第12話 決断
大型ショッピングモール内にある大手チェーン店の喫茶店のテーブル席で、俺と黄島は向かい合っていた。
黄島はこういう店に来慣れていないのか、ドリンクバーが無いことにぐちぐちと文句を言っていた。なんだこいつ。
互いに注文したドリンクが手元に来てから、俺は息を軽く吐いてから、両手をパンと叩く。
「ウキウキわくわくお悩み相談室のコーナー」
「おい」
「さーて、今週も迷える子羊ちゃんたちをこの俺、千歳春陽ことハルッチがバシッと解決しちゃおうと思うぞ!」
「思うぞじゃねーよ」
「それでは、今週のお悩みカモン!」
そう言いながら黄島の口元にマイクに見立てたストローを差し出す。
だが、黄島は眉間に皺を寄せたままだった。
「いや、カモンじゃねーよ。急にこんなところ連れてこられて、なんだよお悩み相談って。私に悩みなんてねーし、あったとしてもてめえには相談しない」
「うんうん。分かる分かる。この悩みは私が背負わなくちゃならないもんだ……キリッ! って孤独ぶってる黄島ちゃんがなるのもよく分かる。でも、大丈夫! 一度は皆その道を通るよ!」
「バカにしてんのか?」
「前回、ファミレスでバカにされたことを恨んでるわけないぞ!」
「めちゃくちゃ恨んでるじゃねーか! てか、そのキャラやめろ! くそうざいんだよ!」
かなり黄島はかっかしているようだ。カルシウムが足りないのかもしれない。
それにしてもハルッチキャラが不評とは思わなかった。
花恋には割と好評だったんだがな。
「分かったよ。じゃあ、ハルッチは止めにしてやる」
「そうだよ、最初からそうしろよ」
「で、なにか悩んでんじゃねーのか?」
「別に、てめえには関係ないだろ」
そう言いながら視線を俺から逸らす黄島。
ふーん。関係ないねぇ。それはどうかな?
「関係あるだろ。だって、黄島の悩みの種は俺なんだろ?」
「な、なんでそれを……!?」
あんなに意味深な言葉吐いておきながら気付かれていないと思っていたのだろうか。
いくら何でも俺を舐め過ぎだ。
思えば以前から黄島はやけに、俺が花恋を好きか確認してきていた。あれだって、今思うと不自然だ。
「その反応ってことは、やっぱりそうなんじゃねーか。俺が関係してる悩みなら、俺は聞く権利があるんじゃねーの?」
「……言ったところで解決するようなもんじゃない」
「言う前から決めつけるなよ」
黄島の目をジッと見つめる。
俺の真剣な思いが伝わったのか、黄島はため息をついてから顔を上げた。
「桃峰に執着するなってあたしが頼んだら、どうする?」
黄島は眉間に皺を寄せながらそう言った。
「それは花恋という天使を愛してはならないということか?」
「そうだ。出来たら、関わりも減らせ」
「無理だろ」
「だろうな」
当たり前だ。
それじゃ、心臓切り取りますねー、と言われて躊躇いなく分かりましたと言う奴なんてどこにもいない。
少々オーバーな表現にはなったが、ようはそれくらい桃峰花恋という存在は俺にとって大事なものだ。
「てか、なんでそれが黄島の悩みになるんだよ。俺が花恋を愛している状況に悩むなんて……まさか、黄島は俺に恋をしている!?」
「それだけはないから安心しろ」
即答だった。
しかも、微塵の動揺も無かった。
これ、マジでないやつだ。なんか「恋をしている!?」とか、テンション上げて言ったのが恥ずかしくなってきた。
「じゃあ、なんでだよ?」
「……苦しいんだよ」
黄島は苦々しい口調でポツリと呟いた。
苦しい? 俺じゃなくて、黄島が?
