第13話 革命の夜明け

 平日の朝。

 眠たげな顔のクラスメイトたちが仲の良い友人と挨拶したり、まだ終わっていない課題に追われている中、教室の扉が開く。

 扉の先から姿を現したのは一組の男女。

 方や、眠そうに目をこすり、目の下にうっすらと隈を浮かび上がらせている。そんな啓二とは対照的に、マイラブリーエンジェル桃峰花恋は今日も皆に笑顔と共に元気を振りまいていた。


 おお、今日も可愛い。

 俺も是非、天使からの挨拶と笑顔を頂いて一日を生きる活力としなくては……。


 腰を浮かせ、直ぐにでも花恋の下へ行こうとしたところでハッとする。


 違う! 俺は花恋を諦め、新たな人生を歩むと決めたのだ!

 ここで我慢しなくてはならない。

 あいさつ程度我慢できずに花恋から離れることなど出来ない。


「ふーッ……ふー……ッ!!」


 唇を噛み締め、爪が突き刺さるのではないかという勢いで机を強く握り、不動の意志を保つ。

 それでも膝はがたがたと震え、気付けば視界が歪み出す。


「お、おい、千歳大丈夫かよ?」


 隣の席にいた陸上部の太田が声をかけてくる。


「ああ……ッ! 大丈夫だァ……ッ!」

「いや、それは大丈夫な奴の喋り方じゃないぞ」


 太田は軽く引いていた。

 そうこうしていると、花恋がこっちに顔を向けた。その瞬間、交わる視線。

 一瞬が永遠の様にも長く感じられる。


 花恋は俺の姿を見て、少し驚きの表情を浮かべた後、直ぐに軽く手を振りながら口を動かす。


「春陽君、おはよう!」

「ふおおおおお!!」

「千歳!? おい、千歳しっかりしろ!!」


 極限まで我慢した状態からの天使の微笑み。その破壊力は尋常ではなく、多幸感に全身が包まれ、脳が活動を停止するほどだった。

 太田の声が随分と遠くに聞こえる。


 無理だ。

 こんなにも幸せに包まれている時間を捨てることなんて出来ない。

 大体、捨てなくたっていいじゃないか。そうだよ。花恋が誰と結婚しようが、傍にいればいい。

 最悪犬小屋にでも入れて貰えばいいじゃないか。

 そうしよう。きっと啓二も納得してくれる……。


「って、それじゃダメだろ!!」

「うおっ……急に大声出すなよ。まあ、目が覚めたなら良かったけど」

「ああ、すまんな」

「いや、まあいいけどよ」


 そう言うと太田は自分の席に戻っていった。

 それにしても危なかった。あと少しで俺は花恋から二度と離れられない花恋依存症にかかるところだった。


 額の汗を拭い、深呼吸をする。

 それとほぼ同時に、教室の扉が開く。

 次に入ってきたのは、これまた我がクラスの美少女、黄島秋子である。だが、花恋とは違い、その表情は眠たげで、どこか不機嫌の様にも見えた。

 そんな黄島に話しかける猛者は極わずか。


「おはよう! 秋子ちゃん!」


 その一人が花恋である。


「ああ、おはよう」


 だが、流石黄島というべきだろう。

 花恋の花が咲いたような笑顔にもいつも通りの表情だ。その後、花恋が何言か黄島に話しかけた後、花恋が黄島から離れていき二人の会話は終了した。

 その瞬間、俺は席を立ち颯爽と黄島の傍へ移動する。


「おっす、黄島」

「お、おお……千歳か」


 突然話かけられたことに黄島は少し驚いている様子だった。


「どうしたんだよ、朝から珍しいな」

「ああ、例の件だ」

「例の件?」

「もう忘れたのかよ。俺が天使からの脱却を図り、新世界へと旅立つ……『革命の夜明け』作戦のことだよ」

「すまん、それはマジで知らん」


 驚くべきことに黄島はつい先日のことをもう忘れてしまったらしい。

 俺のあんなに大きな決断を忘れるとは何事だろうか。信じられない。


「おいおい、本気で言ってるのか? つい先日、カフェで話しただろ」

「ああ……もしかして、お前が桃峰を諦めるって話か?」

「それ以外ないだろ」

「それが、『革命の夜明け』作戦?」

「おう」

「……ださ」


 その一言には普段温厚な俺でも許せない。

 人が一晩真剣に考えた名前をバカにするなんてどういう神経をしているのだろうか。

 

「黄島、いくら協力者だからって、それは言いすぎじゃねーか? こちとら一晩真剣に考えてきてんだぞ」

「作戦の内容をか?」

「いや、作戦名」

「完全に深夜テンションで名前決めてんじゃねーか。あたしは協力者だが、絶対にその作戦名で呼ばねーからな」

「ふ、ふざけんな! 共通のものを持つことでチームワークってもんは高まるんじゃねーか! この作戦名は俺らにとってはいわばチーム名みたいなもんだぞ!」

「そんなに大事だと思ってんなら、もっとあたしの気持ちも考えろよ。若干中二チックな名前で喜ぶほどあたしはガキじゃねーんだよ!」

「おいおい、それ遠回しに俺がガキだって言ってんのか?」

「違うのか?」

「ちげーよ!!」


 バンッと机を叩く。

 思いのほか、力が強くその音は教室中に響く。

 そこで気付いたが、クラスの視線が俺と黄島に集中していた。


「おい、千歳が美藤でも桃峰さんでもなく黄島とあんなに仲睦まじい会話してるぞ……」

「黄島さんって結構ノリいいんだ……」

「てか、あの二人ってどういう関係なんだ?」


 そんな話し声が周りから聞こえてくる。

 黄島も周りの様子に気付いたのか、俺をギロリと睨みつけた。


 お前のせいだとでも言いたげな目だ。だが、これは二人の責任。

 俺たちはチーム。失敗も成功も共に分かち合わなくては。


 そういう思いを込めてウインクをしといた。黄島の眉間に寄った皺が更に深くなった。


「……とにかく、話は聞いてやるから後にしろ。今は周りの視線が鬱陶しい」

「じゃあ、昼休みな」

「分かった」


 昼休みにという約束を取り付け、黄島の席から離れる。

 自分の席に戻ると、早速太田が傍に寄って来た。


「おいおい、千歳。お前、黄島さんと仲良かったのかよ?」

「まあな」

「そうか。それにしても、黄島さんって意外とノリいいんだな。ああいうの嫌いなタイプだと思ってたぜ」

「目立つのは好きじゃないと思うぞ。追い返されたし」

「いや、そっちじゃなくて仲良さげに言い合いするっていうか、なんというか、夫婦漫才的な?」

「なっ……!? 俺と黄島は夫婦だったのか……?」

「いや、例えだよ」


 太田と会話をしている間も、周りからの好奇の視線を感じていたが、その視線も教室に担任の先生が入って来たことで無くなった。


 何事もなく午前の授業が進んでいき、遂に昼休みが来る。

 いつもなら啓二の机に向かうところだが、今日はしない。啓二と花恋の恋路を応援することも必要かもしれないが、今日に関しては自分を優先させてもらう。


「黄島、約束の時間だ」

「ああ、ただ教室は目立つ。中庭に行くぞ」

「分かった」


 黄島に続いて、教室を出る。出る間際、こちらを見る啓二の顔が視界に入ったが、今日はスルーした。

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