディルを尻目に、【異空間収納庫】にバスケットを収納する。

 【異空間収納庫】の容量は【無限宝庫】とは違って有限だ。

 異空間内の時間の流れも止まるわけではないが、異空間外である通常の時間の流れよりは遅くなる。

 肉の熟成などといった、時間が止まったままでは出来ないことが出来るなど、色々と使い道があるので一向に構わない。

 容量はレベルの数字分の収納枠スロットと、収納枠一つあたりレベル数×一キログラムまで同一種類の物を収納することができる。

 超過分はその分だけ収納枠が消費されていく仕組みだ。

 現在の偽装ステータス上のレベルは五十三。実際は五十八。

 なので【異空間収納庫】に収納できる質量は偽装で約二.八トン。実際は約三.三トン。

 だから大っぴらに米を収納しても大丈夫だし、盗賊団が溜め込んだ財宝や物資を収納しても問題ない。

 まぁ、実際には異空間内で収納物の殆どを【無限宝庫】へと移し替えているんだけど。

 三トン余りも容量があれば幾らでも誤魔化せるし、気にする必要はないだろう。

 戦利品には収納系魔導具マジックアイテムである魔法の鞄マジックバックなどもあるが、容量と使い勝手の良さ、防犯などを考えるとスキルの方が便利だ。

 当然ながら偽装ステータスには追加済みだ。

 【異空間収納庫】を持っていた何処ぞの国の軍人には感謝だな。



「おはようございます、リオンさん。依頼でしょうか?」



 朝食後に冒険者ギルドに向かうと、昨日と同様に朝のピークを過ぎてガランとした冒険者受付カウンターから声をかけられた。



「おはようございます、リリーラさん。勿論依頼ですよ。今日はヒルハ草の予定ですからね」


「……昨日の話は聞きましたけど、休まなくて大丈夫ですか?」


「大丈夫ですよ。これでも鍛えてますから」


「確かに良い身体をしてますけど、コホン。えーと、ヒルハ草の採取依頼ですね。現物はご存じですか?」



 リリーラがギラリとした視線を誤魔化すように尋ねてきたので首を横に振る。

 【情報賢能】で分かるだろうが、この口振りだと資料かなんかがあるのだと思われる。

 出来ればそれを見ていきたい。

 案の定、アルグラート近郊で採取できる薬草類をイラスト付きで解説した本を取り出してきた。



「ヒルハ草はこちらになります。この薬草の見本や図鑑などの各種資料は二階の資料室にありますから、時間がある時に読んでおくと役に立ちますよ」


「へぇ、資料室なんてあったんですね。利用は無料ですか?」


「ギルド員なら無料ですよ。持ち出しは厳禁なので必要な情報は覚えるか別紙にメモしてくださいね。薬草類以外にも魔物の情報なども纏めていますから、北のリュベータ大森林が初めてなら先に調べた方がいいかもしれません」


「そういうことなら先に資料室で調べてから向かった方が良さそうですね。リュベータ大森林関連の常設依頼も見せてくれませんか? 見かけたらついでに達成したいので」


「かしこまりました。リュベータ大森林の常設依頼は此方になります」



 そう言って取り出してきた数枚の依頼書を確認してから、リリーラに礼を言って二階の資料室へと向かった。

 学校の一教室ぐらいの空間に置かれた本棚にズラリと並んだ本の中から必要な物を選びつつ、【情報賢能】の能力が一つ【書物認識】で資料室内の全ての本をスキャンしていき、【情報保管庫】に情報を保存していく。

 これでいつでも情報を電子書籍感覚で確認できる。

 何も読まずに退室するのもどうかと思うので、室内に置かれた机と椅子の一つに腰掛けて持ってきた本を読んでいく。

 五冊の本を三十分ほどで読み終え、返却してから資料室を出た。

 リュベータ大森林に向かう前に寄り道をすることになったが、役に立つ情報を得ることが出来た。

 ギルドを出て北に向かう道すがら、取り込んだ書物の情報を閲覧していく。

 アークディア帝国や近隣諸国の詳しい情報が書かれた資料を読みながら歩くこと十数分後、リュベータ大森林へと繋がる玄関口である北門に辿り着いた。


 

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