「前にも言ったけど、痛々しいんだ。てめえの姿は。愛してる人がいるのに、告白する気もなく、ただその人が好きな人と上手くいくように進んで行動する。その自分を殺した行動が、あたしは見てて辛い」
なるほど。
どうやら黄島は割かし人間味に溢れているらしい。
本来、どうでもいい他人にここまで共感することが出来るのだ。流石は花恋が仲良くなりたいと思う相手だ。
「そこまでして桃峰に執着しなきゃダメなのか?」
「難しいこと聞いてくるな」
本当に黄島の言う通りだ。
俺自身なんで花恋に告白していないのかが分からない。
こんなにも愛していて、幸せになって欲しいと願う。
だけど、自分で幸せにしてやろうという気持ちよりも、啓二と一緒になった方が花恋は幸せだという強迫じみた思想が強すぎる。
告白していないからフラれていない。
だから、心のどこかでワンチャンスあるんじゃないかという期待を抱いている。なのに、花恋と付き合おうと行動はしない。
その矛盾を抱えながら花恋や啓二と関わるのは、割とキツイ。
「諦めきれなくてズルズル来た結果、変に拗らせたのかもしれないな」
「いっそ離れてみればいいんじゃないか? 告白する気が無いなら、新しい恋なり、なにか打ち込めるものなり探した方が有意義だろ」
「確かに、言われてみればそうだな」
黄島に言われてふと思った。
キツイなら、いっそ諦めてしまえばいいんじゃないか。
ここまで諦めることが出来ていない奴が何を今更言っているんだとも思う。
だが、思えば俺はこれまで花恋ばかりを見る人生だった。桃峰花恋という女性のことで頭がいっぱい。
本当にそれでいいのだろうか。
「こんなこと言いたくねーけどよ。てめえは、てめえの思い通り花恋と啓二が付き合うことになったとして、その後どうするんだよ」
この一言が決めてだった。
幼馴染三人組。
だけど、そこでカップルが出来れば、必然的にその二人の時間は増える。
余った俺はどうなるのか。
放っておけばいつか花恋のことも忘れるのかもしれないが、そうならなかったら恐ろしい。
花恋の幻影を追い求めて、一生次の恋が出来ないかもしれない。いや、それならまだいい。
もしかすると、イマジナリー花恋を作り出して、何も無い空間に話しかける毎日を過ごすかもしれない。
最悪、啓二の皮膚を剥いでから、その皮を被り、「俺が啓二だ」と言い出すかもしれない。
どれにしたって、俺にとって幸せな未来とは言い難い。
「黄島、俺、花恋を諦める」
その言葉は自分が思うより遥かにすんなりと出て来た。
「ああ……って、はあ!?」
冷静に考えれば何もかも黄島の言う通りだ。
告白する気も無いのにいつまでも恋心を引きずったって仕方ない。
この思いもいつかは無くなるのかもしれないが、そのいつかがいつ来るかも分からない。
なら、いっそ黄島の言う通り花恋から離れてみたっていいはずだ。
逆に、どうして今まで花恋を完全に諦めるという選択肢が出てこなかったのか不思議なくらいだ。
「お、おいおい、千歳本気で言ってんのかよ?」
「ああ。冷静に考えれば、俺が花恋から離れちまえば啓二と花恋が必然的に二人で過ごす時間も増える。完璧じゃねーか。俺はやるぞ。だから、協力してくれないか?」
呆然としている黄島に手を伸ばす。
いくら待っても黄島は口をポカンと開けたまま固まっているので、仕方なく黄島の手を無理矢理握った。
「よし、これで俺と黄島は協力関係だ。黄島がアドバイスしたんだから責任もって協力しろよ。とりあえずこれで黄島の悩みも解決だな。とりあえず俺は俺で色々と考えるから黄島も何か考えといてくれ」
千円札をテーブルの上に置き、店を後にする。
口に出したからと言っていきなり花恋への思いが変わるわけではない。
これでよかったのか? という疑念と、これで楽になれるかもしれないという安堵。
正しいかどうかは全く分からないが、俺にとっては大きな決断だった。
そして、この決断は同時に俺の周囲にも大きな変化を生むことになった。
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